第20話 -彼女が願う本当の想い-
夕刻時――
帰宅民で溢れる繁華街の中を俺は全力で駆け抜けていた。
「っと、おい!危ねぇぞ!!」
避けきれずに肩が掠ってしまったサラリーマンから怒声が上がるが、謝罪する余裕もない。
早く……もっと早く……一秒でも早く俺は辿り着きたかった。
麻衣さんからLEADが届いたのが数分前。
まいまい:杏璃が、杏璃が死んじゃう……お願い、助けて零二君!!!
その通知を見た時俺の頭の中は真っ白になった。
だが、それも数瞬のこと。只事でない状況を理解した俺は財布から金を取り出し森羅へ投げつける様に渡すとそのままカラオケボックスから走り出していた。
一瞬呆けていた森羅が俺の様子を見て何か言っていたが俺にはその事にリソースを割く余裕なんてどこにもない。
走りながらLEADの通話機能を使って麻衣さんに電話を掛ける。しかし、一向に反応がない。
応答がない程取り乱している!?
なら……思考を即座に切り替え、LEAD通知で呼びかける。
れいじ:麻衣さん今何処にいるんだ!?
だが、その呼びかけも全く既読になる気配がなかった。
「くそっ!!」
走りながら悪態をつく俺に驚いた歩行人が慌てて避ける。
誰が悪い訳でもないのに麻衣さんからの応答がないことにひどい焦燥感に駆られてしまっていた。
落ち着け……だが麻衣さんに何があった!?
そんな事あの一文で分かっている。妹の杏璃ちゃんの容態に変化があったのは一目瞭然だった。それも悪い方向にだ。
くそ。麻衣さんは今どこにいる。自宅か?あの桜の大樹の場所か?もしくは、部室か?
考えろ……放課後になってからまだ2時間程度しか経っていない。麻衣さんの行動を考えろ……
何時もならこの時間帯も俺と一緒に魔女研で部活をしているはず。なら……
今この時間も学校にいる可能性が高い!!
応答がないスマホをポケットの中へと無造作に放り、目的地である矢丘高校へと身体のギアを限界まで上げ疾走を続けた。
身体が燃える様に熱い。
痛みを上げる筋肉が不死の影響か無理やり修復をしている気持ちの悪い感覚が身体全体を駆け抜ける。
全速力で走っていると言うのに息切れが全く起きなかった。
そして――
見えた!!
矢丘高校の外周部が見え出し、同時に校門の前に数人の人間のシルエットが視界に映る。
それも一瞬のこと。足を動かす度に不確定だった人物との距離が近くなり輪郭がはっきりしてくる。
まさかとも思った。でも、あれは……ッ!?
その人物の一人が麻衣さんだと分かった。
そして彼女は何か抵抗している様に見えた。
その横には立ち竦み嫌がる雰囲気を出していた麻衣さんの腕を掴む同じ制服を着た男子生徒2人。
その光景を見た瞬間俺の思考回路は爆発した。
「麻衣!!!!!!」
右足に力を込め、そのまま踏み抜く。
俺の怒号に気付いた男子生徒。だが反応が遅い!!麻衣さんの腕を掴んでいた方の懐へと入り込むと同時に俺は拳を握りしめ、右腕を引くと渾身の限り顔面へとそのままぶちかました。
「がっ!!!?!?!」
「は?ちょ、テメェ何を――!?」
「れ、零二君……?」
錐揉みしながら吹き飛び校門の塀へとぶつかった男子生徒から視線を外して麻衣さんへと振り向く。
視界に入った麻衣さんは目尻に大粒の涙を浮かべていた。
そんな彼女を見て俺は怒りで頭がおかしくなりそうだった。泣いている麻衣さんへとこいつ等は無理やり迫ったのか!?
くそっ!!だが、今はこんな奴等に感けている暇なんてないんだ!!
