第2話 Boy meets Girls

 俺が降り立ったこの孤島は半径五〇〇メートルほどの円形状だと思う。

 地図にも載ってないこの島に、俺はある女の手管によって叩き落とされた。

 

 島の中央には古びた黒い鉄柵に囲まれた洋館が存在し、館の後方には林立する木々の中でも一際見事な一本の巨樹がある。館の玄関には『  』空白の表札が掛けられ、何とも怪しく、何とも無防備だ。

 呼び鈴は見当たらず、ドアノブを手に取れば鍵すら掛かってない。


「ん……? お前だーれ? もしかして新顔かな」

 扉を開けると、ワイン瓶を手にした女が佇んでいた。身長はおよそ一七三センチ、女性にしては高身長でやたら胸が大きい。俺の旧友がこの場に居れば彼女に口笛でも吹いて囃し立てるんじゃないかな、主にその巨乳を。


「初めまして、俺の名前は壬生エース」

「初めまして、私の名前はルドル」

 ルドル、彼女は厚かましい女性だった。自己紹介の一環で俺に握手を求める振りをして素通りし、唐突に俺の手荷物を漁り始める。手際の良さから彼女が窃盗の常習犯であることは容易に汲み取れた。

 彼女の巧みな体捌きはまるで俺の恩師を彷彿とさせる。


 俺はこの図々しい女盗賊擬きに「あのな」と難色を示していた。

「っあ~、いいもの見つけちゃった。セイントカード~」

「返せ、それは大事な物だから」

「お前聖人なんだ、だったら話しは早い早い、じーつーは、私達困ってるんだよね~」

 

 俺達の世界には、大きく分けて三つの人種が居る。

 聖人せいじんに、亜人あじん、それと稀人まれびとだ。

 千年前、聖人と亜人は大戦を勃発させ覇権争いを繰り広げていた歴史がある。

 だが、俺をここに叩き落とした女の正体は稀人の可能性が高い。

 

「ルドル、その方は?」

 すると奥手からもう一人の女性が顔を出した。その人は身形からして気品に溢れ、腰元まで掛かった艶やかな黒髪を風にそよがせていた。俺が玄関を開けたことで風が忍び込んだようだ。


「今度新しくやって来た新人さんだ、しかも聖人らしいぞ」

「……初めまして、私の名前は鳳凰座ほうおうざ小雪こゆきと申します」

 鳳凰座? その名には聴き覚えがある。

「鳳凰座、もしかしてそれは世界に名だたる大財閥の、あの鳳凰座ですか?」

「えぇそうですよ、私は鳳凰座の一人娘。つまり本来であれば跡継ぎでした」

 そんなお人がどうしてこの様な所に居る。


 俺は小雪さんと握手を酌み交わした。彼女の控えめな握手と細い腕は、彼女がいかに弱者の立場に追い込まれているのかを物語っているようだった。ルドルがとりあえずと俺に「まま、エースは適当な部屋に陣取って、荷解きして来いよ」と指示をする。


 俺には世界一周するという夢がある。

 だから余り長居するつもりもないのだが……、聖人とは狭義で『空ヲ駆リ、天地ヲ轟カセ、人ノ上ニ立ツ』となっている。聖人は氣を手繰り、超人的な限界能力を得れば、空を飛翔する。

 しかしこの孤島の上空に投げ出された時からその氣が発現しなくなった。

 体内に意識を向けてもガス欠を起こした感触しか返って来ない。


 加えて、聖人には厄介な義務が付いて回る。


 この場合で言うと、聖人である俺はこの孤島に遭難した彼女達を救助しなければならなかった。聖人はこれを俗に『聖人詐欺』と謳い、自らに課した義務を妬む人種なんだ。

 


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