第07話 -矢丘魔女研究会-

「そこまで!後ろから答案用紙を集めてくるように」


「終わったー……」


 椅子を引いて立ち上がると同じ列の答案用紙を順に受け取っていく。既にこの行動は4度目だった。

 今の小テストで4限目の数学が終了。午前の小テストは全て終わったわけになるがまだ午後が残っている。

 これ小テストって言うより中学の時の中間や期末テストより厳しい気がするぞ。

 テストの難しさというよりも疲労感的に。一科目普通のテストと同じ60分フルに使うとかどこが小テストなんだろう。

 しかも国語は現代文と古典に分かれているため一日で六科目全て消化する組み方には悪意しか感じられないよ。

 普通の中間や期末テストだって数日に分けて試験をやるものなんじゃないのか?


「零二~、飯に行こうぜ。頭使いすぎて腹減ったよ」


「あーすまん、今日はさっさと食べたら図書室に行きたいからパスな」


「真面目だねぇ。昼もテスト勉強するってのか?」


「まぁな……」


「俺は昼はゆっくりしとくわ。んじゃな」


 学食に向かう相羽達の後ろ姿を見送る。

 まぁ、テスト勉強するために図書室に行くわけではないんだけどな。


『君、勉強は出来るんだよな?図書室に行ってまで勉強する必要はあるのかい?』


『ん~まぁ、ちょっとな』


『ふ~ん。ほどほどにすることだね』


 隣で意味深気な表情を浮かべている陽伊奈を適当にごまかす。何となく感づかれていそうな気がするけど気にしない。

 確かに陽伊奈の言う通り午前中の小テストは自分的に満足のいく結果だと思う。元々数か月前まで受験勉強の為に学んでいたことだ。昨日あまり復習することは出来なかったとはいえ直前に詰め込む必要はなかった。

 だから俺の目的は勉強ではなく図書室そのものにあったのだ。


―――…


――


「んー……やっぱ早々見つかるものではないのかな……」


 真白お手製の弁当を早々に食べ終わった俺はカビの臭いがする本棚の前で立ち尽くしていた。

 当番の図書委員に矢丘に関する文献書の場所を聞いた俺は該当する箇所の本棚を片っ端からタイトルを眺めていた訳なんだが……目的の本は一向に見つからなかった。

 そう。俺が図書館に来た目的。それは……


 昨日家に帰ってからは真白のご機嫌取りと小テスト対策の為の復習に追われ陽伊奈と脳内会話をすることはなかった。

 陽伊奈自身も気をつかったのか帰り道に話して以降、向こうから話しかけてくることがなかったというのもあるのだけれど。

 というか脳内会話って言うのも長いし、そうだな……マンガやゲームに倣って念話って言うことにするかな。

 そういうこともあって昨日は神社前で起きた出来事を陽伊奈に言わず仕舞いでいたのだ。


 魔女当人である陽伊奈に直接聞けば色々分かるのかもしれない。

 だけど森羅から聞こえたあの最後の言葉含めて陽伊奈は今の俺にはまだ詳しい事を話してくれる気がしなかった。

 仕方なしに小テストに向けて軽く復習していたのだけど、そこで思ったんだ。

 そもそも魔女ってなんなんだ――と。俺が知ることは、陽伊奈の存在を抜きにしたら上宮から聞いた噂ぐらいだった。矢丘に棲まう願いを叶える魔女……それぐらいしか知らなかったんだ。

