第05話 -魔女が棲まう森-

「こっち、なのか?」


『今何が見えるかい?』


 えーっと……あ、右側前方に床屋があるな。


『なら、そのまま真っ直ぐ進むといいよ。もうすぐ着くはずだから』


 脳内に響く案内に従って俺は歩いていた。

 時は既に放課後。午後の授業も何れの例外なく教師からの授業の進め方と次回は小テストということは変わらなかった。

 はぁ、出来ることならテスト勉強をしたいことだけれども……


『帰りたかったら帰ってもいいんだよ?』


 帰れるわけがないだろうが。

 一刻も早くこの脳内に響く陽伊奈の声をどうにかしたかった。何故俺の脳内に響いてくるか、俺の考えていることが伝わっているのか分からない状況だけれど、正直に言って1秒でも早くこの状況を脱したかったのだ。

 だからこそ俺は放課後になった瞬間に陽伊奈へと詰め寄った。周りの目も憚らずにだ。

 だが、陽伊奈は俺を見ると柔らかな口調で、


「せっかくのお誘いだけど遠慮するよ」


 だぞ?

 自分から放課後にと言った癖にだ。そして、同時に周りから聞こえるヒソヒソ話。きっと初日から転校生に声かけて振られた残念男と言われてることだろう。俺なんか悪い事したかな……

 あの時のゴミを見るような目をした八舞さんは怖かった……


『だからごめんって謝っただろ。君と噂されるのもボクとしては構わないんだけど、あの場で言うにはいかなかったんだよ』


 ぐぅ……

 あの後恥をかいた俺の頭の中に陽伊奈がとある場所へと行くように指示してきたのだ。

 そんなこんなで俺は一人道を歩いていた。


 それにしても……と、俺は周囲を見回す。

 同じ矢丘の街とはいえ、普段来ることのない場所だった。年に数度来るか程度の場所を歩き続ける。

 大体この辺りには何もない。あるとしたら、近くに神社があることぐらいだろうか。

 思ってる傍から目の前に神社へと続く石段と大きな鳥居が見えてきた。

 少しあそこで休憩していこうかな……そう思った時、


『駄目だ』


 陽伊奈のはっきりとした拒否する言葉が響いてきた。

 何でだ?ただ、神社で休むだけなんだけども……

 ほぼ毎年初詣に赴く神社だからこの石段の上にも行ったことがある。


『何度も言うけど絶対に駄目だ。いいから早くこっちに来るんだ』


 むぅ。陽伊奈が何でここまで拒否するのか不明だけど、もうすぐ着くと言っているし我慢するか。着いたら茶でも飲ませろよ?


『あぁ、分かったよ。お茶ととっておきのお茶菓子も用意する。だからもう少しだけ頑張るんだよ』


 よっし、なら頑張りますかね。

 そして歩き続けた数分後、唐突に世界が変わった。


「は――?」


 一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 俺はたった今まで変哲のない住宅路を歩いていたはずだ。

