第09話 -魔女への願い――それは-

「適当に座っててね」


「あ、お構いなく」


 ワンルームの部屋に案内され床へと座り込む。

 こんな時間に女の子の部屋にいるだなんて意識しなくても胸が昂ぶってくる。

 女子の部屋に入るだなんて初めてだよな。全体的に薄いピンク……桜色か?で統一された家具が並べられた空間で甘い匂いを感じる。

 陽伊奈の部屋の様にマンガやゲームで埋め尽くされた部屋とは全然違うなぁ。


 ん……?

 女子の部屋に入るだなんて初めて?いや、違う。昨日の陽伊奈の部屋に入ったのが俺にとっての初めてじゃないか。

 しかも同じく一人暮らしの女子の部屋……あれ。俺の初めてって陽伊奈に色々奪われている気がする。なんてことだ……


「神谷君どうしたの?なんか唸ってるけど……」


「――!?いや、なんでもないよ、あはははは……」


「???」


 お盆に飲み物を乗せてきた八舞さんが不思議そうな顔をしてた。

 さすがに陽伊奈の部屋と比べてましたなんて言えるはずがない。というか言ったら絶対に不機嫌になると思う。


「ふふっ、変なの。あ、紅茶でいいよね?無難にダージリン入れて来たけど神谷君大丈夫?」


「紅茶好きだから大丈夫だよ。有り難う」


「良かったぁ。あ、レモンかミルク入れるかな?」


「んー俺はストレートでいいかな。コーヒーとかも基本的にブラックだしね」


「わ、大人だ。ワタシ砂糖とレモンかかせないんだよね」


 カチャカチャとティースプーンで紅茶をかき混ぜていた八舞さんが照れ臭そうに笑っていた。

 大人って言うよりも甘いのが苦手なだけなんだけどね。


 静かな空間に陶器が立てる音だけが響く。

 何故か八舞さんが何も喋らない。俺も何か会話を探そうと思うんだけど、何を言えばいいのか困るな……


「神谷君って落ち着いてるね」


「え、急にどうした?」


「だって、女の子の家に急に来たって言うのに落ち着いてるんだもん。ワタシさっきからドキドキしっぱなしだよ?男の子家に呼んだのだなんて初めてだし」


「いや、そんなことないと思うぞ?俺も落ち着かない気分だし……」


「ふふっ。神谷君女の子慣れしてるよね。やっぱり彼女いたりするのかな?」


「ぶっ!?」


 いきなり何を言い出すんだ!?彼女だと。そんなの生まれてこの方いたことないってのに。


「彼女なんていないって!!年齢=彼女いない歴だよ。妹がいるから落ち着いてるように見えてるだけだって」


「ふぅん。怪しいなぁ。陽伊奈さんや佐奈ちゃんとも仲良く話してたし……」


「あれを仲良く見えるなら眼科に行った方がいいと思うよ?」


 陽伊奈と念話で会話するときは気を付けたほうがいいな。だけど、森羅とは本当に仲良いと思わるのは心外だった。あれは森羅が勝手に寄ってきているだけなんだし。


「それよりも俺を家に呼んだ理由そろそろいいかな?」


 可愛い女の子の家だ。出来れば長居したいと思うけど、だらだらしてたらまた真白が怖い事になる。

 さっきLEADで帰るのが遅くなると伝えたけど、その返答がこれだしね。


真白:早く帰ってきてくださいね。あまりに遅いと迎えに行っちゃいますから


 昨日あれから俺のスマホに変なアプリが入っていないか確認したけど見つからなかった。たぶん、真白のスマホに何か入れて俺の現在位置が分かるようにしているんだろうな。……普通の兄妹がやることじゃないよな。

