第3話 四人の容疑者

 二階の部屋を一つ二つと見回り、どこも三点ユニットの一部屋と同じ造りであることを知る。女性物の衣服と下着が置かれているが、漂って来る生活臭としては心許ないと言うかわびしい。適当に空き部屋を探し、荷解きしていると私物が何点かなくなっていることに気付いた。


 ルドル、と言ったかあのコソ泥……あの瞬間、俺の目を掻い潜って盗んだと言うのなら、ここまで手際のいい手合いはこの先早々お目に掛かれないと確信している。まるでマジックでも目の当たりにした心境だ。それとも俺が無知で無能で、愚鈍であるのかだ。


「あ、エース……へぇ、お前中々の悪人面だねぇ」

 荷解きを終えた俺は先程まで付けていたゴーグルを外し、ルドルが寛いくつろいでいる一階の居間へと顔を出した。天井にはシックなシーリングファンが備えられ、ここで唯一時を知れる振り子時計が俺の微細なトラウマを思い出させる。俺はその昔この音が怖かったんだよ。


 居間は四十平米ほどの広さがあるだろうか、向かって右手にあるシーリングファンの下には丸テーブルが置かれ、その下でルドルと小雪さん、二人の麗人が奥手のテラスから見える茜空を背負って椅子に座っている。左手には臙脂えんじ色の革のソファーに見知らぬ二人の女性が座っていた。


「本題に入ろう」

 居間に集った人数は四人。彼女達は全員俺の救助者対象だとして。

「困ってる、って言ってたな? 具体的に何に困ってるんだ」

「あの」「だから」

 尋ねると、ルドルと小雪さんが発言を被せて来た。

「説明させて貰ってもいいかしら?」

「小雪にそれが出来ればやってもいいんじゃない? でも小雪だからなぁ~」

 ルドルの言い方だと、小雪さんには説明する能力がないとでも言いたげだ。

「まず、君はどうしてここへ?」


 小雪さんの質問に俺は口を噤んでしまう。

 ここへ来た経緯けいいを、どう説明すればいい?


「私達も、君みたいにちょっと訳ありで、それぞれに違った経緯でこの島へやって来たの。それでこの島から脱出出来ないまま、私で言えば七十年ほど取り残されてて」

 七十年……俺の年齢の三.五倍にあたる。

 七十年もの月日が流れて、いまだ尚彼女達が存命している理由は、この世界には寿命という概念が存在し得ないからだ。


 俺は十八で卒業して、故郷である『聖地朧町せいちおぼろちょう』を旅立ち、丸二年掛けてある偉人の背中を追いかけていた――冒険王、四月朔日わたぬきたまき。冒険家として業界に数多の逸話を残しているお方だ。

 この世界に寿命の摂理が存在しなければ、俺達、冒険家の新天地開拓は必要不可欠な事業の一つだった。


 とは言え、真っ当な聖人であれば社会貢献こそ求められる。

 冒険家になるなど邪道極まりない。


「そしたらまずは自己紹介でも、早急に皆さんを救助するのは困難だと判断致しました。そこは何分、まだ俺も若輩者で、未熟の致すところで申し訳ないのですが」

 本当にそうだ。

 俺は同期の中でもデキが悪く、留年すれすれの成績だったからな。


 拙い自己紹介を終えると、嘆息する人も居れば、安堵している人も居た。

「それで、貴方達のお名前は?」

 ここに集っているのはルドルと小雪さん、それと名を知らない二人の女性。


「あぁいいのいいの。そこのショートカットがマオ、そっちのツインテールがチュンリー、んで、二人とも亜人、っの、中でも貧困層の卑しい娼婦だよ。話そうにも満足に言葉知らない連中だから」

 ルドルの誹謗ひぼうで彼女達の名前が明かされる。マオと呼ばれたボーイッシュな彼女が俺に会釈すると、チュンリーと呼ばれた痩躯そうくの彼女も釣られて会釈をしていた。彼女達の素性が亜人であるからか、心なしか反応も冷たい。


「それとな、もう一人ウェンディって言う奴がいるんだけど、奇特な奴でね、砂浜でずっとお城造ってるから。ウェンディは稀人だよ」

 起源こそ違えど、聖人と亜人は同じホモサピエンスであるが、稀人に至っては正体不明の化け物。稀人一人で国を相手取れる存在だと恩師である近藤こんどう教官は口うるさく警告していた。


「ルドルと小雪さんはどこの出身ですか?」

 と、尋ねたが、小雪さんのご実家である鳳凰座は聖地がルーツだ。

 とすると、ルドルは?


