封印されてた記憶3

「……」

 まず、階段を上がりきって目に飛び込むのは、三体の神像。三角を描く様にそれぞれが背を向けて立っている。

 南塔から入ると正面から出迎えるのは、管理神バルキリーとなる。鎧姿で肩には伝令鳥、手には槍の姿。何処の神殿でもバルキリーや他の神様の神像は、基本ディテールは大体同じ。違いがあるとすれば、纏ってる鎧の種類だったり、装飾品だったり、顔付きが多少異なる(優しい表情とか、真剣な表情とか、無表情とか)位までである。その辺は、神意が降りて来るときに、その表情がより効果的になると言う話である。また、神像その物に魔術的要素を入れるのも当たり前にある。


 例えば、瞳をカラフルな魔石にして置いて有事の際に、依り代として降臨してもらい、加護を得たりと、まぁ、何かの時の保険も含めて凝った物になっている。魔石のカラフルな色は、それぞれが持つ属性に関係している。火属性なら赤系、水属性なら青系と言う感じだ。

 それなりに価値のある魔石を盗み出して、売り飛ばしてしまおうと考える人が居ない訳ではないが、やったら最後バルキリーや他の神から加護を……要は職位を剥奪され役立たずと化し生きて行くのが大変になるので、誰もやらない。むしろ真剣に神に願い奉って、加護を一時にでももらい、クエストをこなした方が建設的に何とかなってしまう訳である。侮り難し神の加護。


 そうこうしてる間に、私は管理神バルキリーの神像前に到着した。神像の正面に透き通る、無色透明な水晶の小さな台座があり、その台座の上にギルドカードをそっと置く。

 バルキリー神像を見上げた後、私は膝をつき、頭を下げ、心を込めて、言葉を紡ぐ。


「管理神バルキリーに願い奉る。我、レスティーナ・トゥーアは、聖癒神ケレスを契約神とし、アコライトとならんと欲す」

 両手を祈る様に合わせる。

 キラキラと金色の光りの粒子が、台座の周囲に輝きだす。

 顔を上げて見ると、光りは天井のステンドグラスからスポットライトの様に台座だけに落ちている。しばらくすると、周囲で煌めいている金色の輝きとは別に、白銀の輝きの粒子が、台座の上で形を成してゆく。六枚羽根の伝令鳥に変化していった。キイと鳴くと、器用に嘴でギルドカードをくわえてバサリと羽根を羽ばたいた。


『願いは届いた』

 威厳のある女性的な声が響く。周囲と言うか、直接頭の中に届く様な音声だ。


『管理神バルキリーの名において、汝と聖癒神ケレスの契約を執りなそう』

 伝令鳥は飛び立ち、隣の聖癒神ケレスの前にある台座に降り立つ。くわえていたギルドカードを台座の中央に、ポトリと落とした。

 私はそれを追う様に立ち上がり、聖癒神ケレスの神像の前で留まる。


『さあ、手をカードの上に乗せよ』

 私は指示されるがまま、右の掌を下にしてギルドカードの上に乗せた。

 水晶の台座が、下の部分から淡く光り出す。この光りは、契約が完了すると、台座全体が光った上に、天へと光柱が立つらしい。


――――これから始まるのが、神問なんだ。ただ、イエスと解答するだけだと、話には聞いているがドキドキする。


 化身である伝令鳥は、じっと私を見詰める。

『汝、血の契約を求めるか?』

「はい、求めます」

『汝、聖癒神を主神とするか?』

「はい、主神とします」

『汝、アコライトとなる事を求めるか?』

「はい、アコライトとなる事を求めます」

『汝、その血を捧げるか?』

「はい、捧げます」

 すると、伝令鳥が首をゆっくりと下に降り下ろす。尖った嘴の先が手の甲にチクリと刺さり、出血する。つーっと、血が甲を伝い掌の下にあるギルドカードに落ちる。

 その瞬間、ふわりとした温かい感覚に包まれ、台座の輝きが上へと昇る。それを追うように、伝令鳥の輝きが黄金色変わり羽根を広げ、垂直に飛び立つ。天井のステンドグラスを通り抜けていった。視線を戻すと手の甲にあった血の跡も、傷口も綺麗になくなっていた。


「……消えてる」

 二度見してから、聖癒神ケレスの神像を見やる。淡く発光する神像。そして、天井をすり抜けて、次々と降って来る白く光る羽。幻想的な光景に暫し目を奪われる。羽は一つの箇所に降り積もって行く。人の背丈位になると、ピタリと降るのが止んだ。

 一つ一つの羽が一斉に、ほわんと光る。一拍の後、光りは人の形状を作っていく。


『レスティーナよ、妾の声が聞こえるか?』

 急に聞こえて来た声に慌てて返事をする。

「っ?! は、はい。聞こえます!」

『妾はケレス。そなたに妾の使徒を遣わそう。名を名付けよ』

 突然の名付けの指名に、頭の中が真っ白になる。


――――名前? なまえ、どんなの?? 使徒? 最後の……渚ってそれちゃうわ! 天使でしょ、ミカエル、ラファエル、アリエル、う~ん……定番過ぎてしっくり来ない。何かないかな、プリーストを目指してるんだから、聖属性が基本だから、聖なるなんとかーで、あれよ! 凪払っちゃうヤツ、アレクサンダーでどうよ!?


「……アレクサンダー」

『アレクサンダーか、良い名じゃ。顕現せよ、アレクサンダー』

 聖癒神の声が響きわたると、ぼんやりとした光りのマネキンが、ちゃんとした質量を持ったモノに変質していく。


 フワフワユラユラ揺れるストレートヘアの蒼銀色シルバーブルーの長髪の前髪は中央で分けており、左右に流している。後ろ髪は一つに括られていた。肌は白雪、一組の宝石を思わせるエメラルドアイズ。服は軍服とアルバを混ぜた様な上着で、首の所は詰襟で臍の付近で左右に分かれ、膝丈までのコートか長ランみたいになっているが、これがまたゲームの騎士とかみたいに格好イイ。ズボンと同じ色の白い生地に、浮かび上がる様に金銀の刺繍が施されてたり、肩には飾り紐が付いてたりするし。

 スリットから覗くモデルみたいに長い脚も魅力的だ。

 白づくしで服、汚れないかな? などと、ワケわかんない心配が頭を過る。


 パチパチと、エメラルドアイズが瞬きをして、じっと私を数秒見詰めてから、ふわりと微笑むと形の良い唇が開かれた。

「初めまして、レスティーナ」

「ッ!?」


 それが私と、アレクサンダーとの出会いであり、心臓を撃ち抜かれた衝撃的な瞬間だった。


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