 八舞さんの家は普通に電波が来てるし、真白にも今俺が何処にいるのかばれていると思う。出来るだけ早く帰らないと……


「あ、ごめんね。それとあと一つ。本題に入る前に言いたいことがあるの」


「ん?どしたの」


 小さな丸テーブルに紅茶を置いた八舞さんが真っ直ぐに俺を見てくる。

 なんだか告白シーンみたいに思える。落ち着いてきた気持ちが心臓と一緒にまた昂ぶりだしてきた。改まって何なんだろうか。


「神谷君」


「は、はい」


「助けてくれて有難うございました」


「は、はい……。って、え?助けてって、もしかしてあの事故の?」


「うん、その事故だよ」


「でも、それはもうお礼は会った初日にもらったと思うけど」


 何だってまた改まって言うんだろう。


「それはそれだよ。あの時神谷君が助けてくれなかったらワタシはこうして神谷君と紅茶を飲むことも出来なかったと思うんだ。それにワタシの目的も果たせないままだった」


「目的?」


「うん。だから神谷君には本当に感謝しているんだよ?だから本当に有難う。ワタシを助けてくれて嬉しかったです」


「どういたしまして……」


 このこそばゆい空気やめて!?人から礼を言われることなんてあまりないのに女子からこんなに真摯にお礼を言われると俺まで顔が赤くなってしまう。


「ふふ。神谷君顔赤いよ?」


「八舞さんも真っ赤になってるじゃん」


「あぅ、あまり見ないでよ~」


『あー……リア充爆発しろってボクは言えばいいのかな?』


「ッ――!?」


「え、急にびっくりしてどうしたの!?」


「いや、ごめん何でもないよ!?」


 何だ何だ!?急に陽伊奈の声が聞こえてきた。あれ、もしかして俺の考えていることまた陽伊奈に伝わってたのか!?


『もしかしなくてもその通りだよ。また気持ちが昂っただろ君。さっきから砂糖を吐きたくなる様な感情がこっちに流れ込んできてるよ?』


『ぁぁぁぁぁああああ……頼む聞かなかったことにしてくれ……』


『それは条件次第かなぁ。こんな時間に女の子の部屋にいるだなんて君もやるものだね。明日のお昼が楽しみだよ』


『陽伊奈てめぇ……はぁ、まぁいいや。たぶんこれからのことは陽伊奈にも関係しそうだからこのまま繋げておくことにするよ』


『ボクにかい?』


 これは予想じゃなく確信だと思う。八舞さんは今から魔女に関わる事を話すつもりだ。彼女は魔女を探している。俺が陽伊奈と――魔女と通じていることを八舞さんは知らないけど、きっと陽伊奈にも知っておいてもらったほうがいいと思うんだ。


『ふむ。そういうことならボクは構わないけど』


「えっと……神谷君?」


「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


「大丈夫?お話また別の日にしよっか?」


「ごめん、もう大丈夫だから。八舞さんは話したいことがあるんでしょ。俺に話すことで、俺にも何かできることがあるかもしれないし八舞さんの気持ちをぶつけるといいよ」


「有難う……。やっぱり神谷君は優しいね」


 八舞さんは何か一人で抱えている。他県に住んでいたのに矢丘の魔女の事を知っていたんだ。たった一人で見知らぬ土地に引っ越してくるなんて並大抵のことじゃないと思う。


「ワタシね、矢丘の魔女に会わなきゃいけないんだ。その為に一人無理して引っ越してきたの」


 八舞さんの視線が家具の上に飾られていた一つの写真に移る。

 そこには仲が良さそうな姉妹が写っていた。一人は少し幼いけど目の前にいる八舞さん。もう一人は八舞さんによく似てるけど小学生?のような女の子だった。妹なんだろうか。


「妹がいるの。名前は杏璃。ワタシの可愛い妹」


「杏璃ちゃんか。八舞さんに似て確かに可愛いね」


「えへへ、有り難うね。だけどね、杏璃は一度も学校に行ったことがないんだ。本当なら今年で小学4年生になるはずなのに」


「…………」


 八舞さんは語り出す。妹の杏璃ちゃんは生まれつき病弱だった。

 病院に入院して退院しての繰り返しの日々。それも成長するにつれてより悪化していき、病院にいる時間が長くなっていた。


「先天性心疾患なんだって。単なる手術じゃどうしようもないほどの重い病気を患ってるの」


 医者から言われたこと。それは杏璃は大人になるまで生きることは出来ない。唯一助かる方法は心臓移植することだけ。


「だけど、そう簡単にドナーが見つかる訳がないよね。海外に渡航すればもっと早く提供者も見つかるって言われている。けど、海外での手術ってとんでもないお金がかかるでしょ。募金で集めるっていう手もあるけどワタシ達はしなかった。それは諦めたからじゃない。杏璃がそれを拒んだの」