 なのに、今立ち止まっているこの右足を踏み出した瞬間、世界が一瞬で塗り替わった感覚を感じ――周囲の風景が一変したのだ。


 そこは一言で言うと満開の桜が咲き乱れた森。まだ夕方だったはずが空には満天の星空と煌びやかに光り続ける大きな満月が映っていた。

 咄嗟に後ろを振り返るも何時の間にか背後の風景もどこまでも続くであろう桜並木へと変貌していた。


「ここは……」


「ここは魔女の棲まう森。ボク――陽伊奈茉子が棲んでいる場所さ」


 今度こそ脳内ではなく、耳から聞こえてきた。

 そして、目の前に陽伊奈が佇んでいたことに気付く。その姿は長い銀髪を桜の花びらと共に風になびかせる光景は一種の絵画のように思えた。


「あはは。お世辞じゃなくそう思ってもらえると嬉しいものだね」


「ぐっ……マジで人の脳内覗くんじゃねぇよ……」


「まぁまぁ。本当に嬉しかったから不貞腐れないでおくれよ。ほらこっちさ」


 くすくす笑いながら踵を返して歩き出す陽伊奈の後を付いていく。

 散った桜の花に覆われた地面と永遠と続きそうな桜並木。まさに現実味のない幻想的な場所だった。

 魔女の棲まう森か……言われて納得だ。ここは人間が住んでいい場所じゃない。


「あまり考え事に集中しすぎないことだよ。この中で迷うと出ることが出来なくなってしまうのだからね」


「……おう」


 小走りで陽伊奈の隣へと並ぶ。実際この場所を一人で歩く自信はなかった。右を向いても左を向いても桜しかない場所。他に目印のない場所だ。こんな場所ではぐれてしまうと一瞬で方向感覚がなくなってしまうことだろう。


「陽伊奈はやっぱり魔女なんだな」


「んー……うん、そうだね。ボクは魔女だ。君が思うところの、そしてこの矢丘で噂されている魔女その人さ」


「………」


 陽伊奈が魔女であることはもう既にほぼ分かっていたことだから驚くほどでもなかった。

 だが、それでも陽伊奈が魔女であることよりも、魔女という存在がいたことに驚きを隠せないのもまた事実だった。


「まぁ、魔女っていうのはとても稀有な存在だし、君がそう思うのも仕方がないのかもしれないね。っと、ほらあそこがボクの家だよ」


「へぇ、あそこが……なんか周りの風景と一致していないというか……」


「魔女の家っぽくないって言いたいのかい?」


 そこに見えてきたのは白一色の今風の家屋だった。なんていうか、レンガで作られたそれこそ魔女が住んでいる様な家を想像していたのだけれども……


「それは残念だったね。魔女だって時代に適合する為に何だって揃えたりするものだよ。それこそうちの電化製品は何でも最新式さ。ネットにだって繋がっているわけだしね」


 どこの普通の家だよ。

 そういえば……と、ズボンのポケットからスマホを取り出す。しかし、そこには圏外の表示が。


「ああ、さすがに無線電波はここには届いてこないかな。ネット回線に繋ぎたかったらボクの家の中でwi-fiに繋ぎかえる必要があるね」


 なんていうか色々とでたらめだなぁ。きっとここは世界から隔離されたような場所なのだと思う。

 マンガで見た異次元にある場所みたいな。

 なのに、ネット回線やきっと電気も通っているとか、不思議パワー全開だな。


「それだけじゃなくて水やガスも普通に使えるんだけどね」


 訂正。きっとこの魔女は俗世に溺れた人物だ。うん、間違いない。


「ほらほら、ボクの文句ばっかり言わないで中に入っておくれよ」


「あ、悪い」


 陽伊奈の手引きで家の中へと案内される。

 家だけ見るとやっぱりどこにでもありそうな変哲のない自宅だなぁ。


  ◆◆◆◆


「緑茶だけど、我慢しておくれよ」


 陽伊奈の部屋らしき場所に案内された俺の元に陽伊奈が戻ってくる。


「ん?どうしたんだい?」


「いや……なんていうか少女マンガとゲームが多い部屋だなぁ、と」


「あぁ、君色々とボクの部屋を物色していたね。あまり乙女の秘密を覗くものではないと思うけどねぇ」


 誰が乙女だ。見た目はそれこそ少女としか言えないけど、実年齢は幾つなんだか……


「君ねぇ……絶対に今思ったことを口にするんじゃないよ。女性に年齢を聞くなんて刺されたって文句言えない処遇だよ?」


 それぐらい理解してるさ。他の人なんか言うわけがないっての。

 喉が渇いていた俺は陽伊奈から直接湯呑を受け取るとそのまま口元に持っていく。

 渋い苦みが渇いた喉を潤していく。何の茶葉か知らないけど旨いなぁ。

 あとこれは……和菓子か?


