第15話 -彼女という存在-
ゆさ……ゆさ……
身体を揺さぶられる感覚を感じる。
「う……真白すまん……あと5分……」
ゆさ……ゆさ………
ぐぅ。まさか兄の懸命なお願いを無視するとは……
って、あれ俺何で寝ているんだ?確かさっきまで陽伊奈と話していた様な……
「全く。あれから二度寝するなんて君も結構な大物だねぇ」
『うるさいなぁ。眠いんだよ俺は……』
……あれ?今陽伊奈の声が脳内に直接でなく耳から聞こえた気が……いや、まさかな……
「あ、あの。兄さん起きましたか?」
「もう少しだと思うから真白ちゃんは先に下に行ってて構わないよ?」
「でも……」
…………え?
「ッ――いやいやいや!!?!?何で陽伊奈がいるんだよ!?」
「おっと。君は本当に慌ただしいね。おはよう。いや、もうおそようと言うべきかな?良いお昼だよ?」
「あ、兄さんが起きました。お早うございます」
「あ、あぁ。おはよう……って、少し待ってくれ。何で陽伊奈がここにいるんだよ」
さも当然の様に俺の部屋に居座っている陽伊奈。
何が起きたらこうなるっていうんだ?
「何でって今日は一緒に遊ぶと約束したじゃないか。もしかして忘れたというのかい?」
「は?一緒にって――」
『いいからボクに話を合わせるんだ。君の妹が訝しんでいるじゃないか』
『誰のせいでこうなってると思ってんだよ。後で理由を説明しろよ』
『理由も何も人がせっかく大事な話をしていたというのに寝てしまう君が悪いんだけどね』
寝てしまう?……あ。
そうだ……確かに俺はさっきまで陽伊奈と話をしていた。
昨日麻衣さん達と見た大きく聳え立つ桜の樹と魔女の墓。そして夢で見た出来事……
あれ?俺本当に何時寝てしまったんだ?
陽伊奈が俺が見たあの夢が矢丘の初代守護者である魔女――八重垣桜が見せていたものと言っていたとこまでは覚えている。だが、以降のことはさっぱりだった。
「……兄さん?もしかして陽伊奈さんとは約束してなかったりしますか?」
「ッ!!いや、ごめん寝ぼけてたみたいだ。確かに昨日陽伊奈と会う約束してたよ」
考え事をしていたら真白が今まで兄に見せたことのない眼でこっちを見てきてた。もしも断ってたら単なる勘になるが陽伊奈の身が危なかった気がする。
「そうなんですか……。ではそういうことにしておきます。お昼ご飯の用意しておきますから早く降りてきてください。あ、陽伊奈さんも食べますよね?」
お昼ご飯?横目で時計を見てみると時刻は既に11時を過ぎていた。
うーん……結構な二度寝をしてしまったみたいだなぁ。
「ボクの分も良いのかい?」
「はい。兄さんのお友達なら真白も歓迎ですので。お友達なら」
「あ、あはは……宜しく頼むよ」
バタンと扉を閉じて真白が1階へと降りていく。
間違っても空鍋をかき回すのだけは辞めてくれよな真白さん……
「何と言うか個性的な妹さんだね」
「普段はああまで極端な子じゃないんだけどな……」
「愛されてる証拠じゃないか。家族は大事にすることだよ」
「そんなこと言われなくても分かってるさ。……それで本当にどうしたんだ?陽伊奈から会いにくるなんて珍しいな」
「ボクからというよりボクの記憶では君から会いにくることもほとんどなかったと思うけどね」
まぁ、実際会う必要ってあまりないのも事実だしなぁ。
何か用がある時は念話で済ませてしまうし。スマホでの連絡よりも簡単とは本当に恐ろしいものだよな。
「さて、君がさっきから気にしていることをさっさと解消しようか。早くしないと君の妹さんが痺れを切らしてしまうからね」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
「といっても伝える内容は簡単さ。今日、君はボクとデートをするんだよ」
「……は?」
◆◆◆◆
母さんに代わって真白お手製の昼食を食べた俺達は所変わって繁華街を歩いていた。
家を出る直前に見た真白は何時になく不機嫌さを露わにしていたな……。帰りに普段より高めのプリンを買って帰らないと。
「いい加減機嫌を治してくれないかな?ちょっとした乙女ジョークじゃないか」
「乙女って……そんな年じゃ――いや、何でもない」
俺が機嫌を損ねていると思ったのか。
陽伊奈に振り回されていることは確かだったが、元々今日は適当に過ごす予定だったから陽伊奈と共に過ごす事に今更怒ってなどいなかった。
だけど、このまま普通に返事するのもなんか釈然としなかったからツッコミを入れようと思ったんだけども……眼光で人が殺せるんじゃないか?
