第10話 -魔女との契約の本当の意味-

『もう一度言ってくれるかい?君、今何と言ったんだ?』


『え、だから森羅佐奈って女の子と出会ったって言ったんだけど』


『……』


 家に帰り食事を食べ終わった俺はベッドの横たわり陽伊奈へと念話を行っていた。

 そこで俺が森羅の名を言った途端、陽伊奈の声色が変わった。俺の中の疑念が確信に変わる。やっぱり陽伊奈と森羅は何か関わっている。


『やっぱり陽伊奈は何か知っているんだな?』


『君にはまだ早いと思っていた。けど、こんなにも早く接触しているだなんてボクの勘も鈍ったものだね』


『……陽伊奈はさ、人間を憎んではいないのか?』


『急にどうしたんだい?ボクが人間を?』


 俺の問いに陽伊奈は本当に不本意のような声を返した。念話だから顔は見えないが本当にそう思っていそうな声色だった。

 どういうことだ?陽伊奈達魔女は過去にあれだけ人間から迫害され続けたというのに。


『あぁ……君もしかして魔女の事を調べたんだね?今日こそこそとしてた理由はソレだった訳かい』


『なら、俺の言いたいことも分かるだろ?何であれだけ魔女狩りなんて所業受けながら陽伊奈は人の願いを叶えようと思うんだよ』


 助けるだけ助けて自分達は助けた人物からも恐怖の眼で見られるだなんてそんなのひどすぎるだろ。俺なら絶対に見限っている。


『あはは。君の気持ちは嬉しいよ』


『あ、まさかまた俺の考えていること全部伝わっていたのか!?』


『いいや、君はうまくコントロールしてるよ。だがそれぐらい分かるさ。……ボクはね、人という存在が好きなんだよ。確かに昔ボクの同族はひどい目にあった。そしてボク自身も。人間が自分たちの常識を超えた存在に畏怖することは当然知っている。けどね、ボクはそれだけじゃないことも知っているんだよ。人の魂の美しさを』


 哀愁漂う声色だった。


『人は時に自分の身を顧みない行動を取る。君のようにね。そして、心の底から願った想いが込められた魂っていうのは他に例えがない程綺麗なんだよ。ボクはそんな人間達が好きなんだ。だからボクは矢丘の魔女と呼ばれ続けながらもこの場所に留まり続けている。そこにボクを害するものがいようとも』


『害する存在……それってやっぱり』


『君の思っている通りさ。森羅の家は、少し……いや、かなりと言ってもいいか。ボク達魔女と因縁があるんだよ』


 因縁……か。森羅佐奈。矢丘神社の神主の娘。矢丘魔女研究会所属の1年生。俺が知ることはこれぐらいだった。


『その因縁ってのは俺に話せることなのか?』


『うーん……すまないが、話せることは少ないとおもうよ。一つ言っておくと隠そうと思ってる訳じゃないからね。因縁があるのは魔女そのものであってボクではないということなんだよ』


 魔女そのもの?どういうことだ。

 森羅はおそらく魔女を探している。俺の予想だが、麻衣さんの様に願いを叶えてもらう為とは別の目的で。

 陽伊奈ではなく魔女……そういうことか!!


『森羅は陽伊奈以外の魔女との因縁があったということなのか?』


『そういうことだね。ボクも聞き伝で知ったことだから森羅の家が過去にボク以外の魔女と何があったのか知らないんだよ。ただ、彼女は君に魔女の臭いがすると言ったんだよな?』


『ああ。確かにそう聞こえた。俺に対してじゃなく独り言の様だったけどな。そして、やっと見つけたとも……』


 あの夜の出来事を今思い出しても鳥肌が立ってくる。あれは長年の仇を見つけ出した時に発する感情だった。


『なるほどね。どうやら森羅の家は魔女を探る術を知っているようだね。となると出来れば彼女には君も出来るだけ近づいて欲しくはないんだけども……』


『麻衣さんに手伝うって言っちゃったからね。自動的に魔女研にも入ることになると思う』


『まぁ、既に君は捕捉されている様だし変に避けるよりも近くで向こうの行動を同時に把握しておくのも手なのかな』


 陽伊奈も俺と同じ考えか。たぶん俺が魔女研に入らないのだとしても何かと理由を付けて森羅は俺に接触してくると思う。気にしてないと気づかないあの人懐っこそうな作り笑顔で……


『だけど気を付けるんだよ?君はボクと繋がることで何が変わったか分かってるよね?』


『……意志共有と不老不死になってしまったことだろ。分かってるさ』


 今も使っているこの意志共有もとい念話は気を付けていれば便利な機能だと思う。不老不死は……本来ならば人類にとっての一つの到達点なのかもしれないが、正直自分で言ってても実感はないのだけどね。