「俺の手を掴め、麻衣!!」
「零二君……!!」
周囲がざわめきに満ちているのを感じる。
丁度今は部活終わりの生徒の帰宅時間でもあったのだから当然だった。
だが、そんなことどうでもよかった。迷わず俺の手を掴んでくれた麻衣さんの手を引き俺は走り出す。
背後から男子生徒の騒ぐ声と騒ぎを聞きつけた先生らしき声色も聴こえるが俺は麻衣さんの手を握りしめたまま無我夢中に走った。
何故俺は麻衣さんと一緒居なかったんだ……仕方がない状況だとしても麻衣さんが苦しんでいた瞬間その場にいなかったことを悔やんでも悔やみきれなかった。
◆◆◆◆
「れ、零二君。おね、お願い少し止まって!!」
「っぁ……ご、ごめん!!」
繋いでいた右手ではなく左手を使って俺の左腕を掴み嘆願する麻衣さんに気付き、立ち止まる。
胸を抑えて息を荒げる麻衣さん。その様子を見て俺は顔を青くした。
いくら頭に血が上っていたとしても麻衣さんの気持ちも考えずに俺は自分勝手なことをやっていた?本当に何やってるんだよ俺は……
「はぁ、はぁ……んんっ。……はぁ……はぁ」
「麻衣さん、ごめん……俺なんてこと――」
しかし俺の言葉は最後まで続かなかった。
麻衣さんの姿がぶれたかと思うと、同時に胸元へと衝撃を感じる。
息を整えないまま麻衣さんが俺に抱きついてきたのだ。
俺の胸元に顔をうずめる麻衣さん。
俺達の間に熱気が立ち籠り、汗ばんだ感触と熱い吐息が麻衣さんから伝わってくる。
何秒いや何十秒――何分経っただろうか。いつの間にか俺も彼女の背中に手を回して引き寄せる様に抱きしめていた。
暫くして漸く麻衣さんが顔を上げる。
10cmにも満たない距離に麻衣さんの顔があった。火照った表情。雫のついた睫毛と頬を濡らし続ける涙。整え切れていない吐息が俺の首筋を優しく撫でる。
俺は何も言えなかった。彼女は泣いていた。
さっきの比ではない程に大粒の涙を流し続けていた。
「怖かった……杏璃が意識不明に陥ったって連絡が来て……杏璃の心臓が一度止まったの。今は何とか延命措置が出来て維持を続けてるけど、お母さんからそう長くないって……お別れが近いから今すぐ帰ってきなさいって……ワタシその事を聞いた時信じることが出来なかった。何で?何でこんなに急になの?ワタシが杏璃を助けたい気持ちの中に自分の保身があることがバレたから神様は意地悪するの!?嫌だよ……杏璃が居なくるなんてワタシ嫌だよ!!」
「麻衣さん。君は……」
「ワタシどうすればいいのか分かんなかった。何で零二君にLEADしちゃったんだろ……零二君なら何とかしてくれると思ったのかな。ううん。でも本当に君は現れてくれた。どうしていいか分からなくてふらふらと学校から出ようとしたワタシに声を掛けてきた男の子達から助けてくれた。……ごめんね、ごめんね。ワタシってなんでこんなに浅はかなんだろ。う、うぇ……ぅぁ、ぁぁぁぁあああ!!!!」
俺のシャツにしがみつき泣き続ける麻衣さん。
彼女は言った。妹を助けたい気持ちの中に自分の保身があることがバレたから神様は意地悪するのか、と。
違う……麻衣さんは一つ間違っている。
こんなにも家族を大事に想う人が。妹を大事に想う人がこんな目に合うなんて間違っている!!
彼女自身が家族から愛してもらいたいと思って何が悪い!!麻衣さんは、今まで培った友人知人を全て投げ捨てて見知らぬ土地に妹を助ける為だけにやって来たんだぞ!?
あの時麻衣さんは逃れる為にここにやって来たと言った。だけど、こんなにも妹を想う麻衣さんが自分を優先しているだなんて俺は思えない。そんな彼女な悪いわけないじゃないか!!!
眞子……聞いてるんだろ。さっきから何も言わないけど一部始終全部見ているんだろ?
『………………』
何も反応はないが分かる。眞子は今魔女としての選定を行っている。
絶望に囚われかけている麻衣さんの願いを未だ叶えない眞子を俺は責めたりはしない。森羅の様に俺はお前を疑ったりなんてしない。
だけどな……
俺は麻衣さんを助けるぞ?
