第13話 -桜の樹-

「うわ~……人がゴミの様だな」


「あはぁ。本当に踏み潰したくなるほどいっぱいいますねぇ」


「えっと、二人とも冗談だよね?」


 俺はもちろん言ってみたかった言葉を言ってみただけだが、森羅はどうなんだろうな。

 自然公園の広場を抜けた俺達は当初の予定通り桜が咲き誇る一角へと足を運んでいた。

 するとそこは予想していた通り人、人、人!見渡す限り花見に来ている人で溢れ返っていたのだ。

 今日は天気もいいし絶好の花見日和なのは分かるけどここまでとは……


「うーん……場所取りするの難しそうだね」


「そうですねぇ。零二君どうします~?……零二君?」


「――あ、そうだな……」


 何ていうか中心街でも感じたことなんだけど、あれだ。周りの視線がものすごく痛い。

 麻衣さんも森羅も俺目線でもかなり可愛い方だと思っている。それは他の人の目から見ても同じことだと思う。

 ならば、その二人と花見に来ている俺は周囲からどう見られることだろうか。

 答えは殺気を感じるほどの視線を浴びせられるということだった。

 野郎だけで花見している奴等なんかこっちを思いっきり睨んできてるし、ものすごく居心地が悪いんだよな……


「飯食うだけだし、ちょっと離れた場所の……あ、ほらあそこのベンチ辺りにしないか?」


「??そうですね、あそこからなら桜も見えますしそうしましょうか!」


 俺の様子におかしいと思いながらも特に気にしないでくれた麻衣さん。

 俺が妬みの視線をグサグサ受けていることに気付かれる前にさっさと行こうと思ったのだが、


「あはぁ――」


 ゾクッ――


 森羅から獲物を狩る前の猛獣の視線を感じた。


「れ~いじ君!アタシお腹空いちゃいましたよぉ。早く行きましょうよ~」


「なっ――!?」


 猫撫で声で俺の腕に抱きついてくる森羅。まさかこいつ……


「ほら、まいまいも早く早く!左腕がまだ空いてますよ!」


「え?え?ワタシもするの?」


「そうですよ~!零二君の腕逞しいですよ?」


「えっと……それじゃちょっと失礼するね。わっ、ほんとに大きい」


「麻衣さんまで!?マジで勘弁してくれ!!」


 冗談抜きに周りの視線が痛いって!!ほら、あそこの奴等なんて血涙を流しそうに睨んできてるし!?


