第18話 -お弁当と決意と女の子の不思議-

「貸出は1週間なので期限を守って返却をお願いします」


 本を捲る音とノートへと何かを書き込むペンの音のみが響き渡る静かな空間。

 そんな心地の良い空間を壊してしまうことに申し訳なさを憶えつつ、しかし仕事なのだからと割り切り目の前に立つ女子生徒へと本と図書カードを手渡す。


「――どうもです」


 まさに本を読むのが大好きそうな眼鏡をかけた女子生徒は俺から本を受け取ると挨拶もそこそこに踵を返すと空いている席を探しだし座り込むと同時に今まさに俺が手渡した本を読んでいる様だった。

 ……せっかく借りたのにここで読むのか。

 俺だったら家に帰ってから読むのにな。と、頭の中で思いながらも所詮赤の他人。借りた本をどうしようとその人の勝手なのだからと視線を手元へと戻す。

 そこには箸が置かれた何時も見慣れた妹の愛情が詰まった弁当が約半分。海苔でデコられた猫の顔はその半分が俺の腹の中に消化されて尚、妹である真白の気持ちが届くかの如く笑顔を見せていた。

 そして、その真白特製弁当の横に並べられたオレンジ色のランチクロスに包まれた小さめの弁当と水色のランチクロスに包まれた同じく小さめの弁当。合計3つの弁当が手元に置かれていた。

 俺以外にその弁当に手を付ける者は誰も居ない。そりゃそうだ。ここは図書室で俺は今、図書委員の輪番により昼休憩時の受付を任されていたのだから。


 ――食べきれなかったら残していいんだからね?


 申し訳なさそうに弁当を二つ手渡してくる少女のことを思い出す。

 せっかく作ってくれたのに残せる訳がないだろうに。

 作ってくれたことに有難みを感じるも、偶にでいいのにという言葉を言えない自分に辟易もしつつまずは真白が作った弁当を完食する為に食べるスピードを上げる。


 罪悪感があるからなのか、作ると言った手前作ってきてくれてるのか……何にせよ自然公園で約束した通り、同じクラスメイトである麻衣さんは俺の為に弁当を作ってきてくれた。しかも、ここ毎日ずっと。

 自然公園で起きた出来事から数日が経過している訳なのだが、俺は今日も自分の腹にエールを送りつつ残さず食べようと決意するのだった。


「大体自分から食べたいと言った癖に昼も放課後もいないってどういうことだよ……」


 真白特製弁当を食べ終わり、図書室に行く前に買ったペットボトルのお茶で喉を潤しながら小言で愚痴る。

 手元には未だ手つかずの弁当が二つ。どちらも麻衣さんから渡された弁当だった。

 何故麻衣さんは俺に二つの弁当を渡してきた?そんなの簡単だった。渡すべきもう一人の人物が今週は一度も俺達の前には現れなかったからだ。


 ――森羅佐奈。


 先週の土曜に俺達と一緒に自然公園へ赴き、麻衣さんに対して弁当を作ってほしいを言った森羅の約束通りに麻衣さんは俺の分と森羅の分の弁当を作ってくれた。

 だというのに森羅は俺達の前に現れなかった。森羅のクラスは1組。俺達3組とは同じ棟にあることもあり、当然麻衣さんは森羅を誘うために1組へと向かったのだが、彼女は教室にはいなかった。休んでいる訳ではなかったことから偶々席を外してるだけだろうと麻衣さんがLEADで呼びかけるも応答なし。

 それは放課後も、その後日もずっとだった。

 部活にも顔を出さず、今週一度だけ顔を出した部長の神宮寺先輩へと相談するも彼女自身普段あまり顔を見せないよく分からない存在だった為、『……来る来ないはその人の勝手だから』の一言で済まされた。

 急に音信不通となった森羅のことなんて放置すればいいのに麻衣さんは毎日弁当を作ってきていた。作るのは大変だから学食で食べると言っていた麻衣さんがだぞ。

 昼休みの度に1組に向かう麻衣さんに俺は付き添っていたから分かる。森羅が教室にいないことを教えてくれた1組の生徒に精一杯の笑顔で返す麻衣さん。

 背中に隠した麻衣さん自身の弁当と森羅に渡すはずだった弁当。その弁当のランチクロスの結び目を掴んだ麻衣さんの右手の人差し指が微かに震えていることを俺は見逃さなかった。

