第11話 -不老不死の影響-
「零二君おはよ!」
「おはよう麻衣さん。今日も元気だね」
朝登校すると丁度下駄箱で靴を履きかえていた麻衣さんが声を掛けてくる。
既にあの夜から1週間が過ぎていた。魔女探しを手伝うと言った俺に対して麻衣さんは事あるごとに話しかけてくるようになったのだ。
まぁ、時間が合う時に色々調べてはいるのだけど、進捗は芳しくない状況だった。陽伊奈は手伝ってくれる気配ないしな……
「元気が一番だよ?それに今日の補習次第で晴れて解放されるわけだし!」
「あぁ…確か追試なんだっけ?大丈夫そうなのか?」
「ん~……何とかなる気がする?」
教室まで一緒に歩く麻衣さんが隣で朗らかに笑う。
それでいいのかおい。
小テストの結果だが、麻衣さんは案の定英語が赤点となっていた。答案用紙をもらった顔が真っ青になってたことからお察しの結果だったのだろう。
最初から赤点を取る人ってかなり少なかったそうで先生達も厳しめに補習を行っているそうだった。
俺自身は一応全科目平均点を超えることが出来たということもあり、補習は楽々回避できたんだが、実際1週間ちょっとの補習で何とかなるもんなんだろうか……
「そうだ零二君。週末何か予定あったりするかな?」
「ん?いや、特に何もなかったと思うけど」
今日は木曜だけども予定は何もなかったはず。たぶん……真白も何か頼んでくる時はきちんと前もって言う子だし。
麻衣さんの質問にそう間を置かずに返答すると笑顔だった表情が更に満面の笑みとなり、
「だったら週末矢丘を案内してくれないかな?ほら、先週末は勉強に費やしちゃってまだ周辺に何があるか分かってないんだよね」
「なるほど。……でもなんで俺?」
「駄目だったかな。ほら、魔女探しもしたいんだよね」
「あぁ……」
俺の耳元に口を寄せて小声で話してくる。こそばゆいけど確かに周りにあまり聞かれたくない会話なのかな。
「そういうことなら別にかまわ――」
「れーいじ君!!」
「ぐえっ!?」
背後から誰かが飛び込んでくる感触。ふわりといい匂いが漂ってくるけど地味に背中が痛い……
「痛い……」
「あはぁ。可愛い女の子が抱きついたっていうのに痛いなんて酷いですねぇ」
「何でここにいるんだよ……森羅」
声で既に誰か分かっていたけど首回された腕を引っぺがして振り向く。
そこには中学生にしか見えない少女が立っていた。矢丘神社に住む同じ1年の森羅佐奈だ。
瞳をくりっと動かし、いつもの如く嬌艶さを含んだ笑みを浮かべている。が、その眼は地味に怒っているようにも見えた。だって胸の感触なんて全くなかったしなぁ……肋骨が背骨に当たって痛かったぞ。
「何か不穏なこと考えてませんかぁ?」
「考えてないって。つか、何の用だよ」
「つれないですねぇ。アタシ1組だって言ったじゃないですか。零二君達の教室の奥ですよ~?」
そういやそんなこと言ってたっけか。
うちの学校はそこそこ人数が多い。一クラス40人前後の普通科が6クラスと文系特化の人文科が1クラス、理系特化の数理科が1クラスの計8クラスとなっている。
校舎自体が4階建てとなっており、1年が4階、2年が3階、3年が2階で1階が職員室や校長室、学食・購買等があるのだけども建物自体が渡り廊下を中心に125度ほど斜めに分かれている珍しい形になっている。
そのうち普通科の1~3クラスと人文科が俺達の歩いているほうにあるというわけだった。
今丁度目の前にある人文科クラスは女子が9割以上というか40人中37人を占めているほとんど女子クラスといってもいいクラスだったため、周囲には女子の密度がかなり多かった。
「いいからくっつくな。用が済んだらさっさと自分のクラスに行けよ」