「あーもう、いいから早く行くぞ!自分で歩け!!」


「え~~このまま連れてってくださいよ~」


「ふふっ、本当に仲良いね二人とも」


 苦笑しながら離れてくれた麻衣さんはともかく、しがみついたまま離れない森羅を引きずりながらベンチに向かって歩き出す。

 こいつ本当に見た目は可愛いけど性格は最悪だな……


―――…


――


「ふぃ……ごちそうさまでした」


「まいまい料理上手ですねぇ。あ、アタシもご馳走様でした!」


「ふふ、お粗末様です。二人の口に合って本当に良かったよ」


 本当にお世辞抜きに美味しかった。

 色とりどりのサンドイッチを中心に外でも食べやすい一口サイズに纏められたおかずの品々。食べる側の気持ちを考えたとてもバランスの良いお弁当だった。

 ただ1点だけ除けばだけど。


「ごめん、もうちょっとここで休んでていいかな……」


「零二君たくさん食べてましたもんねぇ。最初見た時絶対に3人じゃ食べきれないと思いましたもん」


「ご、ごめんね?男の子にお弁当作るの初めてだったからどれだけ食べるか分からなくてついつい作りすぎちゃったの」


「いや、大丈夫だよ。本当に美味しかったから、こんなに美味しいお弁当残したら罰が当たるしね」


「あぅ。そう言ってくれるととても嬉しいけど恥ずかしいな」


 顔を赤くして恥ずかしそうに笑う麻衣さん。


「ははっ。また何時か食べたいね」


「なら、今度学校でもお弁当作ってこようか?自分の分だけ作るのは嫌だけど、他の人のと一緒に作るのなら朝からでも頑張れると思うんだ!」


「まいまいのお手製お弁当ですかぁ。いいなぁ」


「ふふ。その時は佐奈ちゃんの分も一緒に作ってあげるよ」


「わ、本当ですか!?」


「…………」


 麻衣さんの弁当……正直ものすごくそそられる。だけど……


「ごめん、気持ちはものすごく嬉しいんだけど、妹の弁当があるから……」


「あ、真白ちゃんだったよね。そっか、零二君いつもお昼は真白ちゃんのお弁当だったね」


「うん。ごめん正直に言って真白に弁当いらないって言えないかな……言うと後が怖い」


 中学時代に1回違う理由だけど真白に明日は弁当はいらないって言ったことがあるんだ。

 正直その時のことは今でさえ罪悪感が残る程のことだった。

 あの時の泣きそうな表情の真白。そして暫く口を聞いてくれなくなった時の事を考えると、俺は生涯真白から弁当を作らないと言い出すまでは妹の弁当を食べ続けると決意するぐらいだったのだ。

 なんていうか、こう思うと俺も大概だな。


「え~~!!まいまいのお弁当食べたいですよ~~!!」


「文句言うなよ……そんなに食べたいならお前から真白を説得……いや、それはそれで怖いから止めだ。とにかく、俺としてもどうしようもないっての」


「あ、だったらお弁当を二つ食べれば済むことじゃないですかぁ!!」


「二つって……真白のと麻衣さんのをってことか?そりゃいくらなんでも……」


「あ、なら一人だけ多めにするってよりワタシや佐奈ちゃんと同じ量で作ればいいんじゃないかな?3人分均等に作れるならそっちの方がワタシは楽かな~」


 麻衣さんとは何度かお昼を一緒にしてて食べる量は何となく理解してるし、森羅も今食べた量を見る限り二人とも普通の女子の枠から外れず小食な様子だった。

 確かにそれぐらいなら真白の弁当に加えて食べることは十分に可能だけど……


「本当に迷惑じゃないのか?」


「全然迷惑じゃないよ~!ほら、ワタシの目的の為に魔女探し手伝ってくれるんだし、これぐらいはしないと」


「そんな風に考えなくていいのに。うーん…なら無理はするなよ?本当に偶にでいいからな」


「ふふっ。楽しみにしててね」


「あはぁ。さすが零二君です」


「ったく、森羅も自分で弁当ぐらい作れよ」


「最近の女子は料理できなくても大丈夫なんですよ~?あ、やっぱり零二君は料理上手な女の子が好きなんですかぁ?」


「……そりゃぁ、どっちかと言うと当然料理上手な方がいいけど」


「そうですかぁ。アタシも料理した方がいいのかなぁ」


 さいですか。そういや陽伊奈はどうなんだろうな。学校では見る限り購買か学食のどちらかのようだけど、数百年生きてる魔女だしさすがに料理は出来る……よな?今度機会があったら聞いてみるかな。


「ふふっ。結局皆花より団子って感じだったね」


「桜よりまいまいのお弁当が勝ってたということですよぉ。ね、零二君」


「そうだな。っと、待たせてごめんな。そろそろ行くとしようか」


 話してたら腹の具合も収まって来たし、未だに感じる周りからの視線から逃げるためにも俺は先導してその場から立ち去ることにしたのだった。


  ◆◆◆◆


 自然公園の中は舗装されている場所はどこも人で溢れ返っている状況だった。

 俺達は逸れない様に固まって動き人ごみから外れて森へと続く細道へと入っていく。

 街の大通りと同じで、脇道とも言える細道には人気がほとんどなかった。

 この自然公園にいる大部分が桜を見に来たということもあるのだろう。


「緑がいっぱいだね。この先には何があるの?」


「少し歩いた先に大き目の湖があるはずなんだ。夏場はそっちに人が集まるけど、この時期はあまり近寄る人はいないはずかな」


「あ、そういえば一つ思い出しましたよ~。その湖って昔魔女が水浴びしていたって言われている場所だそうですよ?」


「魔女が?それ本当なのか?」


 魔女ってあの陽伊奈が湖で水浴び?……あ、やばい。陽伊奈が水浴びしてる想像してしまった。落ち着け……今気持ちが昂ると色んな意味で陽伊奈との関係が気まずくなる。


「たぶん眉唾物だと思いますけどねぇ。調べればそういった類の噂は色んな場所に残ってますよ?例えば今日待ち合わせに使ったあの十字架のモニュメントなんて魔女が磔にされたとかそんな噂もあるぐらいですし」