 他の人の迷惑になってまで生きたくない。


「何で杏璃がこんな目に合うんだろう。妹が何をしたって言うんだろうね」


「八舞さん……」


「杏璃はワタシが読む童話がとても好きだったの。その中で一番好きだったのがシンデレラ。不遇だった女の子が魔女に助けられて王子様と出会うお話。ワタシもこのお話が好きなんだ。シンデレラは魔女のおかげで幸せを手に入れた。魔女って悪い風に書かれていることが多いけど、ワタシは良い魔女のお話が好きなんだ」


 そこが魔女という存在に惹かれ始めた八舞さんの原点だった。


「ワタシは思った。杏璃のことも助けてくれないのかなと。魔女だったらワタシの願いを叶えてくれるんじゃないのかな……と」


 そこから八舞さんは時間がある時に世界各地の魔女の伝承を調べるようになったという。

 そして辿り着いた。矢丘に住む魔女の噂に。


「お父さんからも、そしてお母さんからも当然の様に猛烈に反対されちゃった。ただでさえ家計が苦しい状況なのに一人遠い場所の高校に行くなんて何事か!って。それに杏璃にもたくさん泣かれちゃったなぁ」


 杏璃ちゃんの為に家族一貫となって頑張ってきたのだろう。


「けど、ワタシは両親を説き伏せた。杏璃とも暫く会えなくなるけど精一杯我慢することにしたの。それがワタシの掴んだ唯一の希望だったんだから。ワタシは魔女を絶対に見つけるの。そして、杏璃を助けてもらう。ワタシが出せるものは何でも出す。それが命でも記憶でも。ワタシの全て失うことになっても見つけないといけないの」


 もしも八舞さんの妹のように俺の妹――真白が同じ境遇だったらどうしていただろう。

 俺も同じ道を辿っていたかもしれない。真白が助かるならきっと何だってする。いや絶対にだ。

 だからこそ八舞さんの言葉には譲ることのできない絶対な意志を感じる。


「それが八舞さんが魔女のことを調べている理由なんだね」


「うん、その通りだよ。きっと今も杏璃は苦しんでる。ワタシは一刻も早く魔女を見つけないといけないの。だからね……。神谷君。ううん……零二君。貴方も魔女が気になっているならお願い。一緒に手伝ってほしいの」


「八舞さん、君は……」


「麻衣でいいよ。ワタシも零二君って言うことにする。けど、もしも嫌だったら……ワタシと一緒に探すのが出来なかったらこれからも八舞って呼んでくれて構わない。そんなことになっても零二君を嫌いになったりしないよ?だってこれはワタシが頑張らなきゃいけないこと。他の人に無理強いなんて出来ない。だけど……ワタシは零二君に手伝ってもらえたら嬉しいです……」


「…………」


 八舞さんは話している間ずっと俺の眼を見続けていた。それは話し終わった今もずっと……

 彼女はずっと頑張っているんだ。それはきっと俺の行動には左右されない程の……けれど、八舞さんは俺に話してくれた。手伝ってくれると嬉しいと言ってくれたんだ。


 ……聞こえているんだろう――


『ああ、もちろん聞こえているよ』


『陽伊奈は願いを叶える魔女なんだよな。八舞さんの……麻衣さんの願いを叶えてあげないのか?』


『……今はまだ無理だね』


『ッ――何でだよ!?彼女は妹の為に頑張ってるんだぞ!?』


『少し落ち着き給えよ。何も叶えないなんて言ってるんじゃない。今はまだ無理だと言ってるんだよ』


『どういうことなんだよ。願いを叶えるのに時間がかかるって言いたいのか?』


『いや、そういうことじゃないよ。ただボクは見極めているのさ。願いを叶えるに値する人間かということに』


『それって……』


 俺は先程読んだ文献を思い出す。魔女は人々を導く存在であること。悪意ある者の願いは決して叶えたりしないことを。


『麻衣さんの――妹を助けたいって気持ちは邪なものなんかじゃない!!それを陽伊奈には分からないのか!?』


『そんなことボクにも分かってるさ。けどね、ボクには彼女が未だ心の底から願っていないことも分かっている。ボクはね、君を助けた時と同じで純粋に願った想いしか叶えないと決めてるんだよ』


