第03話 -考えていることが全てダダ漏れでした-

「はい、じゃあ陽伊奈さんの紹介が終わったところで一旦休憩時間にするわね。本当はこの後1限目からは授業が始まるわけなんだけどこの3組はまだみんなの自己紹介もまだな上、各委員の取り決めも行っていません。ですので、1限目の授業は取りやめとし、その時間で行うことになりました」


 教壇で先生が話している。というかこの先生の名前未だに知らないな……

 けれど、今は正直そんなことどうでもよかった。

 周囲がざわめきに溢れる中俺の心中は別のところにあったのだから。

 俺の隣に座った少女……


 陽伊奈茉子――


 もちろん今まで聞いたことのない名だ。けれど、俺の頭の中は彼女で埋め尽くされていた。

 あの時、俺が死の淵で願った生きたいという想い。助けてくれという悲願に聞こえてきた言葉……


『その願い聞き入れようか』


 間違いない。隣に座る陽伊奈の声だった。

 彼女が俺を助けてくれたのか?

 横目で陽伊奈を見る。彼女は視界に映る全ての事が新鮮かのように目を輝かせていた。まるで今まで学校に行ったことがないかの様に。

 そんな彼女の様子をジッと見続けていたことに気付いたのか陽伊奈もこちらを見てくる。俺に向けたその顔は笑みに溢れていた。

 この少女は何を知っているんだ。今すぐにでも問い質したい衝動に駆られる。


 そんな時、陽伊奈は突然人差し指で自分のこめかみをトントンと俺に見えるように叩きだしてきた。

 そして――


『聞きたいことがたくさんあるのだろうけど、今は大人しくした方がいいと思うよ?』


 俺の頭の中にそんな声が聞こえてきたのだ。


「なっ――!?」


「か、神谷君急にどうしたの?もしかしてどこかまだ痛むんじゃ……」


 急に立ち上がった俺に驚いた先生が心配そうな声を掛けてくる。

 クラス中の皆も同様に、だ。


「あ、すみません……何でもないです……」


「そ、そう?我慢しちゃダメよ?んんっ……皆も事故には本当に気を付けてね。最近は歩きスマホする人が増えてるけど本当に――……」


 やばいやばい……急に響いてきた声に驚いて立ち上がってしまった。本当になんて日だ……

 今の声は確かに陽伊奈の声だった。けれど、彼女は口を動かしていなかった。そもそも、耳から聞こえた言葉じゃなくはっきりと脳内に響いた言葉だったのだ。

 再び陽伊奈の方を向いてみる。すると、彼女は先程の俺の行動がツボに入ったのか必死に笑いをこらえている最中だったのだ。

 本当に何なんだ……女子相手に殺意を覚えたのは初めてかもしれない。


『やっぱり君を見てると面白いね。わざわざ学校に来た甲斐があったというものだね』


 ッ……やっぱりこの声は陽伊奈が発しているもので間違いない。もう彼女も隠す気はないのか、会話をするかの様に俺に語りかけてきていたのだ。


『おっと、あまりボクの方を見ないほうがいいよ。ほら反対の席の女の子が君のことを不思議そうに見てるじゃないか』


「え?」


 言われるがままに俺は反対を向いてみる。すると八舞さんが前を向かずにこっちを見ていたのだ。


「えっと、神谷君ずっと陽伊奈さんの方を向いてるけどどうしたの?二人は知り合いだったり?」


「あ、いや……あ、あはははは……」


「え、ぇぇ……何でそこで苦笑いするの……」


 それは何て返せばいいか思い浮かばなかったからだよ。

 俺が陽伊奈の方を向いている理由。そんなこと俺が知りたいぐらいだ。本当に彼女は何者なんだよ。あーイライラする!!


「八舞さんと神谷君、おしゃべりは後にしなさい!全く……」


「「す、すみません」」


 その時タイミングよくHR終了のチャイムが鳴り響く。


「はい、では10分の休み時間後自己紹介から始めますね。出席番号順で男子から行うので考えておくように!」


『はーい』


 先生はそう言うと教室を出て行ってしまった。

 俺って先生から見て結構な問題児扱いされていそうな気がする……初日から事故で欠席しちゃってるし、HRの間に2回も俺のせいで先生の話を中断しちゃってるからだ。

 あぁ、本当にどうしてこうなった。俺は静かに過ごしたいだけなのに……

 それこもこれも陽伊奈が関わったせいだよな。

 よし、今は休憩時間な訳だし、今度こそ陽伊奈を問い詰めよう。じゃないと他の事に集中できそうにないからだ。


「陽伊奈ちょっと――」


「勇者ー!!」


「うわっ!?」


 俺の喋り声を掻き消す大音量の声と、そして肩を組まれる感覚。突然なんだよ!ってこの声は……


「相羽、なのか?」


「おうよ!さっすが勇者。声だけで俺の事分かるとかさすがだな!友人として誇らしいぜ」


「ぐっ、苦しいって!」


 俺の首を腕で絞めてくる男子。中学から一緒だった相羽秀介だ。


「悪ぃ、悪ぃ。友人が事故にあったと聞いて心配したんだぜ。LEADに連絡入れたのにお前既読にしねぇんだもん」


「あーすまん。俺基本通知切ってるから見てなかったわ……」


 LEADとはSNSアプリのことだ。チャット形式でグループと連絡を取り合うことが出来るから基本的に皆使っているわけだから俺も当然使ってる訳だけど、頻繁に来る通知がうるさくて基本的に切っていたのだ。