「ぶぅ。まいまいとはくっついてお話するのにいじわるだなぁ」
「え、ワタシそんなにくっついてた!?」
「あー……そう見えるかもな」
「そっか……」
自分の行動に気付いた麻衣さんの頬が仄かに赤くなる。
「可愛いですよねぇ、まいまい。つい苛めたくなっちゃいますよ」
「お前が言うと冗談に聞こえないから」
「零二君ほんとアタシにだけ辛辣ですよねぇ。そこがまたいいんですけど。あは。それじゃ、また放課後にです!」
「……おう」
小走りで自分のクラスへと消えていく森羅の後ろ姿。
1週間前の水曜日。俺はほぼ麻衣さんからの強制で矢丘魔女研究会に入ることになった。新入生歓迎会の後となる訳だから各部活の紹介も見た上でだけども、絶対に入るのが嫌というわけでもなかったし、麻衣さんに連れて行かれるまま入部することとなった。
通称魔女研は3年生の部長と2年生の副部長が一人づつ。そして1年生が俺と麻衣さんと森羅の3人のみだった。1年生の俺達が入る前は部員は卒業した元3年生を抜かせば2人しかいなかったわけだ。
2人とも女生徒。部長が神宮寺先輩という人でいかにもな文学少女で三つ編みに眼鏡をした口数の少ない人だった。実際に新入生歓迎会で行われた部活動紹介で喋ったのは副部長の雷谷先輩だ。漢字は違うけど読みは同じ『かみや』なこともあり、どことなく共感出来る先輩。
その2人も正直その日の放課後に会ったきりだった。不真面目ではなさそうなんだけども、普段は何をしているのかも不明な状況。
そういうこともあって、放課後は補習で遅れてくる麻衣さんが来るまでは基本的に俺と森羅の2人のみという状況だったという訳だ。
陽伊奈からの忠告もあったことから最初は警戒していたのだけども、今日までの1週間特に目立った動きは何もなし。さっきみたいに過度なスキンシップをしてくることを除けば普通は人懐っこい少女にしか見えない状況なんだけども……やっぱ本能的に苦手意識があるなぁ。
「ほら、そろそろ教室に入ろうぜ。あと、約束したんだから追試しっかりと合格しろよ?」
「あっ――!うん、頑張る!!」
さて今日も一日頑張りますかね……
―――…
――
「零二!!」
「おう!っと……」
俺に向かって飛んできたボールを胸で受け止める。
そのまま流れる動きで左足から連続で右足へとフェイントを組み、前方から襲ってきた相手チームの男子を回避してそのままパスを行う。
「上宮!」
「任せろ!」
俺からボールを受け取った上宮はそのままボールを相手方のゴールへと蹴り放ち、そして放たれたボールはゴールネットへと吸い込まれるように突き刺さった。
「ナイスアシスト!!」
「おう」
額から薄く流れる汗を体操着で拭う。春風に混じった冷たい薫風が気持ち良い。
今は2クラス合同の体育の時間。男女分かれて行動中で男子はサッカーをやっている最中だった。
サッカー部内でレギュラー候補と言われている相羽と同じチームということもあって開始から既に20分経過だが得点は6-1という結果だった訳なのだけれども……
ここまで大差になっている状況は他にもあったのだ。
「零二今日は大活躍じゃね?前からそんなに動けたっけ?」
「あれだよ、ほら成長期ってやつ?」
「成長期ってお前それ何か間違ってね!?」
実際俺が決めた得点はないんだけども、俺のアシストの結果で味方のシュートが決まることが今回でもう4回目だった。
だから駆け寄ってきた相羽に対し咄嗟に返したものの自分でもひどい言い訳だと思う。
ただ相羽の言う通り、今日の俺は何かが違った。自分でもはっきりと違和感を感じるけどこれは……考えている動き以上に身体が動く感じ。明らかに以前の自分とは違う動きだった。
以前と決定的に何かが違う。けど原因は何となく分かっている。