「そうだよ。帰りがけに寄って買ってきたのさ。君の為にも選んだのだから味わって食べておくれよ」


「あ、あぁ。んじゃ、頂くな」


 和菓子なんて正直祖母ちゃんの実家に行ったときぐらいにしか食べない代物だったけど、陽伊奈は好きなのかねぇ?あ、でもこれも旨いな。


「ん?和菓子よりケーキとかの方が良かったかい?それなら次は君の好みを用意しようと思うが」


 次……ね。また来る予定なんてあるのかね……


「それで、君は飲んで食べてばっかりだけど、ここに何しに来たのかな?」


「ぐっ……」


 あぶねぇ喉に詰まるところだった。


「あぁ、ほらお茶のお代わりだよ」


「んぐっ、んぐっ……ぷはっ」


「あはは。ごめんごめん」


「笑い事じゃないっての。ふぅ……あー……」


 さて、実際に昨日から起きている様々な出来事を教えてくれる機会になった訳だけども、何から聞くべきか……

 やっぱりあの事からしかないかな。


「隠し事はしないさ。何でも聞くといいよ」


「なら、率直に言う。俺は……死んだのか?」


 昨日八舞さんを救った後俺は車に轢かれた。その後の光景を正直思い出したくもないが、思い出さないことには始まらなかった。

 世界が赤く染まる現実。身体から力が抜けていく感覚。そして、横たわった自分に気付き、もうすぐ死ぬのだと言う事実……

 俺はあの時願ったのだ。生きたいと――誰でもいいから……それこそ魔女でもいいから俺を助けてくれと。


「………君の考えは少し違う」


 だが、陽伊奈から返ってきた言葉は思った内容とは少し違っていた。


「違うとはどういうことなんだ?」


「君はこう思ってるんじゃないのかい?君は一度死んだあとにボクと契約を行い、生き返ったのだと」


「……ああ、そうだ」


 違うのか?いや、でも……俺はあの時死ぬ寸前だった。その後の記憶がないから死んだと思っていたのだけども……


「君も理解しているじゃないか。死ぬ寸前だったと。そうさ、君は死ななかった。死ぬ直前にボクに――魔女に願った想いだからこそボクは聞き届けた。君の混じりっ気のない願いをね。死んだ人間を生き返らせるなんてそれこそ神にすら出来ない奇跡だよ」


 死に体の人間を怪我の跡すらない状態に復活させることも人の身からしたら奇跡そのものとしか見えない出来事だけどな。


「まぁ、話が反れるのは面倒だからこのままいくよ。この街にボクが棲んでいたこと。そして君が最後に魔女に願った事。この二つが一致したからこそ、ボクは君の願いを聞き入れたのさ。君はお昼に上宮君だっけ、その子から魔女の話を少し聞いたよな?」


 今日の昼……確かに上宮は言っていた。

 この街に魔女が棲んでいると。そして、魔女は記憶を引き換えに人の願いを叶えると。

 確かに俺は事故の後から今朝起きるまでの記憶がなかった。約1日の記憶。

 瀕死の人間を生き返らせるのにたった1日の記憶で済むことなのだろうか?

 それに俺は昨日の記憶は全て思い出したつもりだ。記憶と引き換えにと言うのであればその人から記憶が永久的に失われると言うことじゃないのか?

 だというのに俺は忘れてたと言え、失われてはいない状態だった。


「うん、確かにそうだね。それが今回の誤算の一つでもあるんだよね」


「どういうことだ……?」


 誤算?それは陽伊奈にも想定出来ない事があったということなのだろうか。


『その通りさ。その理由がこれさ。いや……これもその一つと言った方がいいのかな』


 陽伊奈が何故か口ではなく脳内に直接声を届けてくる。いきなり何だ?いや、今陽伊奈は何と言った。その理由がこれ……?ッ……まさか……


「そう、そのまさかさ。君にボクの声が届くこと。そして、君の考えていることがボクに分かること。それが誤算から生じた問題の一つなんだよ」


「……分かりづらいな。もう驚き疲れたから正直に言ってくれないか。まどろっこしいこは抜きにしてだ」


 もうこれ以上驚くことがある気がしなかった。だからこそ、俺は陽伊奈が直接言わない事実を言うように即した。

 その事に更に驚き、そして今後の運命を左右することすら知らずにだ。


「ふぅ……君がそう言うなら言うことにするよ。ボクと君はね。一種の同一素体になってしまったのさ」


「……え?」


 陽伊奈の言っていることが理解できなかった。俺と陽伊奈が同一の素体?だけど、どうみても俺は自分の身体を持っているし、陽伊奈も少女としか見えない姿をしていた。どういうことなんだ?