『心の底から願っていない?それってどういうことだよ!?』


『それは君自身が彼女に聞くことだね。君はもう決めたんだろう?ボクはそのことを邪魔したりしない。だけど……そうだね。君がボクの正体をばらしたりしたら、その時は未来永劫彼女の願いは叶わないと思ったほうがいいよ』


 ゾクッ――


 この時初めて陽伊奈が怖いと思った。

 魔女は善意で人を助けてくれる者だと思っていた。けど、そんなことは俺の勘違いだった。彼女は利己的で何よりも人間という存在を誰よりも知っていたのだ。


「やっぱり駄目なのかな……」


 俺が少し黙っていたからだろう。麻衣さんが不安そうな表情で見つめてくる。

 陽伊奈は願いを叶えないと言ったんじゃない。麻衣さんに何かが足りないなら俺が手伝ってそこを見極めてやる。俺は決めたんだ。だから――


「不安にさせてごめん。俺は決めたよ麻衣さん」


「ぁ……零二君――!!」


「俺にも妹がいるからね。麻衣さんの気持ちはとても理解できる。だからこそ俺は君を手伝うよ。一緒に魔女を見つけよう!!」


「零二君……有り難う。本当に有難う!!」


「わっ!!ちょっ――麻衣さん!?」


 飛び込んできた麻衣さんを倒れ込まないように受け止める。

 もしかしなくても今俺達抱き合う形になってるのか!?

 胸の柔らかい感触が――!!


『青春してるねぇ。やっぱり言わせてもらうよ。リア充爆発したまえ』


「ッ――!!麻衣さんこれ以上はいけないって!!離れて離れて!?」


「ぁ……ごめんなさいっ!!嬉しくてつい……」


 柔らかかったなぁ。って、落ち着け。その前に陽伊奈にこれ以上聞こえないようにしないと!!


『もう色々と遅いと思うけどね。まぁ、いいさ。とにかく頑張ることだね。応援はしてるよ』


『あ、陽伊奈。夜にまた話したいことがあるから少し時間をくれないか』


『うん?それは構わないけど君が改まってそんなこと言うなんて気になるね。それじゃ夜はきちんと時間空けておくことにするよ』


『ああ、宜しく頼む』


 さてと……これ以上麻衣さんの家にいると俺の身が持たないしそろそろ退散しないと。


「今日は話してくれて有難う。明日から一緒に頑張ろうな」


「こちらこそ聞いてくれてありがとうね。明日から一緒に魔女研頑張ろうね!!」


 あれ?もしかして麻衣さんの中じゃ手伝う=俺も矢丘魔女研究会に入ること確定になっているのか?

 森羅がいるからそれはまだ控えたいところだったけど、部活には入らないとは言えない雰囲気だしなぁ……仕方ない。


「こちらこそ宜しく。じゃ、また明日な」


「うん、気を付けて帰ってね零二君!」


 心の底からの願いじゃない……か――麻衣さんの想いは聞く限り彼女の本音だった。何が足りないんだろうか。

 きっとそこを見つけないと陽伊奈は絶対に動かないんだろう。俺が何を言っても陽伊奈は譲ったりしない。だから陽伊奈自身が叶えたいと思う為にも麻衣さんの想いに何が足りていないかを見付けないとな!!

 考えることはいっぱいある。そして、今日はまだやることがあるんだ。

 家に帰ったら陽伊奈に森羅のことを話さないといけない。それと今日も結局遅くなっちゃったしまた真白のご機嫌取りをしないといけないし……

 あぁ……明日の陽伊奈への昼食奢りもあるし小遣いがどんどん減っていく……金運増やしてくれないかなぁ。矢丘の魔女様――

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