『陽伊奈少しいいか?』
『うん?ちょっと待ってくれるかい。今丁度ボールがボクに向かってきそうだから……っと』
『そっちはバレーボールだっけ』
『ふぅ、そうだよ。君にも見せたかったな。今放ったボクの華麗なトスをさ』
『あーはいはい、また今度な。それよりも――』
『君の動きのことかい?』
やっぱり陽伊奈は分かっていたのか。
『以前より格段に動けるようになってるんだが……これも陽伊奈と繋がった結果なのか?』
『今の君の言葉だけ聞くとものすごく卑猥だね。間違っても口には出さないでくれよ?』
『茶化すなよ……つか、言うわけないだろうが』
自分でも思い返すとヤバいな……陽伊奈と繋がった結果って他人が聞くとやばいだろこれ。
『あはは。まぁ、まだ試合中だから手短に言うよ。っと……君が知りたいことは思った以上に動ける理由だろ?それは確かにボクの影響でもあるのかな。簡単に言うと不老不死になった影響とでも言うんだけど』
『不老不死になると超人にもなるのか?』
『いやいや、それは夢見すぎというか君もしかしてそういうのになりたかったクチなのかい?』
『ファンタジー全開の魔女が言うなよ……』
願いを叶えるだとか、異世界みたいな空間や不老不死だとかそれに比べたら超人ってまだマシじゃねぇかな。
『実際ボクは魔女だからね。まぁ、君はあれだよ。不老不死の影響で脳のリミッターがはずれかかってるんだよ。人っていうのは最大でも20%程度しか力を使えないってことを聞いたことないかい?』
『聞いたことあるな……自分の身体を守るためにだっけか』
『その通りだね。けどボク達は違う。どれだけ身体を酷使したり、筋肉を傷めようと骨を折ろうが関係ない。通常の人とは比べ物にならない速さで治癒してしまうんだよ。だからこそ脳がその状態を普通だと思ってしまう』
『けど陽伊奈と知り合ってから激しい運動なんてやってないぞ?何でこんなに急に動けるようになったんだ?』
『それはあれだよ。君が一度死んだからさ。致命傷とも呼べる怪我を治したんだよ?そうなると君の脳はどう感じるかな』
『あ――……』
陽伊奈の言いたいことが分かった。
要は筋トレのようなものか。実際全然違うけど、あれは運動をすることで疲弊した筋肉がその後の回復で増大する。結果、筋肉がつくというわけだけども。
あまり気付かなかったけど前よりも全身の筋肉が増している。
それと同時に脳が俺の身体はここまで動けると認識し出しているということか……
『ちなみにあまり無茶だけはしないでおくれよ?君はもう普通の人間じゃないんだ。無理をすればするほど身体はそれに従おうとするし、脳はその身体を動かすためにリミッターをはずしていくんだ』
『あぁ、分かったよ……目立ってもいいことないもんな』
『分かっていればいいよ。それじゃ話は終わりかな?』
『あぁ、疑問は解けたよ。助かったな――っ!?』
「零二!!」
相羽の声が届いた時には時既に遅し。気づいた時には目の前に迫っていたボールを避ける暇もなく顔面ブロックしてしまうのだった……
『君に何が起きたのかは聞かないでおくよ。ご愁傷様かな?』
『……ほっといてくれ』
そのまま仰向けに倒れ込み、晴れ晴れとした青空が目に染みてくる。
運動神経が良くなるよりも、まずは先に陽伊奈との念話を自然にできる様にしないとな……
◆◆◆◆
「腹減った~……零二飯行こうぜ」
「おう、ちょっと待って弁当出す」
午前中に体育があったことから皆腹ペコだった。着替え終わった相羽、上宮、榛原の3人がやって来る。そろそろ見慣れてきた友人と呼べる仲間達。既にクラス内のグループ化は固まりつつあり、俺達は基本的にこの4人で行動することが多かった。