 そりゃ子供の頃はヒーローになりたいだとか、死ぬのが怖いから不老になりたいだとか思ったさ。

 けど実際にもう老うことも死ぬことも出来ないだなんて言葉にされたところで実感できるわけがなかった。まぁ、一度死んでるんだけども。


『うん、その通りだね。人の世界で生きるには老えないっていうのは後々困ると思うけど、そこは魔女ぱわーで見た目を変える術を何時か教えるつもりだから心配しなくてもいいよ』


 魔女ぱわーて。急にファンタジー色が強くなったな……


『だけど不死だからって普通の人間が死ぬ行動だけはしないでおくれよ。死なないと言っても君にも、そしてボクにも代償が増えていくのだから』


『代償だと。どういうことだ?』


 俺が死ぬと何かが起きると言うのか?


『はっきり言うよ。君が死ねば死ぬほどボク達の魂が引き合い繋がり合っていくんだ。君は既に契約後に1回死んでいる。それは分かるね?』


『ああ。麻衣さんを助けて車に轢かれた後、陽伊奈との契約で生きたいという願いは叶ったけど、叶った瞬間に死んだんだろ』


『そうさ。そのせいでボク達の魂が繋がった。そして、その死の影響で感覚が一つ共有なんていうことになってしまったんだよ。そこでだ。その上でまた君が死ぬとボク達はどうなると思う?』


『どうなるって……魂がより繋がるんだよな。最初の死で意志が共有されるようになった……え、ということは……』


 陽伊奈と俺の感覚が一つ共有されていく?感覚ってのは、五感も当然含まれるよな。まさか……


『俺と陽伊奈の様々な感覚が共有されていくってことなのか?』


『その通りさ。次に君が死んで何が共有されるのかボクにも分からない。視覚か聴覚か、触覚か……魂が引き合うって言うのはそういうことなんだよ』


 ……マジか。

 この意志共有だけでも厄介なのに、これ以上陽伊奈と何か共有することになったら……うわ、考えるだけでもきついな……


『一つ言っておくが、ボクにもプライベートってものがあるんだからね。君の命は既に君だけのものじゃないんだよ。本当の意味でボクと君は一蓮托生になったというわけだね。あ、そういえばもう一つ言っておくことがあったんだ』


『これ以上何を言うつもりなんだよ……』


 陽伊奈と話していると驚きの連続だった。とはいえ、これ以上何を言おうというのか。


『ボク達は普通の方法じゃ死ねなくなったんだけど、もしも片方が何らかの理由で本当に死ぬことになった場合……残ったもう片方も一緒に死ぬから注意することだね』


『マジで?』


『マジもマジ。大真面さ。魂が繋がっているんだよ?片方の魂が輪廻転生に行くことになったら繋がるもう片方も連れて行かれるに決まってるじゃないか』


 あれ、ちょっと待って。陽伊奈は魂が輪廻転生に行く場合共連れになると言ったんだよな?えっと……落ち着け。輪廻転生って死後何かに生まれ変わるってことだよな?その場合俺達はどうなるんだ?


『あはは。君の考えの答えはボクも持ってないからね。さすがに死後の世界がどうなるかだなんてボクですら知ることの出来ない神の領域だよ』


『頭痛くなってきた……』


 事実ズキズキと頭痛がしてきた。


『何だか色々脱線しちゃったけど今日はこれぐらいにしようか。とにかく君は気を付けることだよ。森羅の娘と接触するのは構わないけど十分気を付けるんだね。彼女が言う魔女の臭いっていうのが何を元に感じ取ってるのか分からない以上無茶は禁物だよ』


『分かったよ。今日は色々と有難うな』


『どういたしまして。ただかなり時間が経っちゃったものだね。もう少しでのぼせるところだったよ』


『のぼせる?』


『君と話している最中というか今もだけど、お風呂に入っていたからね。さすがのボクでもこんなに長風呂は初めてだよ』


 え。陽伊奈はずっと風呂の中で俺と会話していたってことなのか?

 裸のままでずっと?…………ごくり。


『君何か良からぬこと考えていないかい?』


『ッ――!?いや、何でもない!!』


『怪しいねぇ……。気を昂らせてピンク色の脳内をボクに流さないでおくれよ?』


『しねぇよ!!じゃあ明日な!!』


『あはは。うん、また明日』


 危ねぇ……

 もう少しで気が昂ってしまうことだったよ。

 さすがに感情が昂ってるときに意志のコントロールが出来るほどまだ慣れていないからなぁ。あの陽伊奈でさえ感情が昂った時、俺に届いてきたぐらいだし本当に気を付けないと……


「あ、兄さんが目を覚ましました」


「真白……?」


「はいっ。兄さんの妹の真白ですよ?」


 陽伊奈との念話が終わったので意識を浮上させて目を開けると目の前に真白の顔があった。

 ベッドに跨がって俺を見下ろしているけど何をしているんだ?


