第04話 -矢丘に棲む魔女-

キーンコーンカーンコーン――……


「はい、じゃあここまで。本日は1学期で進める内容の説明となったが、明日は小テストを行うから各自しっかりと中学時代の内容を復習しておくように!」


『えー!』


『横暴だ!!』


 現代文の先生の言葉に皆不平不満を漏らしている。

 入学式の翌日からいきなり授業開始。そして、その翌日に小テストだとかどんだけやる気なんだろう。


「つっかれた……」


 ようやく午前の授業が全て終了したことによる疲労感で机に突っ伏してしまう。

 そりゃ、皆と同じでいきなりの授業に疲れはしたものの、俺がこんなに疲れている理由は他にもあった。


『小テストかぁ。ボク中学に行ったことないからどんな問題が出るのかワクワクするよ』


 そう、この声だよ。

 授業中幾度となく聞こえてきた陽伊奈の声。俺に対して最初から遠慮なんて持ち合わせていなかったが、それはもう事あるごとに俺の脳内に話しかけてきていたのだ。

 突っ伏したまま陽伊奈の方を見る。すると彼女は見られていることにすぐ気づき何故かドヤっとした表情で見返してきた。

 何でそんなに自信満々なんだよこいつ……


『そりゃ知識量は豊富だからねぇ。君も分からないところがあったら教えてあげるよ?』


 やっぱ腹立つなぁ。

 女子相手にここまで遠慮なく感じられるのは生まれて初めてだった。妹の真白に対してでさえこうまでいかないと思う。


『そう邪険にしないでほしいなぁ。ボクが思うにボク達の波長が合いすぎてるから腹が立つと思うんだけどねぇ。同族嫌悪って奴だと思うよ?』


 同族嫌悪だと?俺と陽伊奈が?