 その結果俺はあれから毎日麻衣さんの弁当を二つ食べていたのだった。

 それだというのにだ。


「――いないって誰のこと言ってるんですかぁ?」


 探し人が目の前に立っていた。

 何事もない様に平然と髪をサイドテールにした高校生には見えない幼い女生徒――森羅佐奈は受付を隔てた俺の正面に立っていたのだ。


「な、お前……今まで何してたんだよ!!」


「零二君。図書室ではお静かに、ですよ?あは」


 ぐっ……

 突然叫んだ俺に驚いた生徒達が迷惑そうに何事かと見ている中、人差し指を口元に当て普段と変わらず人懐こそうな笑顔をした森羅は受付の中へと回り込み俺の隣へと座り込む。


「昼も放課後の部活にも姿を見せないで今まで何をしていたんだよ」


「もしかして零二君心配してくれてたんですか?そうだったら嬉しいですねぇ」


「いい加減キレるぞ?お前分かってて言ってるだろ。俺じゃねぇよ。麻衣さんの連絡全部無視してただろ。自分から弁当作ってくれって言っておきながら食べないとかふざけてるのか?」


「…………もしかしてそれってまいまいのなんですか?」


 瞬間、森羅から笑みが消えた。視線はランチクロスに包まれた小さな二つの弁当。


「もしかしなくてもそうさ。LEAD見れば分かるだろうが麻衣さんは毎日お前の為に弁当を作って来たんだぞ?申し訳ないと思わないのか?」


「そっか、まいまいが……。――ごめんなさい。アタシそんなつもりじゃなかったのに……」


「俺に謝ってどうするんだよ。謝る相手が間違ってるだろうが」


 何時も見せるふざけた話し方ではなく本当に落ち込んだ表情を見せる森羅。

 だが、俺は今だ怒りを収めれずにいた。

 謝る相手が間違っている。森羅の為にと作った弁当がその相手に食べられなかったのだ。顔では笑っていても麻衣さんは悲しんでいた。だからこそ、俺は代わりに食べ続けた。満腹を超える量だとしても麻衣さんの気持ちがこもった弁当を残す訳にはいかなかった。

 だから――


「麻衣さんに謝れ。そして、お前も食べろよ。この弁当はお前の為に作ってくれたんだぞ」


 オレンジのランチクロスに包まれた弁当を森羅に差し出す。

 黙って受け取った森羅は数瞬その包みを見つめると、そのままランチクロスを解き蓋を開けた。


「……美味しそう。そしてとても綺麗。――まいまい、ごめん。黙ってて本当にごめんなさい……後でまいまいにも直接言うよ。あは、アタシ何してるんだろホント……」


 一口サイズの俵お握りが弁当の半分を占め、その上には色鮮やかなふりかけ。おかずはタコさんウィンナーと卵焼き、他のおかずに染み込まない工夫がされたロールキャベツにプチトマトと色鮮やかなTHE・お弁当とも言うべき品々ながら丁寧に作られた物だと一目でわかる。

 卵焼きを箸で半分に割って口の中へと持っていった森羅はそのままもぐもぐと食べ出す。

 美味しいか――俺がそう問う前に気付く。森羅の頬を一筋の雫が伝っていたことに。


「しょっぱいです。まいまいって卵焼きは砂糖派じゃなくてお塩派だったんですね……本当にしょっぱいです」


 ……何で。

 何でそこまで悲しむなら麻衣さんの連絡を無視したのか。俺達を避けるかのように姿を現さなかったんだろうか。


「森羅――お前は何がしたいんだ?俺には森羅の行動が全く理解できないんだよ。お前は……俺の事好きでも何でもないよな?なのに俺に近づこうとするし、あの手この手で誘おうとしてくる。正直に言うとそんな森羅が俺は心底気味が悪かった。本心は何を考えてるか分からないお前が。笑顔の裏では何かを憎み、恐れているお前の事が、な」