「えっと、何をしてるの?」


「兄さんの寝顔を見てただけですよ?」


「何をしてるのかな?真白さん」


 全然気づかなかったな……。実際寝てはいなかったけど、陽伊奈と話している間ずっと見ていたんだろうか。


「兄さんとお話ししようと思って来たんですけど電気ついたままで寝てることに気付いたんです」


「それで電気を消すんじゃなく俺の寝顔を見ていたと?」


「そうですよ?」


「いや、そこは電気消そうよ!?」


「消したら兄さんの寝顔が見れないじゃないですか。変な兄さんです」


 あれ、俺何か変なこと言ったっけ?


「そういえば兄さん。スマホが鳴ってましたよ?」


「え、本当だ。えっと……あ、麻衣さんか」


 スマホを見ると麻衣さんからのLEAD通知だった。手伝うと言った手前さすがにLEADの通知が分かるように設定変更していた。


まいまい:零二君今日はありがとうね!


 律儀な人だなぁ。全然問題ないよと返信。

 すると1分もしないうちに反応が返ってきた。


まいまい:まだ起きてたんだね。全然既読にならないから見てくれてるかちょっと心配だったんだよ?


 う……悪いことしたな。ここは素直に謝っておくしかないよな。


まいまい:フフフ。お詫びに明日のお昼一緒に食べること!これは命令です!

まいまい:それと、魔女探し手伝ってくれるんだよね。さっそく明日のお昼から一緒に行動しよ?


 魔女探しを出されると断れないな。

 女子と一緒に食べるなんてちょっと恥ずかしいけどまぁ、いっか。

 問題ないよ……と。

 何か忘れてる気がするけど覚えてないってことは気にすることでもないよな。


「兄さんがLEADに夢中になってる……」


「真白?」


「もしかして女の人ですか?そうなんですね?さっき麻衣さんって言ってたし……」


「えっと、そうだけど……」


 何故か真白がガーンと言った表情で戦慄いていた。


「中学の頃は女っ気ゼロだった兄さんが……」


 悪かったな。どうせ俺はモテなかったよ。


「兄さんには真白だけがいればいいのに」


「真白?」


「兄さんのバカ……」


 そのまま頬を膨らませた真白は部屋から出て行ってしまった。

 なんで急に不機嫌になってるんだろ。よく分からん……


 麻衣さんとのLEADも終わったしまだ22時前だけどそろそろ寝ようかな。

 昨日はテスト勉強で遅くまで起きてたし、昨日今日と色々ありすぎたから眠気が結構限界だった。


 そして、その夜俺は夢を見た。

 一人の女の子の夢を――


―――…


――


 この世に降り立ってどれだけの年月を過ごしてきただろうか。覚えてる限りでも優に一世紀は超えていた。

 既にボクの両親との思い出なんて忘れ去るほどの時を過ごしてきた。

 普通の人達の間に産まれた特異的なボクはこの世に生を与えられてからすぐに自分が他の人と違う存在だと理解していた。

 だから、それは必然的な事だった。ボクの両親がボクの事を気味悪がった事も。そして……いや、これ以上は思い出したくないかな。


 何だかこうして思うとボクはずっと一人だったのかもしれないな。

 ■との生活は楽しかった。けれど、それも長く続かなかった。

 時折、美しい魂に惹かれて願いを叶えることはあるけど、当たり前のことだが誰もボクの事を覚えてはいない。

 想いを共有できる人が欲しいと思ったことはなかった。

 だけど、ボクにも知らないうちに心のどこかで願っていたのかもしれない。


 そんな時だ。

 たまたま外を歩いていたボクの耳に聞こえてきた。

 純粋な願い。生きたいと。死にたくないという混じりっ気のない想い。

 ボクはそれを見た時、感じてしまったんだ。そして同時に願ってしまった。

 魔女たるボクが助ける。代わりに孤独なボクを助けてくれないか――と。


 ――神谷零二。


 君がこんなことになってしまった原因はボクにもあるんだよ。

 魔女とは孤独でなければいけないはずなのに。

 そんなボクが禁忌とも言える自分自身の願いを叶えようとした結果がこうなってしまったんだ。

 謝って済むことではないことは分かってる。君が望むことはどんなことでもボクは手伝うつもりだ。

 だから、お願いだからボクを一人にしないで欲しい。一人はもう疲れたんだよ……


 それは一人の魔女の内なる想い。

 一人で生き続けた悲痛なる叫びだった。

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