 だから俺はまず自分の目で矢丘に伝わる魔女の話を知る為にも文献があるであろう図書室に赴いていたのだった。


 そこまで多くない矢丘に関する本棚には矢丘の土地の歴史や特産が書かれているであろうタイトルばかりが目に入ってくる。

 そこまで多くはないにせよ昼休みの間で片っ端から中を読む時間はなかった。

 だからこそ魔女に関係しそうなタイトルがないか羅列する本の背に書かれている文字を人差し指でなぞっていたのだけど、そこへ背後から聞き慣れた声が聞こえてきたのだった。


「あれ?神谷君だ」


「八舞さん?」


「そうだよ~。神谷君もテスト勉強しに来たの?何か探しているみたいだけど……」


 そこには胸元にノートと筆記用具を抱えた八舞さんが立っていた。

 そういえばここ図書室の入り口の近くだったんだ。


「えっと……ちょっと気分転換にね。矢丘の魔女のことを調べに来たんだ」


「え、魔女の?あっ……」


 俺の言うことが予想外だったのか八舞さんが驚いた拍子に持っていたノート類を床に落としてしまっていた。


「っと、大丈夫か?」


「あ、ごめんね。有り難う」


「これぐらい大丈夫。それよりも何か驚いてたけどどうしたの?」


 俺何かしたっけ。それともテスト勉強もしない俺を見て呆れているんだろうか。


「あ、うん。神谷君の口から魔女って言葉が出たことに驚いちゃって。もしかして神谷君も矢丘の魔女の事気になってるの?」


「俺も?ってことは八舞さんもなの?」


「あれ、ワタシ自己紹介の時言ったと思うんだけど。ほら、部活は矢丘魔女研究会に入る~って言わなかった?」


「そういえば聞いたことのない部活名だなと思った気が……」


「ふふっ。確かに他の学校には魔女研なんて部活早々ないよね。でも歴とした部活なんだよ?」


 言われるまですっかり忘れてた。確かに八舞さんが自己紹介の時に矢丘魔女研究会に入ろうと思っていると言っていたんだった。


「それで神谷君も魔女のことが気になってたりするのかな?だったら放課後見に来ない?神谷君なら歓迎だよ?」


「部活か……うーん、見学出来るのなら見に行くのも有りなのかな」


「大丈夫だと思うよ!ワタシも昨日入部したばっかりなんだけど部長さんいい人だったし!」


「そっか。ならお願いしようかな」


「うん!それじゃあ、放課後一緒に行こうね!」


 俺が行くと言ったのがそんなに嬉しかったのか八舞さんはとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 矢丘魔女研究会という正式な部活があるんだ。俺が知りたい内容も纏められているかもしれないし八舞さんからの誘いは丁度良かったかもしれない。

 そうなるとこれ以上あるかも分からない魔女の本を探すよりも俺も午後の小テストに向けて少しは勉強した方がいいかな。

 それにしても昨日の途中から不機嫌そうに見えたけど今の様子を見る限り杞憂だったのかな。よっし、俺も頑張ろうかな!!


『何が杞憂で何を頑張るんだい?』


『ッ――!?聞こえてたのかよ!?』


『聞こえてたも何も急に君の声が聞こえてきたんだけどね。昨日も言ったと思うけど気持ちが昂ると自分の意志とは関係なしに相手に伝わることがあるから注意するんだよ?』


『あ、あぁ。そうだな……』


 びっくりしたー……

 そっか、八舞さんからの誘いに浮かれてしまって無意識に昂っていたのか。気を付けないと……

 さて、俺も勉強しないと、って。勉強道具何も持ってきていないんだった……


  ◆◆◆◆


「皆お疲れ様。今日一日疲れたと思うけど明日は君達新1年生の新入生歓迎会だから上級生達としっかり交流してきなさいね」


 丸一日をテスト地獄で疲れ切った俺達を前に七条先生が話していた。

 そうか、明日は歓迎会なのか。周りの皆が騒いでいる理由判明。


「た・だ・し!このテストで一つでも赤点を取った人は明後日から本格的に始まる授業の後に補習があるから覚悟しておくように!」


『えー!!』『横暴だ!!』


 赤点って確か30点以下だったはず。受けた感触から全科目大丈夫だと思うけど、赤点になりそうな人いるのかな……って、


「嘘だぁ……」


 いた。

 それも隣に。

 八舞さんが顔を青くして震えていた。まさか赤点とっちゃった系なんだろうか。


「えっと、八舞さんもしかして?」


「ぁぁぁ……。実は英語が大の苦手なんだよぉ……」


「あらら。ご愁傷様と言うべきなのか。ほら、まだ結果は出てないわけだし」


「ふふ……。全体の1割しか分からなかったワタシが赤点回避できたら奇跡だよ」


 それはひどい。中学の英語って基礎ばっかりだから単語を暗記してれば何とかなると思うんだけどなぁ。

 ここ進学校のはずだけど英語がそんな調子で大丈夫なのかな……他の科目で挽回してるのかね。


「日本人は日本語だけ覚えてればいいんだよ……英語なんて邪道だよ」


「あ、あはははははは……」


 もはや何を言っても無駄な気がする。そういえば陽伊奈はどうなんだろう。知識量は豊富と言っていたけど、そういえば陽伊奈って何で急に高校に通い出したんだろう?

 年齢不詳の魔女。昔は知らないが中学校に行ったことがないと言っていたから結構気になる。


「うん?神谷君どうしたんだい?」


 やっぱ陽伊奈から神谷君呼ばわりするとゾワッと来るな。


「いや、陽伊奈は小テストどうだったんだろうなって思ってさ」


「ボクかい?どの教科も無難と言ったところかな。可もなく不可もなく。たぶん赤点はないと思うよ」


「へぇ……」


 てっきり満点を取って自慢してくるかと思ったのだがそうではないらしい。


『君、そのへぇって何だい?』


『って急に念話で話しかけてくるなよ』


『念話?ああ、この会話のことかい?魂同士が繋がってるからこそ出来る会話なわけだから念を飛ばすって言い方は間違っている気もするけど、まぁいいんじゃないかい?で、だ。せっかく君の疑問に対して答えたって言うのに不満そうな顔にちょっとイラッと来てね。何かいボクが満点を取るような人間に見えたのかい?』