 あーもう何も考えたくない。


「なーに、死んだように突っ伏してんだよ零二」


「……相羽か。何の用だよ」


「何の用ってお前、飯の時間だぜ?一緒に食べようぜ」


「あーそうだな。飯にするか」


「おう!」


 顔を上げるとそこには相羽と他に男子が2人並んでいた。

 一人は分かる。同じ中学だった榛原だ。友人とまではいかないけど何度か話したことのある奴だった。

 もう一人は……皆の自己紹介をあまり聞いてなかったから名前を思い出せない。えっと……


「あ、もしかして俺の名前覚えてなかったり?上宮だよ。相羽君に誘われたんだけど、俺も一緒にいいかな?」


「あ、うん。全然大丈夫」


「よっし、じゃあ早く食堂に行こうぜ!席が無くなっちまうよ」


「うん?食堂?」


 てっきり皆でここで食べるんだと思ってた。そういえば3人とも手に何も持ってないな……


「あれ、零二もしかして食堂のこと知らなかったんか?」


「ぅ……俺は弁当なんだから知らなくていいんだよ」


「あーお前ってそういや毎日真白ちゃんの弁当食べてるんだっけか」


「真白ちゃん?何、神谷君の彼女?」


「俺の妹だよ……」


 鞄から取り出した弁当に相羽達の視線が刺さる。

 俺は中学の頃からほとんど毎日真白から弁当を作ってもらっていたのだ。

 何故妹からかと思う。中学に入って最初のころは母さんがもちろん作っていてくれていたのだけど、途中から真白が言い出したのだ。


 兄さんの分は真白が作りたいです。いや、作らせて下さい!――と。


 あまりわがままを言わない真白だが、時々言うわがままは決して主張を曲げることをしなかった。そこからだ。真白が毎日欠かさず俺に弁当を作るようになったのは。


『愛妻弁当ならず、愛妹弁当ってやつかい?』


 黙れ。


「俺以外は食堂で何か頼むんだよな?んじゃ、行きますか」


「あ、ちょっと待って」


「ん?」


 相羽が立ち上がった俺を制する。どうしたんだ?と、思うと何故か相羽が隣に座っていた陽伊奈の方を向いて、


「陽伊奈さんも一緒いかない?なんか零二と仲良さげだしさ」


 げっ……

 こいつは何てこと言うんだ。陽伊奈が一緒に居たら休まるものも休むことが出来ないってのに。

 そんな俺の想いが通じた陽伊奈は最初はきょとんとしていた表情だったが俺の方を一旦見た後、少し申し訳なさそうに、


「あはは。せっかくのお誘いだけど遠慮するよ。ほら、ボク図書委員になっただろ。本を読むのが好きなのさ。この後も図書室に行こうと思っていてね」


「そっかぁ。じゃ、また今度一緒に食べようぜ」


「うん、その時は宜しく頼むよ」


 図書委員……ね。俺と同じ委員会にしたのは意図的なのかそうでないのか……

 1限目の自己紹介の後に始まった各委員決めの時、俺は迷わず図書委員を選んでいた。

 理由は本好きとかではなく一番楽だったからだ。学年持ち回り制で昼と放課後に図書室で受付をするだけの仕事。だからこそ、俺は選んだわけなんだが、その時陽伊奈も一緒に手を上げていたのだ。そのせいもあってあっさりと男女の図書委員が決まってしまったというわけだった。


『ボクの事は気にしないでお昼を食べてくるといいよ』


 笑顔で手を振ってくる陽伊奈。

 最初から俺は気にしてないっての。


「ほら、相羽行くぞ。俺食堂の場所知らねぇんだから」


「あ、悪ぃ。んじゃ、行きますか」


 そうして、教室を出る間際、片隅に集まる女子のグループに目がついた。

 八舞さん達だ。女子だけで集まって楽しく食事をしている様だった。


  ◆◆◆◆


「うわー……やっぱり混んでるなぁ」


「そりゃ教室で暫く話してたわけだし」


「あ、あそこ空いてる」


「お、榛原でかした!急げ!!」


 1階の端にある食堂に着いた俺達だったが、完全に出遅れてしまっていた為、結構広いその空間には多数の生徒で溢れ返っている状況だった。

 何とか4人で座れる場所を確保することが出来た為、弁当持参の俺が皆の席を確保しておきその間に他の3人は行列の中に混じっていく。


 先に弁当広げておきますかね。

 真白お気に入りのオレンジの水玉が入ったランチクロスを解いて、弁当の蓋を開ける。

 そして――静かに閉めなおす。


「…………」


 真白よ……高校最初の弁当だからって気合入れすぎじゃないか?

 意を決して再度蓋を開ける。やっぱり見間違いじゃなかった。


「お待た~って、お前の弁当すげぇな!?」


「ッ――!?」


 見られた!?いつの間にか戻ってきていた相羽が開かれた弁当の中を凝視していた。

 一言で言うと色鮮やかなデコ弁。オムライスだろうか。包まれた卵を器用に彩り、笑顔の熊が可愛くデコレーションされていた。その下にはケチャップで『兄さん、ファイト!』と書かれている。