日差しが照る中、俺は陽伊奈と一緒に歩く。
端から見れば寄り添って歩く俺達はカップルに見えるのかどうか。そんなことが頭に浮かんでくる。
普通のカップルならこれから何をするのかというと……映画?ショッピング?もしくはカラオケ?
同じクラスの女の子と歩いているというのに俺はデートの定番とも言える場所に行きたいと思わなかった。
正直に言って陽伊奈は美人だと思う。スタイルもいいし日本人離れした銀髪が更にその存在感を引き立たせていた。実際、道歩く男共が時々陽伊奈の方へと視線が動いてるのが丸分かりだしな。
だけどなぁ……自分でも理由が全く分からないが陽伊奈とはそんな関係にはなりたいと思えないんだ。
「うん?さっきからボクの横顔を見てどうしたんだい?」
「いや……」
恐らく10人中8人が見惚れるであろう存在。
……悩んでも仕方ない。いっそのこと陽伊奈に聞いてみるか?
「なぁ、陽伊奈」
「さっきからどうしたんだい。言いたいことがあるならはっきり言った方が君の為だと思うよ」
「……うん、やっぱり陽伊奈とはないなぁ」
「………君もしかしてボクに喧嘩を売ってるのかい?だとしたらいい値で買おうじゃないか」
「って、ごめん違うって!!あれだよ陽伊奈とは何でこうも遠慮なく話せるんだろうなって思ってさ」
「……?ごめん、君の言っている意味が分からなかった。つまりどういうことなんだい?」
うーん、何といえばいいのか。
「なんていうかさ。妹がいるから女子と話をするのは苦手なわけじゃないんだけど陽伊奈とはそれを抜きにしても他の女子とは違うんだよ。初めて会った時から普通なら女の子相手に言うことのない言葉まで言ったりつまりあれだよ気兼ねなく言えてしまうって奴かな。だからさ、陽伊奈がデートって言葉使った時もこいつは何を言ってるんだって思ったし、陽伊奈と彼氏彼女な関係になるだなんて思えないし。これって何なんだろうなってさ」
「…………」
陽伊奈が歩くのを止めて俺の方をジッと驚いたかのように見ていた。
何だろう、俺おかしい事言ったかな?……いや、言ったな。女子に言うべき言葉じゃないわ。
あー……もしかして怒ったか?
「あ、いや、その……」
「……くっ、ははっ」
しかし、陽伊奈の様子は実際その逆だった。
耐えきれなかったのか一瞬吹き出すと、そのまま……
「あはっ、あははははは!!き、君はさっきからずっとそんなことを考えてたって言うのかい?」
「なっ!?悪いのかよ!!」
陽伊奈の笑い声に何事かと振り返ってくる周囲の人々。ここ繁華街のど真ん中だぞ!?
「あははははは。ごめんごめん。それにしてもまさか君がねぇ……」
「俺はこう言えばいいのか?喧嘩売ってるなら買うぞ?」
せっかく勇気を出して伝えたっていうのにこの仕打ちはあんまりだと思う。
「はぁ……ふぅ。やっぱり君といると退屈しないよ本当に。おっと、そう睨まないでおくれよ。君がそこまでボクの事考えてくれてると思わなかったからさ。ボクにとっても想定外の質問だったんだよ」
「ッッッッ―――!!!?!?べ、別に陽伊奈の事なんて考えてねぇよ!!」
「はいはい、ツンデレ乙ってボクは言えばいいのかな。んんっ、ちょっと目立ち過ぎたね。君への回答はちょっと歩いてからにするよ。ほら」
「って、おい引っ張んなって!!」
周囲からの視線が離れない中俺の腕を引っ張る陽伊奈。
昨日に続いて今日も周りからの視線が痛いなぁ……
―――…
――
「つまり君が気になっていることは少し考えれば分かることなんだけどね。ボクと君が繋がってるせいなんだよ」
「俺と陽伊奈が繋がってるって魂のことだよな?それが何で俺の質問の回答になるんだよ」
繁華街を抜け人が疎らとなった昨日も歩いた河川敷を歩きながら陽伊奈が答え合わせするかのように話し出す。
「ここまで言ってもまだ分からないかな?つまりだよ?前にも言ったけど君とボクは一種の同一存在になっている訳だよ。ここまでは理解できるよな?」
「まぁ、それは前にも聞いたことだしな」
俺と陽伊奈の魂は俺が交通事故で死ぬ瞬間に陽伊奈という魔女へ願った生きたいという願いが叶えられる瞬間に死んでしまったことにより魔女の契約が無理やり願いを叶えた結果、繋がってしまっていた。
だが、それが何で俺が感じる陽伊奈への気持ちになるんだ?