 涙を拭おうとせず黙々と食べ続ける森羅に対して、俺も麻衣さんが俺自身の為に作ってくれた弁当を開封し食べながら喋る。

 そして、確信的な――最初から森羅に感じていた森羅の本性的な部分を突いたその時、隣から弁当箱に箸を置く音が聞こえてきた。


「――零二君。今日放課後時間ありますか?アタシと……佐奈と二人で話をさせてくれませんか?」


 俺を真っ直ぐ貫く様に見つめてくる森羅。その瞳は真剣さそのものだった。


「分かった。放課後だな。麻衣さんには部活に出れないこと伝えておくよ」


「やっぱり零二君は優しいですよねぇ。あは……だからこそ――」


 元の口調に戻った森羅の言葉は最後まで聞き取れなかった。

 そのまま弁当を綺麗に食べ終わった森羅は麻衣さんに謝りに行くと述べると図書室を後にしたのだった。

 麻衣さんと森羅。そして茉子――魔女を探求する者と魔女に因縁を持つ者。そして件の魔女。

 螺旋の如く渦巻き絡み合う彼女達の想いもそろそろ解く必要があるんだろうな。

 本来なら全く関係がない俺に立ち入る理由はない。だけど、今の俺は違う。

 だからこそ俺は……森羅の想いに正面からぶつかることにする。だから本音で話してくれよ森羅――


  ◆◆◆◆


『だからって君も思い切ったことをするものだね。獅子身中の虫とまでは言わないけど彼女はボクにとっても君にとっても異物に近い存在なんだよ?君も薄々気が付いているとは思うけど、彼女はボクではなく桜と関係がある一族のはずさ。だからこそ魔女に対して異常な程の憎しみを持っているんだろうね』


 教室に戻った俺に対して茉子が言ってきた言葉がソレだった。

 森羅と話していた時、途中から俺の精神は結構乱れていた。だから恐らく知っているとは思ったが、こうも隠さず直球で話してくるとはさすが茉子と言ったところか。


『分かってるなら邪魔しないでくれよ?』


 茉子ははっきりと森羅と矢丘の初代魔女――八重垣桜には因縁めいた何かがあると言った。そして、それを茉子自身は何なのか知っていない。

 あの桜の大樹で話してくれた茉子の過去話。あの時麻衣さんがやって来た事で有耶無耶になってしまった質問――八重垣桜が死んでしまった原因。不老不死である魔女が死んだ原因を恐らくは森羅の……森羅一族が知っていると俺は思う。

 そして、その事自体は茉子も当然勘づいているはずだった。姉の様に、母親の様に慕っていた八重垣桜が死んだ原因が森羅一族にあるというのに茉子は何故彼女達を追及しなかった?何故憎まれているにも拘らず茉子は森羅が管理する矢丘神社の近くの別空間とはいえ棲み続けた?

 全てが解決するとは思っていなかった。だけど……


『俺はお前の……八重垣桜の秘奥を暴く。もしもそれが嫌なら今のうちに俺を止めてくれ』


『ははっ。誰も止めたりなんてしないさ。君が考えて君がそうしたいと思ったのだからボクに止める権利なんてない。だから、任せたよ――零二』


 本当に俺の周りの女の子は不思議でいっぱいだな。


「じー……」


「……麻衣さん?」


「やっぱり茉子さんと零二君って仲良いよね。って、そうじゃなくて。――零二君有難うね」


「え?急にお礼だなんてどうしたんだよ本当に。俺何かしたっけ?」


「ふふっ。何でもないよ?あ、それとさっき佐奈ちゃんが来てくれたよ。お弁当美味しかった。そしてごめんなさいだって。ホント零二君はすごいよね」


 俺が関わってると普通にばれてるみたいだな。

 全てわかってますよっていう麻衣さんの笑みがものすごくこそばゆかった。

 森羅が麻衣さんに何を言ったか分からないけどたぶん俺が怒ったとこまでは少なくとも伝わってそうだなぁ。


「まぁ、なんだ。男は隠れたところでカッコよく見せたいものだから気にしなくていいよ。というか気にしないでマジで……」


「えー……顔赤いよ?零二君可愛い。ね、茉子さん」


「零二は何時も可愛いと思うけどね。特に妹さんの前になると――」


「だああああ!!茉子も調子乗んな!!!」


 カッコよく見せたいと言った直後可愛い連呼されて喜ぶ男がこの世のどこにいるっていうんだよ。


「え、何々?零二って勇者じゃなくてヒロインだったん?」


「黙れ。そして相羽は地獄に落ちろ」


「久々の親友に対してひでぇなお前……」


 俺何もひどいこと言ってないよな?

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