「ひどっ!?勇者様は民の声なんて聞いてくれないと申すか」


「つか、勇者言うな。大体なんだよ勇者って」


「そりゃ、お前は八舞さんを事故から救ったとか勇者と呼ばずして何て言うんだよ。なぁ、皆?」


「そうそう、普通出来ないよね~」


「俺は神谷のこと英雄と呼ぶぜ」


 誰だ今英雄って言った奴。ん、皆?そういえばなんか周りが騒がしい……って!?気づけば俺の周りに人だかりが出来ていた。

 あ、そこ!今写真撮っただろ。カメラのシャッター音が聞こえたぞ!俺は有名人か何かなのか!?


「いやいや、マジ何なの!?八舞さんを助けたのは事実だけど、そこまで騒ぎ立てるほどのことじゃないんじゃ――」


「そんなことないですよ!だってワタシ、神谷君に助けてもらったこと知ったときとても嬉しかったんですから」


 あー……ここにもいた。いつの間にかこの騒ぎに参加していた八舞さんが眼を輝かせていた。


「ほら、お姫様もそう言ってることだし、勇者様は素直に称えられていろよ」


 お姫様ってなんだよ。もしかしなくても八舞さんのことか?

 何かこれ以上何か言っても無駄な気がしてきた……陽伊奈とはちっとも話すことが出来ないし。


「あ、あのそれで神谷君!」


「うん?どうしたの八舞さん」


「神谷君のID教えてもらってもいいですか?」


「あ、うん。いいけど……」


「あ、なら俺も!」「私もー!!」


 八舞さんの言葉を皮切りに皆スマホを取り出してLEADのID交換を行い出した。

 別に教えるのはいいんだけど、俺基本反応しないけどいいのかな。


「っていうか、どっちみち後でクラスのグループ作るつもりだったし、その時皆で交換すればよくね?」


「えーそれはそうだけど、神谷のは先に聞いておきたいっしょ。勇者とその仲間達ってグループ作ろうぜ」


 誰だか知らんが、もう勇者ネタは辞めてくれ……もちろん英雄もだ。


「ふふふ。人気者ですね」


「誰のせいだと思ってるの……」


 隣で笑う八舞さんも当事者だってこと忘れるなよ……自分がお姫様って呼ばれてるって気づいてるのかね。


キーンコーン――


 あーチャイムが鳴っちゃった。陽伊奈と話すどころかゆっくりとする暇もなかったよ。


『ボクと話すのは後にした方がいいと思うよ。そうだね、放課後君との時間を作ろうじゃないか』


 ッ――。また唐突に陽伊奈の声が脳内に響いてきた。本当に心臓に悪いから辞めてほしいな。


『それは正直出来ない相談かなぁ』


 返事が返ってきた。って、もしかして俺の考えていること全て陽伊奈に聞こえていたりするのか!?


『君の考えていることはダダ漏れだったりするかなぁ。はは、朝から面白い物を見せてもらったよ』


 なん……だと……。

 今まで考えていたことが全て陽伊奈に聞かれていた?嘘だろ……


『まぁ、そこも含めて後で話すことにするさ。だからそれまで我慢することだね』


 俺は睨むように陽伊奈を見る。すると彼女はまた人差し指だけを指すと次は口元へと持っていき、喋らないようにとのポーズを取る。


『急がば回れ、だよ。まぁ、それまで君の思考はボクに全て流れちゃうと思うけれど。おっと、だからと言って卑猥な事を考えるのは止してくれよ。セクハラだと訴えることも吝かじゃないからね』


 人の思考を勝手に覗き込む人物が何を言うのか。

 何にせよ、俺が何と言おうと放課後までは取り合ってくれ無さそうだった。なら、極力変なことは考えずに過ごすしかなかった。でも、変なことを喋らないっていうのは簡単だけど、思考まで制御するって出来るんだろうか?考えれば考えるほど不安になってきた……


  ◆◆◆◆


「では、時間になったので自己紹介を始めたいと思うのだけど、その前に私の名前もまだ言ってませんでしたね。神谷君や陽伊奈さん以外は昨日言ったから知っていると思うけど、七条と言います。1年生の担任は初めてになるのだけれど、厳しくいくからね」