「疑問は話を最後まで聞いてからにしてくれないかな。身体そのものには何も影響は起きていないよ、今はまだね。だけど、身体ではなく心……いや魂と言った方がいいか。君を助けるために契約を結んだその時にボクの魂と君の魂が繋がってしまったんだよ」


「…………」


 陽伊奈の言葉が遠く聞こえる。俺と陽伊奈の魂が繋がってしまった。今朝から聞こえるこの声はそのせいだと……


「は、はああああああああああああああ!!!??!?!!」


「いやーそりゃまぁ、驚くよねぇ。ボク自身もそりゃもうびっくりしたものさ」


 いや、何既に落ち着きましたって顔してるんだよ。いや、え、マジで?両手で自分の胸をぺたぺたと触るが自分の魂なんて触れるはずがない。


「まぁ、落ち着きたまえよ。本来はね死んでいなければその人が願った時に年にもよるけれど、その人の約半生の記憶をもらって死の因果から助けることが魔女には出来るのさ」


 半生……ということは本来なら俺は7~8年の記憶を無くしていたかもしれなかったのか。


「かも、というかそれがボク等にとっては普通なんだけどね。そこに悪く思わないでくれよ。死の因果を断ち切るっていうのはそれぐらい重い事なのさ」


「死ななかったと思えば安いものなのかもしれないしな……」


「そう思ってくれると幸いだよ」


「なら、何で俺は記憶をほぼ失わずに済んだんだ?どうして陽伊奈と魂が繋がってしまったんだ?」


 そこは陽伊奈のいう誤算ということなのだろう。


「実はここ数十年で人の命を死の淵から救うなんて契約を遂行したことがなかったんだよね。だからボクは君の最後に願った邪念が全くない純粋な願いを綺麗だと思ってしまったのさ」


 ちょっと待て……今数十年って言ったか?ということは陽伊奈の年齢って……あ、やばいこれ以上考えたら色々とやばいことになる。実際陽伊奈が口に出したらどうなるか分かってるよな?って顔をしてるし。

 にしても綺麗と言われて少し恥ずかしかったけど、それが誤算とどう繋がってくるんだ?


「あぁ、見とれてしまって願いを叶え忘れたとかではないから安心してくれていいよ。ただ、ね……」


「ただ……?」


「本来こんなこと有り得ないんだけど、生と死の本当の境目の時にボクと君が契約してしまってね……契約した瞬間に君は死んでしまったんだよ」


「なっ――!?」


 死んだ?俺が?けど、さっき陽伊奈は言っていたじゃないか。死んだ人間を生き返らせることはできないと。


「そう、それだよ。死んだ人間を生き返らせることはできない。それは死人に口なしとでも言うように死者は喋らないからね。そして、他者の願いで愛する者を生き返らせることは魔女には出来ない。死人の魂を呼び起こすなんて禁忌魔女ですら出来る訳がないのだから。だから、ボクは死人を生き返らせることができないと言ったのさ」


「なるほど……」


「だが、君は違う。死ぬ本当の直前に願った。そしてボクがそれを叶えた。だが、君は死んでしまった。そこで契約の矛盾が発生してしまった。魔女の契約は絶対だ。君を生き返らせるために契約としての律が動いたんだ。その結果がこれさ」


 魂が繋がった、と。え?何で?


「いや、え?そこからどうして陽伊奈と魂が繋がるっていうんだよ」


「んー……まぁ、いっか。言わないと始まらないことだし……」


 ん?ここまで来て陽伊奈が言いづらそうに口をもごもごしていた。


「えっとね。ボク達魔女って言うのは基本的に不老不死なんだよ。普通にしていると老うことなんてないし、人の考える方法じゃ死ぬこともない」


「…………(ぱくぱく)」


 え、マジで?