「知る人ぞ知る魔女の噂ってところか。確かにそんなものすべて調べてたらキリがないのかもな」


「実際代々続く魔女研はそういった類の噂を一つ一つ調べたらしいですよ~?部室にそれらが纏められたファイルがあるはずですよ」


「ワタシは結構気になるなぁ。火のないところに煙は立たないっていうし、大部分が誰かが作った噂だとしてもその中に手がかりがある可能性もあるしね……」


「そうだな……」


 蜘蛛の糸にすら縋りたい気持ちなんだろう。妹の杏璃ちゃんの為に……

 麻衣さんが探している人物はすぐ近くにいるぞ。言えることなら言ってしまいたい。だが、俺が言ってしまうと何もかもが台無しになってしまう。

 陽伊奈が言うには麻衣さんの願いはまだ何かが足りていないということだ。

 俺から見ても麻衣さんの杏璃ちゃんを助けたいという気持ちに嘘偽りはない。だからこそ、俺は一刻も早く何が足りていないのか見つける必要があるんだ。


「あ、何か雰囲気が変わってきたような……」


「そこを曲がれば見えてくるはずだよ」


 伸びた草木を手で払いのけて前へと進む。

 すると目の前に軽く数平方キロメートルはあるであろう湖が姿を現した。


「わぁ、綺麗……」


「久々にやってきましたけどやっぱり綺麗ですね~」


 透き通るほどに澄んだ水。傍には小動物が戯れていた。


「俺も夏場に来ることはあるけど、その時は人でいっぱいだからそう感じなかったけど確かにこりゃ魔女の噂があってもおかしくないな」


「うんうん!こんな場所で水浴びしたらものすごーく気持ちよさそうだよね」


 色即是空 空即是色――……

 煩悩を消えてくれ。素直な感想だろうけど、そう無防備に言われると想像しちゃうじゃないか。


「あはぁ。零二君もアタシ達と水浴びがしたいですかぁ?」


「ッ――馬鹿言え!」


「あはは。さすがに男の子の前で水浴びなんて出来ないよね」


「ったく……けど、綺麗な湖だけど見える範囲には当然だけど魔女に関する何かは何もなさそうだよな」


 一応端から端まで首を動かせば湖の全貌は見ることが出来る。だが、水面下に動く魚や水辺で戯れる小動物以外これといった物は何も見つからない様だった。


「そうですね……あ、でも」


「どうかしたんですか、まいまい?」


「あ、うん。あのね、丁度対岸の辺りなんだけど、ほら奥へと続く道が見えない?あそこってどこに続いているのかな?」


「ん?あ、本当だ。けど地図を見てもあの先って何も書いてないよな……」


「アタシも知らないですねぇ。行ってみますかぁ?ぐるっと周れば行けそうですし」


 麻衣さんが指さす先は確かに人が一人通れそうな細道があった。

 細道というよりも獣道の様な感じだけども。

 湖の周辺は夏場は人気スポットになる為、綺麗に舗装がされている。その為、自然公園内のランニングコースとしても使われていることから湖の周囲を周ることで反対側にも行くことが可能だ。