「じゃあ君に質問さ。君は妹さんのことを大事に想ってるよな?」
「そりゃもちろん」
「なら異性としてはどうだい?君は真白ちゃんを女の子として見ることが出来るかい?」
「はぁ?兄貴が妹のことをそんな目で見る訳がないだろうが!!ふざけてんのか?」
いきなりこいつは何を言い出すんだ?
俺が真白を?そんなの一度たりとないっての。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。そんなことボクにも分かってるさ。……まぁ、君の妹はその枠から外れてそうな気がしないでもないけど……」
「はぁ?」
「ごめん、今のは忘れてくれ。でだよ。極論としては今の質問が答えなんだよ。君にとって妹は家族。家族はそれ以上でもそれ以下でもない。なら自分自身は?君は君自身に遠慮をすることなんてないし、自分自身が大好きなナルシスト人間でもないだろう?だったら、そんな君の魂と繋がっているボクはどうだろう?君は魂レベルでボクの事を自分に対してと同じぐらい遠慮なく話すことが出来るし、ボクがどれだけ可愛くても惹かれることはないんじゃないかな?……ごめん、自分で言ってて恥ずかしくなってきたよ」
「…………」
陽伊奈の最後の自画自賛は置いておいて、だ。
つまりはこうか?
俺と陽伊奈は同一の存在だと魂が認識してしまっている。だから遠慮なんてする必要すらないと。
なるほどな……。あー納得だわ。そりゃ遠慮するわけがないよなぁ。
「その顔は納得したって顔のようだね。まぁせっかくだし、ボクからも一つだけ言わせてもらうよ」
「あ、あぁ……」
「ボクも長い年月を魔女として過ごしてきたわけだけど、君とは夫婦以上の存在になれると思ってるよ?実際、君といるのは楽しいし、何よりこれから悠久の時を一緒に過ごす可能性を秘めてるんだしね」
「なっ―――!!?!?!?」
何で陽伊奈はこうも恥ずかしい事をはっきり言えるんだよ!?
夫婦以上だと!?それってつまりどういうことだよ!!あああああああああああ!?!?!?
「あははははは、感情昂らせすぎだよ。考えてること全部こっちに流れ込んできてるよ?」
「ッッッ――!!!陽伊奈テメェ!!!」
「やっぱり楽しいなぁ。ほら、話してる間に見えて来たよ」
「ぐぅっ……後で覚えてろよ」
笑いながら先を指さす陽伊奈。
その先には昨日と同じ桜が混じった森林が見えていた。
――矢丘自然公園。
今日の俺達の目的。陽伊奈がわざわざ俺の家までやって来て俺を連れ出した理由。
それは昨日偶然見つけたあの場所――八重垣桜が眠る大きく聳え立つ桜の樹へと向かう為だった。
「偶然か必然か……正直君があの場所を見つけたのは必然だとボクは思っている。今朝大事な話の途中に君が眠ってしまったことを含めてね。だから、ボクはあの場所で君に全てを話すことにするよ。ボクがこの矢丘で何を見たのか、そして彼女に何を託されたのかを……ね」
「陽伊奈……」
陽伊奈は独りであることを極度に怖がっている節がある。
あの夢が本当のことだとしたら分からないでもない。生みの親から捨てられ、救いを求めてきた人々から畏怖され迫害され続けた日々。
そんな陽伊奈がこの地で出会った人。だけど、その人もいまはもう……
誰に教わる訳でもなく他人の人生に深く踏み込んではいけないことは大抵の人間が知っていることだ。
これから起きる出来事……それは陽伊奈という存在が形成される理由に繋がってくることは一目瞭然だ。中途半端な気持ちで聴いていい内容ではない。……だけど、俺と陽伊奈はもう他人事なんかじゃないんだ。
だから俺には知る権利がある。陽伊奈のことをもっと知って知って知り尽くす必要があるんだ。
「そうだな。陽伊奈の事は何でも教えてくれ。何があろうと俺が全て受け止めてやるさ」
「君って奴は……。間違っても他の女の子に同じことを言うんじゃないよ?」
困ったかの様に笑う陽伊奈。
もちろん他の女子には言わないさ。だから、陽伊奈……お前はずっと笑っていろよ?
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