お前は言ったよな。本当の願いに気付いた時に現れるって。
気づけばここは眞子が棲まうあの世界へと通じる場所の近くだった。
視界の先には森羅が住む矢丘神社が見える。
……よし。
「麻衣さん。落ち着いて聞いてくれ。君は、杏璃ちゃんを助けたいんだよな?助けたいっていう気持ちに嘘偽りはないと誓えるんだよな?」
「ぐすっ……うぇっ……当たり前、だよっ!!妹を大事に想うのは当然のことだよ!!たった二人だけの姉妹なんだよ!?お姉ちゃんが妹を助けるのは当然でしょ!?」
姉――か。
麻衣さんの言葉に嘘偽りはないのは分かる。
俺だって真白に何か起きたら全てを優先して助けるつもりだ。
だけどな。俺と麻衣さんは一つだけ大きく違っていることがある。
兄だから妹を助けるんじゃない。俺は――
「……妹だから麻衣さんは助けるのか?両親の愛情が妹へと向けられても尚、妹だからという理由だけで君は助けるのか?」
「っ――違う!!馬鹿、零二君の馬鹿ぁ!!!妹だからじゃない。杏璃だから。杏璃の事が大好きなんだからワタシは助けたいんだよ!!!…………ぁ、そっ、か。ワタシ……杏璃が好きなんだ。ワタシは杏璃が誰であろうと笑っていて欲しい。元気になった杏璃と遊んで。二人でたくさんショッピングをして。一緒に学校に行って、そして好きな人のことを話し合いたいんだ。杏璃にはワタシと同じぐらい幸せになってもらいたい…………ぅ、ぅぁ……お願い……杏璃を……ワタシの大好きな杏璃を助けてよ魔女様ぁ!!!!」
それは麻衣さんの心からの願いだった。
そして世界は塗り替えられた。
夕焼けの街路地から永遠と続く闇夜に輝く桜並木へと――
――その願い聞き入れようか
俺自身聞いたことのある言葉。聞いたことのある声でソレは言い放った。
俺から見て真正面に。麻衣さんから見て背後にソレは立っていた。
その出で立ちはまさに魔女。黒いローブを着こみ、顔をフードで隠した女の子。
眼を見開いて驚愕に満ち溢れた麻衣さんはゆっくりと後ろを振り向く。
「え……嘘……」
空には壮大なる満月。舞い散る花弁が月明かりに照らされ煌びやかに彩っていた。
幻想的な場面。願っていた魔女との再会。
麻衣さんにとって信じられない光景なんだろう。
だけどな……
雰囲気をぶち壊すことになるが、俺は一つ文句が言いたかった。
眞子……何で学校の制服を着ているんだよ。ローブの前から丸見えだぞ?
フードからも風に揺れて靡く銀髪が揺れているし、何より麻衣さんを見据える眞子の表情は俺から見て、不敵な笑みを浮かべていた。少し違えばドヤ顔って言われても可笑しくないぞそれ。
『零二。君、本気で少し黙っててくれないかい?』
って、今考えてることも全部筒抜けになってたのかよ……これは本気で怒ってる雰囲気だ。
とにかく目の前に目的の魔女がいることが分かった麻衣さんは俺の服から手を放すと眞子へと体ごと向き直った。
ここから二人の本当の駆け引きが始まる。
俺は数歩後ろへ下がり事の成り行きを見守ることにした。お膳立てはした。けれど、ここから先に俺の出る幕はないんだ。
「ぇ……何で。眞子さんが、魔女……なの?」
「…………。八舞麻衣。君はそんな事を聞く為にボクの元にやって来たのかい?」
「ち、違……ううん、そうだよね。……眞子さんが魔女だろうと関係がない。ワタシはこの為にやって来た……お願いします。ワタシが世界で一番愛している杏璃を助けてください!!!」
初めてこの場所に来た時は気づかなかったけど、今なら分かる。この空間では嘘がつけない。
だが、そんなことは抜きにして麻衣さんは直球で言い放った。
俺に投げ掛けた時以上にその言葉に嘘偽りはなかった。麻衣さんが願う本当の想い――
麻衣さんの言葉を受けた眞子は数瞬黙る。そして、
「それが君の人生を変えるとしても願いは変わらないと誓えるのか?」
「誓えます」
「それが君の想いすらも無に帰し後悔すら出来ない現実が襲って来るとしても願いは変わらないと誓えるのか?」
「誓えます!」
「それが君が君で無くなる可能性があるとしても願いは変わらないと誓えるのか?」
「誓えます!!」
「そうか。君の言葉は全てが本音なのはボク自身理解できている。であるならば、最後にこの二択の問いを出させてもらうよ」
……二択?
眞子は麻衣さんを睨みつけながら言い放つ。
その瞳に感情はなかった。これは魔女による裁定。
麻衣さんからもどんな質問が来ようと答える気概を感じる。
だが、冷徹な魔女となった眞子の最後の質問は俺にとっても予想できないことだった。
「このどちらを選んでもボクは君の願いを叶えることを誓う。だが、悩むことは許されない。選べないという泣き言も許されない。さぁ、最後の質問さ。八舞麻衣。君の願いを叶える為の代償――その記憶。それは妹である八舞杏璃との記憶を全て失うか。もしくは、君が恋焦がれる想い人――神谷零二との記憶を全て失うか。さぁ、どちらか選ぶんだ」
「え――――」
「なっ……!?」
麻衣さんを見据え続ける眞子。
そんな彼女を見て俺は全て理解してしまった。
これは冗談でも何でもない。彼女は本気で麻衣さんに対して最低最悪な二択を突きつけていたのだと――
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