「何々?おわっ、神谷君の弁当すごいね……」


「神谷の妹ってもしかしなくてもブラコンって奴?」


 遅れて戻ってきた榛原と上宮も俺の弁当を見てとても驚いている。

 俺も同様に驚いている。

 真白よ……他の人に見られても大丈夫な弁当を作ってくれよ……


『くくっ……。ボクも妹さんが作った大評判のお弁当を見てみたいものだね』


 ぐっ……絶対に見せてやるもんか。


「何怖い顔してんだよ。誰もお前の弁当取らないから安心しろって、なぁ?」


「さすがにここまで想いが込められた弁当を食わせてくれとは言えないよね」


「ていうか、食ったら神谷に殺されそう」


 好き勝手に言ってくれるなぁ、おい。


「ま、さっさと食おうぜ」


「てか、相羽のそれ何?素うどん?」


 榛原と上宮の方は食堂の横に掲げられていたメニューで見たAランチを頼んでいたようだったが、相羽のそれはどうみても唯のうどんだった。

 通りで早く戻ってきたわけだ。


「あー実はさ今月末に出るゲームの為に金貯めてんだよ」


「それって親からもらってる金ちょろまかしてるわけか?」


「人聞きの悪い言い方言うなよ。まぁ、そうなんだけどさぁ……」


 七味唐辛子を豪快に入れた相羽がうどんを啜りながら言いづらそうに喋る。サッカーやってるんだから腹減るだろうに、よくやるなぁ。


「あーこれ食うか?」


 行儀が悪いかもしれないが一口サイズに作られたハンバーグに箸を突き刺し、相羽の方に持っていく。

 だが、相羽は首を横に振りそれを拒否してきた。


「いや、いいよ。真白ちゃんにばれると恨まれそうだし」


「お前等、俺の妹を何だと思ってんだよ。ったく……」


 差し出したハンバーグをそのまま自分の口に持っていく。中に込められた肉汁がよく効いたスパイスと混じって口の中に広がっていく。これも既製品なんかじゃなく真白の手作りなのだろう。俺は幸せだなぁ……


『君さぁ……そう、あまり料理の実況しないでくれるかい?図書室で味気ないコンビニのサンドイッチを食べてるボクのことも考えてくれよ』


 訂正――

 一瞬で口の中に苦虫を潰したような感触が広がっていく。

 何がボクの事は気にしなくていいだ。目の前にいないのに邪魔してくんなよ。


「つか、そんなに金が欲しいんならバイトすればいいんじゃないの?」


 茶々を入れてくる陽伊奈は無視する。

 素うどんで我慢している相羽を見てバイトをすればいいと思って言ってみたのだが、相羽だけでなく他の2人も何言ってるんだコイツみたいな顔でこっちを見ていた。何?俺なんか変なこと言ったっけ。


「零二お前、校則ぐらい見ろよ……」


「うん?」


「この学校バイト禁止だよ。勉学の妨げになるからって。公立高だけど色々と厳しいからちゃんと読んでいた方がいいよ」


 マジか……

 榛原の説明に俺は慌てて生徒手帳を取り出しパラパラとページを捲ってみる。

 っと、見つけた。あ、本当に書いてるな……


「零二さぁ……お前頭はいいのは知ってるけど、要領良くないよな。なんていうかこう、世間知らず?」


「あー確かにそれっぽい!」


「はぁ?後で知ればいい事をわざわざ調べるのめんどいだけだっての」


「それが世間一般では通用しないって気づけよ」


「むぅ……」


 俺はずぼらって訳じゃない。ただ、わざわざ調べてまで何かをやるっていうことにあまり意義を感じないだけなんだよ。


「はははっ。昨日事故にあったって聞いて心配してたけど、君おもしろいね」


「そうだ。零二お前本当に大丈夫なのか?俺も朝事故現場見たけど、塀が崩れてて結構ひどい状況だったけど」


「あー……うん、八舞さんを助けた後、ちょっと跳ね飛ばされてね。でも、ほら受け身綺麗にとれて怪我っていう怪我もないからさ」


「車に跳ね飛ばされて受け身で免れたって、お前どんだけ頑丈なんだよ」


 うん、自分で言って明らかにおかしい言い訳だと思う。けど、実際に昨日学校を休んでしまってるわけだし、咄嗟に避けることが出来たとか言うことができなかった訳で。


「そういえば、その事故俺も内容聞いたんだけどさ。事故起こしちゃった車の人が不思議なこと言ってたらしいよ」


「不思議って?」


「何かあまり本人の前で言いたくはないんだけど、気づいた時には神谷君を撥ねちゃったらしんだけど、その後がさ……運転してた人そのまま壊れたって言う塀にぶつかって暫く気が動転してたらしいんだ」


 上宮が思い出すように話し出す。そりゃ、人を撥ねたんだし、気が動転するのは分かるけどそこの何が不思議なんだろう?