『あーえーっと……』


『その言い淀みで君の脳内を覗かなくても分かるね。はぁ……、いいかい?ボクは魔女だよ?高得点を取って変に目立つのは避けるべきだと君の頭でも分かると思うんだけどね』


『ぐっ……そこまで気付かなかったんだよ』


『そんなことだろうと思ったよ。君も気を付けるんだよ?君は既に人の道から外れちゃってるんだからね。ボク達の事を訝しむ人だっているんだから』


『分かってるさ……』


 まさに昨夜思い知ったところだ。


やっぱり……魔女の臭いがする……あはぁ。やぁぁっと見つけた――


 笑顔で隠してはいたが最後に聞こえた言葉。あれは伝承に聞く願いを叶えてくれる魔女に会いたいという気持ちじゃなかった。復讐と憎しみが混じったもっとドロドロとした感情を巫女服を来た少女――森羅から感じたのだ。


『やけに素直だね?何か思うところがあるのかな?』


 陽伊奈が眉間に皺を寄せて睨んでいた。やっぱり森羅の事は言っていた方がいいよな……


『いや、実は――』


「じー………」


「ッ――!?」


 背後から猛烈な視線。咄嗟に振り替えると八舞さんがジトッとした目でこちらを見ていた。


「また陽伊奈さんと眼と眼で会話してる……」


「八舞さんの気のせいだって!?」


「怪しいなぁ……まぁ、いいや。それじゃ、いこっか?」


「え、行くって……あれ、HR終わってる!?」


 周囲を見回すといつの間にか七条先生の姿はなく、皆帰り支度をしたり雑談したりと思い思いの行動をとっている所だった。


「HRが終わることも気づかない程、陽伊奈さんと通じ合ってたんだ?」


「だからそれはもういいって……それより行くのなら早く行こうよ」


「神谷君ってごまかすの下手だよねぇ。それじゃ、陽伊奈さん。神谷君借りていくね?」


「あはは。ボクの事なんて気にしなくていいさ。馬車馬のように働かせるといいよ」


「ふふっ。お言葉に甘えてそうしちゃおっかな。ね、神谷君」


「いやいやいや……」


 何意気投合したみたいに笑い合ってるのさ。

 居心地の悪さを感じたため、早々にその場から逃げ出す。


「あ、神谷君待って待って!!」


 女子って言うのはイジる標的を見つけたら何でこうも一瞬で意気投合できるんだろうな。怖い怖い……


  ◆◆◆◆


「ごめんね?陽伊奈さんと仲良くしてるの見たら意地悪したくなっちゃった」


「本当に陽伊奈とは何ともないからな?何ていうか会った瞬間から陽伊奈には遠慮なく話すことが出来るから八舞さんから見ると仲良くしてるように見えるんじゃないかな」


 これは本当の事だ。脳内に響く念話が陽伊奈だと分かったときから俺の中には遠慮というものが無くなっていた。魂が既に繋がっていたからなのかは分からないけど、陽伊奈とは遜ったり奢ったりする気持ちは微塵もなかったのだ。


「いいなぁ……」


「ん?八舞さん何か言った?」


「あ、ううん!?何でもない!っと、それよりもこの奥が魔女研の部室だよ!!」


 何やら慌ててる八舞さんだったけど、どうやらもうすぐ目的の場所に着くようだった。

 校舎から出て中庭を通った場所にある4階建ての部室棟の3階一番奥。そこが矢丘魔女研究会とのことだった。

 一番片隅にあることもあって周囲に人気がなく、どことなく怪しげな雰囲気が漂っていた。


「とうちゃ~く!あ、一つ勘違いしないでね。魔女研はその名の通り矢丘に住む魔女の事を調べている部活だから、俗にいうオカルト研みたいな怪しいところじゃないんだからね?」


「お、おう……分かってる分かってる」


「ならよろしい!じゃ、入るね。こんにちわ~」


 矢丘魔女研究会と書かれたプレートが目に入る。

 部室の扉を八舞さんが明けると中から湿った風が吹き抜けてきた。

 中はどこにでもありそうな準備室のような部屋だった。壁際に乱雑に纏められた本の束。そして中央に並べられた長机。そこに一人の女生徒が突っ伏している状況だった。


「あ~まいまいですかぁ?部長なら今日いませんよ~?」


「あれ、そうなんだ」


 何かどこかで聞いた声だな……

 八舞さんの声に気付いた女生徒が顔を上げてこちらを見てきた。髪をサイドテールにしてだらけた顔をしているけど間違いない……

 昨夜神社の前で俺を呼び止めた人物。


「森羅……」


「あはぁ。零二君じゃないですか。こんなところで奇遇ですねぇ」


「あれ?お二人は知り合いだったんですか?」


「……ッ」


 そりゃ同じ学校に通っているんだ。どこかでばったり会う可能性を考えておくんだった。

 しかし、森羅とここで遭遇するなんて思いもしなかった。

 だるそうに足をぷらぷらさせていた森羅は俺の姿を捕捉した瞬間、一転変わって笑顔になる。ニコニコと人懐っこい笑顔で俺を見ていた。

 俺は彼女の笑顔が怖かった。何か得体の知れない不気味さを漂わせている気がしたからだった。

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