「私は沖田教の人間だよエース」

 聖人と亜人による千年前の大戦は様々な憶測が飛び交っているのが現状だ。例えば沖田教は裏で亜人を操っていて、聖人の中にも沖田教の信者が居て混沌としていたとか。

 ルドルは一息吐こうと赤ワインをグラスに注いでいた。


「なぁエース、お前も沖田教に入らないか……沖田教に入れば毎日毎日、自堕落じだらくに暮らせるぞ」

 教官曰く、沖田教は浮浪者の集いだ。

 宗教として敬虔な面もあれば、世界規模のシンジゲートとして社会悪の面もある。


「いや、俺はアンチ沖田教だから。この決意は今後覆ることはない。断じて」

 沖田教、つまり……俺の父と深い関わりがある。父の名は壬生沖田、沖田教は父の名を冠した宗教団体だ。沖田教の起源まで遡ると、あの団体は父を神と崇めている。そんな沖田教について、父から聞かされたある噂を思い出した。


「ルドル、一つ訊きたいんだけど、沖田教の最終目的は壬生沖田を生贄に捧げることだっていう噂は本当か?」

 自分を黒ミサで生贄に捧げることが沖田教の最終目的だと、彼はジョークの一環で言っていた。

「ああ、本当さ」

 それ、本当。


 俺も建前上はあの人を庇うべきだ。しかし、父は色欲が異常などうしようもない人で、相当数の妻を抱え込んでいて、親族は彼のことを『日に五回の自慰を欠かさない淫奔単細胞いんぽんたんさいぼう』と定義する。

 母もその内の一人にしか過ぎない。


「ルドルさん、それなんですか?」

「ん? こーれ? これは音楽を聴くものだーよ……チュンリーちゃんの家にはこんな高価な物ないに決まってるよねぇ」

 そしてあれは俺の私物で、さっきルドルがかすったのだろう。

 それが沖田教の人間だ。

「ルドル、お前が盗った物の中に救難信号を出す奴がある。あれは返せ」


 と言えば、ルドルは半眼で俺と視線を絡めた。

「冷静になれよ。もしもそれを使った場合、君も色々と不味いんでないの?」

 聖人が遭難して、救助でもされれば聖人の資格を剥奪はくだつされてもおかしくはない。


 だが、

「どうしてお前にそれが分かる?」

 彼女が妙に察しがいいのが気に掛かる。ルドルは蠱惑的こわくてきな瞳を瞬かせしばたたかせ、俺の言葉を無視してチュンリーさんにプレイヤーの使い方を説明していた。イヤホンを装着すると、外耳がいじの上で結われている彼女のツインテールが揺れ動く。


「…………」

 彼女は音楽に耳を傾けると自然とまぶたつむった。

 彼女は初めて耳にする芸術的な旋律に恍惚こうこつを覚えたようだ。


「チュンリー、実はな? これちょっとした拷問道具にだってなるんだよぉ~」

 そう言ってルドルは音量を最大にする。それが沖田教の人間だ。

 耳朶から漏れてくるナンバーは俺がネタとして挿入していた曲だった。

 それは歌謡チックに、喪黒福造もぐろふくぞうをフィーチャーした曲だ。

『だぁあああああああああああ!!』

「だっ! だぁ……耳がっ」

 ――チリリン、鈴の音が聴こえる。

 どこからだと目配せすれば、チュンリーさんの足首からだった。

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