「けど、やっぱり事故を起こしちゃったわけだし?撥ねちゃった人がどうなったか気になるよね。その人恐る恐る車から降りて外の様子を見てみたらしいんだけどさ、そこに誰もいなかったらしいんだよ」


「は?でも零二は車に轢かれたんだよな?」


「うん、そこが不思議なんだよね。車のフロントガラスが粉々になるぐらいに当たった感触があったらしいし。で、代わりに交差点の端に横たわっている八舞さんがいたから、運転手は八舞さんを轢いてしまったと思って、そこからは自分で病院と警察に電話したみたいなんだよね」


「…………」


 3人の視線が俺に突き刺さる。

 さて、どうしようか。実際俺自身もそこからの記憶なんて皆無なんだ。どう言い訳しようにも絶対に違和感が付きまとってくると思う。


『はっきり言っていいんじゃないかい?気を失ってて覚えてないってさ』


 頭の中に陽伊奈の声が響いてくる。

 確かにそう言うしかないかもしれないけれど……陽伊奈はまだ俺にも本当の事を言ってくれないんだな。


『悪いね。今はまだ言うことが出来ない。朝言った通り放課後まで我慢しておくれよ』


 どうしても教えてくれないって訳か……

 はぁ。仕方ない。


「実は俺その後の記憶がないんだよね。気づいたら家で寝てたんだよ」


「神谷君それって……」


 目を見開いた上宮。確かにおかしいことだけどそんなに驚くほどの事なのか?

 けれど、上宮は俺の言い訳に驚いたんじゃなかった。


「魔女隠しに会ったんじゃないの?」


「魔女隠し……?」


 聞き覚えのない言葉が出てきた。それは相羽も、そして榛原も同様だったみたいだ。


「上宮何言ってんの?魔女ってなんだ?」


「あぁ、そっか。皆矢丘中なんだっけ。俺は西中なんだけどさ」


 上宮はポツポツと話し始めた。

 この街に住むという魔女の話を。


「調べればそっちの方でも色々出てくると思うんだけどさ、この街って魔女が棲んでいるって言われているんだよね」


「魔女ねぇ……なんか急にメルヘンチックになったな」


「その魔女が、神谷を助けたって言うのか?」


「まぁ、想像でしかないんだけどね。神谷君の記憶がないって言葉で思い出したんだよ。魔女は記憶を引き換えに人の願いを叶えるって伝承をね」


 記憶……

 確かに俺は今朝から暫く昨日の記憶が全くなかった。

 そして今は事故に合うまでの記憶は思い出した。が、その後の記憶がない状況だ。


 魔女……

 それはお前の事だよな?陽伊奈――


『ははっ。正解は放課後までお預けかな』


「………」


 もうその口調から自分が魔女ですと言っている様なものじゃないか。


「あーなんか悪い。暗い話になっちゃったね。ごめん、事故にあった時にことなんて思い出したくないよね……不謹慎だった」


「いや、いいよ。こうして無事なわけだしさ」


 上宮が暗い表情をしていた俺を気遣ってくる。

 うん、彼等とならうまくやっていけそうだな。


「なんか辛気臭くなっちゃったけど、改めて宜しくな上宮に榛原!」


「あ、あぁ。急に何?まぁ、いいけどさ」


「ちょっ、俺は!?俺も宜しくしようぜ!?」


「相羽は黙ってうどんでも食ってろ」


「ひでぇ!?なんで俺には冷たいんだよ!」


「勇者を広めた罰だと思え」


「勇者様お助け下さい!!」


「死ね」


「「あははははは!!」」


 笑い合う中、思う。

 俺がどうなったか、何故陽伊奈の声が、そして俺の考えていることが陽伊奈に伝わるのか放課後になったら全て教えてもらうぞ。


『あぁ、約束するよ。逃げたりなんかしないさ。だって君はボクにとって唯一の――』


 陽伊奈の言葉は最後まで聞き取ることが出来なかった。

 そこに込められていた想い。そのことを今はまだ知る由もなかったのだから……

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