 陽伊奈が不老不死?魔女だと聞いた時より正直驚いた。こんな身近にそんな存在がいるのかよ……


「あはは。驚いてるねぇ……まぁ、その存在に君もなっちゃったわけなんだけどね」


「あはははは!!俺も不老不死になっちゃったのかよ!!………って、は?はああああああああああああああ!!!??!?!!」


「そのリアクションも二度目だと見飽きちゃうものだね」


「いや、え、えええええええええ!!?!!??!!」


 俺が陽伊奈と同じ不老不死になった?嘘だろ……


「だからボクと君の魂が繋がったと言っただろ。それは言い換えれば死が二人を分かつまで永遠にボクと一緒になってしまったというわけさ。契約しておきながら死んでしまった君を救うために魔女の契約は君をボクと同じ存在にしようとしたのさ。けれど、人の身で魔女と同じ存在になれる訳がない。それはそう願われても同じことさ。だが、契約というものはボクから見ても滅茶苦茶な物だと思うよ。ボクの魂と君の魂を無理やり繋げることで君を同格の存在に上げちゃったんだから。不老不死になればそりゃ死んでも生き返るってものさ」


「…………」


 一言言いたい。

 ないわー……

 いや、ほんとないと思う。

 実は今日起きた出来事は全て夢でしたとかないかな……こんなのファンタジーだろ。俺の知る現実なんかじゃない。

 あ、まさかここは死んだ世界!?俺が死んだ後こうなりたいと思っている世界なんじゃ!!


『おーい。落ち着きなって。ここは夢でも死後の世界でもなくまぎれもない現実だよ?ほら』


「いってぇ――!?」


 頬に痛みを感じて俺は我に返った。目の前には身を乗り出した陽伊奈の姿。彼女は右手を伸ばし、俺の頬を思いっきり抓っていたのだ。


「痛い!!痛いから離せって!!」


「ほら、よく言うだろ。夢か判断するには痛みを感じるのが一番だって」


「だからって抓ることないだろうが」


「だって君、口で落ち着けって言っても反応しなかっただろう?直接伝えても微妙だったし実力行使するのが一番だったのさ」


「ぐぅ………」


 言い返すことが出来ない自分が憎い。


「まぁ、あれだよ……すまなかった」


「陽伊奈……?」


 何故か陽伊奈が急に謝りだした。まだ会って間もないけど、自分に非を感じそうにない陽伊奈が、だ。


「君ねぇ……悪いと思ったらボクでもきちんと謝るよ?だからこそ、今回の出来事はボクにも想定外の事だった。だから、すまない」


「…………」


 陽伊奈が今何を想っているのか。それは俺に届いてこないから分からない。

 だけど、俺は陽伊奈を恨むことなんで出来ない。


「頭を上げてくれ陽伊奈」


「ボクを許してくれるのかい?」


「許すも何も最初から恨んでなんかないさ。陽伊奈は俺を助けてくれたんだろ?なのに恨む要素がどこにあるって言うんだよ」


「……君はそう言ってくれるのか。あはは。あれ……」


「ッ――!?」


 その時、陽伊奈の頬を濡らす水の雫が一筋流れるのを俺は見た。

 それは次第に両頬を濡らしていき、陽伊奈の瞳から止まることのない涙となって溢れ出したのだった。


「あれ……おかしいな。何でボクは泣いているんだろう……」


『有難う……君がこんなことになってしまったのはボクにも原因があるというのに……罵られることを覚悟していた。非難され罵倒されることすら覚悟していたんだよ……けれど、君は心の底から本当に感謝していた。ボクは間違っていなかったのかな……?』


「ぁ……」


 陽伊奈の想いが通じてくる。彼女は怖かったのだ。

 俺に真実を伝えて拒絶されることを。幾星霜の時を過ごしてきた魔女。

 この家には、いやこの森には陽伊奈以外誰も居ない様に感じる。俺の勝手な想像だけど陽伊奈は今まで一人でずっと過ごしてきたのかもしれない。

 他に魔女がいるのかも俺には分からないことだけれど、俺は陽伊奈と繋がり不老不死という存在になってしまったことを、目の前で泣き続ける女の子を絶対に恨むなんてことしないと心に硬く誓おうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る