 どうせこの後は鍾乳洞側に行くことになるだけだし、時間もあることだ。少しでも気になる箇所は行ってみるべきだよな。


「ちょっと気になるし行ってみようか」


「はぁい」


「ワタシちょっとワクワクしてきました!」


 その気持ちは分かる。かくいう俺もちょっとした冒険気分で気持ちが高揚してきていたのだから。


―――…


――


 休むことなく対岸まで周り、そのまま奥へと続く細道へと入っていく。

 景色としては何の変哲もない森へと続く道。しかし、道といっても舗装はされてなく雑草が生えていない所謂獣道と言ったところだった。


「何かちょっと肌寒く感じてきましたね」


「そうだなぁ。鍾乳洞の近くもこんな感じだけど位置的に結構真逆にあるはずだからなぁ」


「……二人とも何かおかしいと思いませんか?」


 進むにつれて気温の低下による寒気ではなく、何か得体の知れない寒気を感じていた。

 そこで森羅が突然普段の人にすり寄るような声ではなく、真剣味を帯びた声色で忠告してきた。


「おかしいって何がだ?」


「この場所がですよ。あまりに静かすぎます。それに……」


「何かここ重いですね」


「まいまいも感じたみたいですね。ここ緑が濃すぎるんですよ。こんなの街の中にある森では絶対に有り得ないのに」


「そういわれると息苦しい感じがするな……」


 森羅や麻衣さんの言っていることが何となく分かってきた。サウナの中で呼吸をする感じというか、空気が重いんだ。


「ここきっと酸素濃度がものすごいはずですよ。でも、こんな場所普通人の手が入っていない所でしか起きないはずなのに……」


「虫や動物すら近寄らない場所――か。この奥に何があるって言うんだ?」


「行ってみるしかないですよね」


 人気がほとんどなかった湖周辺とは比べ物にならない程に静寂な中、俺達は頷き合い前へと進みだす。

 そして、数分が経った頃だろうか。突如目の前に信じられない光景が現れたのだった。


「なっ――!?これは……」


「桜……ですか?でも、それにしては」


「大きいですねぇ。こんな大きい桜見たことないです」


 緑が生い茂る森の中に突如拓かれた広場。その中心に見上げるほどに大きな桜の樹が聳え立っていたのだ。


「いや、でも……間違いない。おかしいぞこれ」


「おかしい――ですか?」


「ああ。俺達が限界まで見上げてようやく桜の天辺が見える程に大きいんだぞ?それなのに、ここに来るまでに見えたか?こんな大きな桜の樹がさ。気づいてたら誰かが言うはずじゃないか?それにこんなに大きいんだ。絶対に自然公園の中――いや、へたすると矢丘の街のどこからでも見えないとおかしくないか?」


「ですよねぇ。明らかに異質ですもん。何か特別な力が働いてるんですかねぇ。あはぁ」


 周囲の木々と比べても明らかに数倍はあるであろう桜の樹。小さな山レベルの大きさだった。中心街以外に高層ビルがない矢丘ならきっとどこにいても見えなきゃおかしいはずなんだ。


「それにしても綺麗ですね……なんていうかいつまでも見続けていたいです」


「まいまい。それ危険な兆候だよ。桜の樹に引っ張られてるかも」


「え……どういうことですか!?」


「これはアタシの想像になっちゃうけど、ここに来るまでに気付くことが出来なかった理由も、狂おしいほどに綺麗と思ってしまうこの状況もあの桜が放つ力によるものだと思うんですよね」


「桜の力……?それって何か?魔女に関係する物なのか?」


「だからアタシの創造だって言いましたよ?この桜の樹が魔女と何か関係するのか分からないけど、アタシはとても気になりますねぇ。あはぁ」


 魔女と桜……

 その二つと掛け合わすとどうしてもあの時の陽伊奈が棲まう空間を思い出してしまう。

 無限に続きそうな桜並木。ここも何か関係があるというのか?


「ぁ――!!零二君、佐奈ちゃん!!アレ見てください!あそこ何かありませんか!?」


 またしても何かを見つけ出す麻衣さん。指さす先は桜の樹木の根元付近。確かにそこには何かがあるように見える。あれは……


「石碑……か?気になるし行ってみるか」


「零二君、ごめん。ちょっと手繋いでもいいかな。近くにいるって分かるんだけど、ここから先誰かと繋がってないと何故か怖くて……」


「あ、あぁ。別に問題はないよ。ほら」


 差し出した右手をぎゅっと掴んでくる麻衣さん。温かい手の感触が伝わってくる。

 そして、同時に左手からも別の感触が伝わってきた。


「それなら当然アタシも繋がないといけないですよね~?」


「ッ……。今回だけだぞ」


「はぁい」


 ここで無駄に時間を労するよりも、一刻も早く桜の根元へと行きたかった。

 人の背丈より小さな石碑の様だが何かが気になる。

 手を繋いだまま俺達は転ばない様に気を付けて歩き出す。

 そして目的の場所に辿り着いた時、ソレが何なのか俺達は理解するのだった。


「これは……やっぱり石碑なのか?」


「そのようですね。掠れていますけど何か書かれてるみたいです。えっと……」


「所々完全に文字が潰れて見えないですねぇ。えっと…………ぇ」


 そこには大部分が掠れて読めなかったがこう書かれていた。




 魔女■■■シ■=ロ■■ック こ■に眠る――――




 それは一人の魔女の墓標。俺が知る魔女――陽伊奈茉子ではない、別の魔女の墓だったのだ。

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