『えー』


 先生の名は七条と言うのか。七条先生……ね。まだ教師歴は長そうじゃないけれど生徒のことをしっかりと見てくれそうないい先生に思えた。


「はい、不満漏らさないの。あと神谷君と陽伊奈さんはこれ受け取りなさい」


「はい?あ、教科書ですか」


 教卓の上に二束の紐で縛られた本の束が置かれる。そういえばまだ教科書受け取っていなかったんだ。


「ありがとうございます。ほら陽伊奈」


「おっと。助かるよ神谷君」


「気にすんな」


 結構な重さがあったのでついでに陽伊奈の分の教科書も俺が持っていき、陽伊奈の席へと置く。

 というか、だ。陽伊奈から神谷君って呼ばれるのはなんかこう気味が悪かった。何だろうこの感覚……


『気味が悪いとは失礼な。なら君の事をボクも勇者様と呼べばいいのかい?』


 ごめんなさい。それは本当に辞めてください……


「むー……」


 なんか唸り声が聞こえる。横を向いてみると八舞さんがジトッとした目でこちらを見ていた。

 どうしたんだろう?


『だからさっき言ったじゃないか。君はボクの事を見すぎだと思うよ。八舞さんはそのことが面白くないんじゃないかい?』


 何ですと。っと、また陽伊奈の方を見るところだった。このやり取りが急に増えて来たけど、気を付けないと。


「仲いいんだね?」


「八舞さん……?」


「さっきからずっと陽伊奈さんと眼と眼で通じ合っている様な感じがするんだもん」


「いや、そんなことはない……よ?」


「隠さなくていいよ。ワタシには関係ない事だもん」


 膨れっ面のまま前を向いちゃった。女の子が何を考えてるか分からない。真白もふとした時不機嫌になることがあるし、女子って皆そんなもんなのかなぁ。


『そう思うのは君だけだと思うけどなぁ』


 少し黙ってくれ。陽伊奈に言ったんじゃない。


「じゃあ、さっき言った通り出席番号順で男子から。相羽君からね。この後委員決めもあるから時間内に終わらせるわよ」


「うぃっす。相羽秀介です。中学は矢丘中でした。部活はサッカーをやる予定っていうか、もう昨日入部届だした感じなんで!あと、勇者の友人です。皆これから宜しく~」


 相羽後で絞めてやる。勇者って広げたの絶対にあいつだろ。

 そして順々に自己紹介が始まった。俺は神谷だから出席番号が4番だった。相羽、上宮、大石の次というわけだ。


「えっと、神谷零二です。中学は矢丘中です。事故に合っちゃって入学式には参加できていないけど、皆仲良くしてくれると嬉しいです。部活は今のところ何も考えていません。最後に、本当に勇者って呼ぶの辞めてください相羽は後で校舎裏にな。皆さんよろしく」


「ちょっ!?」


 うるせぇ、お前は少し反省しろ。

 笑い声が広がる中、俺より後の人達も順に自己紹介を行っていく感じだった。どうやらうまく済ませることができたみたいだった。

 そして順調に男子の自己紹介が終了し、女子へと移り、


「既にさっき自己紹介しちゃった訳だから簡単に。改めて陽伊奈茉子です。趣味は人間観察だから、皆の面白い行動を期待してるよ」


 人間観察?言われて納得だな。陽伊奈の事はまだ謎の満ち溢れた人物なのは間違いないけれど、人を観察するのが大好きそうな性格をしていたのだから。絶対に性格が悪い。うん、間違いない。


『むっ。君本当に失礼だね。ボクが聞いてるってこと知っているだろうに』


 知っているからこそ考えたんだよ。人の脳内覗き込んでいる人物が性格良い訳ないだろうが。


「次はワタシの番だね。八舞麻衣です。少し言いにくい名前だと思うけれど、気軽にまいまいって呼んでくれると嬉しいです。中学は他県だったので、省略するね。最後に部活は矢丘魔女研究会に入ろうと思ってます。皆宜しくね」


 陽伊奈と話している間に八舞さんの自己紹介が始まっていた。

 そこで彼女が言った言葉に俺は気になる箇所があった。

 ≪矢丘魔女研究会≫?同好会だろうか。聞いたことのない部活だったけれど、八舞さんはそこに入る気満々の様だった。


 魔女……俺は横目で陽伊奈を見る。このご時世に魔女なんていると思えない。

 けれど、俺は不思議と魔女と呼べる人物に思い当たる節があった。

 俺に見られていることに気付いた彼女はまた不敵な笑みを浮かべる。

 今考えていることも全て陽伊奈には漏れているんだろうな。

 そんな彼女こそ俺にとっては魔女にしか見えなかったんだ。

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