まぁ、昼食に限って言えば毎日ではないけどここにあと2人追加することもあるんだけども……
「零二君。今日一緒にお昼いいかな?ほら陽伊奈さんも一緒に行こうよ」
「ボクもかい?別に構わないよ」
先週麻衣さんとお昼を一緒に食べる約束をした翌日、俺は陽伊奈にも昼食を奢る約束をしていたことをすっかり忘れていたのだった。
その結果、何だかんだで麻衣さんと陽伊奈を加えて食べることになった訳なのだが、何の因果か時折こうして麻衣さんは陽伊奈を拉致って昼を一緒にすることが増えてきたのだ。
「八舞さん達なら大歓迎だよ!よっし、行こうぜ」
女子が加わると目に見えてテンションが上がる相羽だけど、まぁ気持ちは分からんでもない。
「けど、今日も俺だけ弁当なんだよな……俺も学食にするかなぁ」
「いや、それ無理じゃね?真白ちゃん絶対に許さないだろ」
「零二君のお弁当愛情いっぱい込められてるもんね」
「やっぱそうだよなぁ……」
言ってみたけど自分でもないと思う。あの真白が弁当作りを辞めると到底思えないんだよな。
というか、真白にもう弁当いらないって言う勇気ないわ……
「でも神谷君のソレ羨ましいよ実際に。うちの親なんて中学までは弁当作ってくれてたけど、高校に学食あるからって作ってくれなくなったんだよ?」
「俺の家も似たようなものかな……」
上宮と榛原が世知辛そうに喋る。考えてみれば他の奴らも弁当持参ってあまり見かけなくなったのかもしれない。
中学までは購買はあったけど、学食はなかったし、そもそも高校でも学食があるところは少ないって聞くしなぁ。入学するまで学食があることすら知らなかった訳だし。
やっぱ皆学食で頼みたいのかね。メニューみても全体的に安いしボリュームあるし。
「俺なんて買いたいゲームの為に自分から昼は弁当じゃなく金をくれっていってるしな」
「お前はそれ自分のせいだろうが。いい加減素うどんはやめろよ」
「あと三千円足らねぇんだよ~……小遣いも前借り出来ないしさぁ」
相羽にはこれ以上言っても無駄だなこりゃ。
「でも、朝からお弁当って作るの大変だよね。ワタシ自分が食べる為に朝から作る元気ないよ~……」
「麻衣さん一人暮らしだもんね。そういうと陽伊奈も一人暮らしでやっぱり自分で作るのが嫌だから学食だったり購買でパンばっかりなのか?」
「あぁ、そうだね。ボク朝弱いんだよ。低血圧気味だし」
魔女にも血圧って関係あるのか……そういえば不老不死って病気はどうなるんだろうな?持病とかあるのか?風邪含む流行り病だって運が悪いと死ぬことがある訳だけども、そもそもそういった病気にかかってもすぐ治るのか、そもそもかからないのか……今度陽伊奈に聞いてみるかな。
って、ん……?相羽達から何やら視線を感じるけど……
「零二……お前八舞さんだけじゃなく陽伊奈さんとも親しいよな」
「何だよ急に……」
「いや、だってお前新入生歓迎会から八舞さんと急に下の名前で呼び合うようになったと思ったら、次はこれだぜ?何で二人が一人暮らしだって知ってんだよ」
「あー……」
やっちまった……。当の本人達は素知らぬ顔して見守ってるし。なんでそんなにワクワクした顔してるんだよ。
「ほら、麻衣さんは同じ部活だし、陽伊奈とは席が隣だから結構いろいろ話すんだよ。な?」
「ふふっ。そういうことにしておこうかな?ただ、あとで陽伊奈さんとのことは教えてね?」
「ボクとの関係……ね。それは簡単には言えないことかなぁ」
「零二やっぱお前……」
せっかく場を静めようと思ったのに裏切りやがった……
麻衣さんと陽伊奈の意味深発言に相羽達からより睨まれる。あまり迂闊なことは言うもんじゃないなぁ。
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