第02話 -クラスメイトから勇者と呼ばれることになった訳-
「――あの!!」
「ッ……」
目の前に心配そうに覗き込んでいる少女がいる。
少女が心配するのも無理はないと思う。俺の現在の状態は取り戻した記憶の影響で動悸が収まっていなかった。本当は恥も外聞もなく取り乱してしまいたかった。
理由は不明だったが俺は自分が交通事故に合い、ほぼ即死とも言える状況に合っていた記憶を失っていた。
あれは本当に現実だったのか?夢だとしか思えない状況。しかし、記憶が戻った今はあの出来事が全て現実の物だと本能的に理解できていた。
思い出された死に逝く感覚が平衡感覚を崩す。全てを吐き出したい。そして忘れ去りたかった。
俺は何故生きているんだ?あの時聴こえた声は何だったんだ?考えたいことは幾らでもあった。
けれど……
そんな滅茶苦茶な状態だったのに俺はこれ以上何も知らない女の子を不安にさせるわけにはいかなかないと思ってしまったんだ。
「本当に大丈夫ですか?やっぱり私を助けてくれた時怪我をしたんじゃ……」
「……いや、ごめん本当に何でもないんだ。ちょっと立ち眩みが起きちゃって。えっと……」
気持ちを無理やり落ち着かせる。俺が何故こうして無事でいるのか不明だが、実際に身体には何の不調もない。打撲跡や怪我をした箇所は皆無だからだ。
「あ、自己紹介がまだでした、ごめんなさい……八舞麻衣っていいます。神谷君と同じクラスの1年生ですよ!」
「やまいまい?あぁ、八舞 麻衣さんか。色々と心配かけさせてごめん。俺はもう知られてるけど神谷零二。君と同じクラスってことになるのかな」
「分かりにくい名前ですみません。皆からはまいまいなんて呼ばれること多いんですけど。神谷君も呼びにくいならそう呼んでくれていいんですよ?」
「いや、遠慮しておくよ……八舞さんで」
八舞麻衣と名乗った少女と話すことで少し気分が楽になった。けれど、心の中までは未だ整理出来てはいなかった。
心中を悟られない様に出来るだけ自然に返す。
それにほぼ初対面の相手に八舞さんは渾名を許可してくるけど、初めから渾名で呼べるほど女慣れしてるわけじゃない。
「もしかして八舞さんは俺の為にここで待っててくれたの?」
「もしかしなくてもそうですよ!危ないところを助けてくれたのにお礼も言えなくて。それだけじゃなくワタシのせいで学校まで休んでしまったとなれば罪悪感でいっぱいですよ」
「あー……そういうものなのか」
「はい、そういうものなんです」
正直、自分が事故に合ったということまでは何とか思い出したわけだけど、その後どうなったのかまでは未だ思い出せないでいたのだ。
これまでの情報を整理すると俺はここで八舞さんを助けて車に轢かれて死にかけて、いやきっと死んでしまったのだろう。
それを誰かが助けてくれた。きっとそれは医者等ではなく、脳内に何度か響いた少女が何かしてくれた。そう思うのは何故か。
八舞さんは昨日学校で俺が事故のせいで欠席していると言った。けれど、その連絡をした人物は誰だ?
両親がしたことではないのは間違いない。朝の状況からして母さんも真白も俺が事故に合ったなんて知らない様子だったからだ。
それならば病院に運ばれたわけではないことも自ずと分かってくる。もしも、病院に運ばれて処置が行われていた場合、その時点で母さん達にも連絡がいっているはずだ。兄想いの真白のことだ。事故にあったなんて知ったら絶対に俺から離れないでいることだろう。
そもそも、二人は言ってたじゃないか。俺の様子がおかしかったと。表情が暗くて口調が片言になっていた?そんなこと全く覚えがないんだ。けど、その証言から俺が死ぬほどの怪我を負ったことは誰も知らない事実なのだ。実際今は怪我一つないわけだし。
けれど、俺が八舞さんを助けたことは思い出していた。あの時、俺は確かにワクワクした気分で登校していたのだ。そこで目の前に先を歩いている同じ高校の制服を着こんだ女子――八舞さんを見かけた。
普段あまり車が通らない交差点。八舞さんもそのことを知っていたのだろう。周囲を確認せずに渡ろうとしていた。しかし、そこにタイミング悪く車が通っていることに俺は気づいたのだ。狭い通りなのに明らかにスピードを出しすぎている車に危機感を覚えた俺は大声で呼びかけた。けれど、八舞さんはそのことに気付かず歩き続けていたのだ。だから、俺は走って彼女の背中を押した。そして、代わりに俺が車に轢かれてまった。轢かれた瞬間のあの身体を壊す衝撃が脳内に再現される。正直もう二度とあんな思いをするのはごめんだった。
世界が赤くなる感覚。痛みを通り越して徐々に身体から力が抜けていく感覚。そして、死が近づいたかのように冷たくなっていく感覚。そして、最期に聴こえてきた少女の声……
俺が先程思い出したことはここまでだったのだ。
その後に何があったのか何もわからない。けれど、八舞さんや学校には事故に合って休んでしまったということが伝わっている状況のようだった。
「八舞さんはあの時、車の音や俺の声は聞こえなかった感じ?危ないって忠告はしたんだけど」
「あぅ……本当にごめんなさい。ワタシ普段歩いてるとき両耳にイヤホン当てて音楽を聴いていたので……危機意識が足りてなかったんです。あ、でももうそんなことしないですよ!あれから車道を通るときは左右ちゃんと見ますし、音楽も聴かないことにしたので!」
なるほどね。だから周りの音が聞こえなかったわけか。
「うん、気を付けたほうがいいね。っと、やべぇ……もう15分過ぎてるよ」
「え、あれ!?本当だ。こんな所で立ち止まらせて本当にごめんなさい!!神谷君急ぎましょう!」
色々なことが急に起きて時間の間隔が無くなってしまっていた。スマホを見ると時計が8時17分を指していた。遅刻扱いになるまであと10分少々。
俺達は言葉にするまでもなく一緒に小走りで矢丘高校へと急ぐことにしたのだった。
今は一先ず事故のことは忘れよう。俺は生きているんだ。だったらそれでいいじゃないか。
◆◆◆◆
「はぁ、はぁ……間に合いました……」
「ギリギリだったけどね……時間になったら門を閉めようとする先生って本当にいるんだね」
本当にギリギリだったのだ。学校が見えてきたとき校門には先生らしき人が立っており、既に門が半分閉められていたのだ。そしてあとちょっとのところで8時半を示すチャイムが鳴り響きだし、残り半分を閉めようとしていたところで俺達は校内へと滑り込むことができたわけだった。
先生らしき人はやっぱり先生だったようで、次から早く登校するようにと注意を受けたわけなんだけども。
「何だかんだ進学校ですからねぇ。校則も厳しいって噂ですよ。神谷君は知らなかったんですか?」
うちのクラスの下駄箱へと案内されて上履きへと履き替える。どうやら俺達のクラスは3組だったようだ。
「あー……ここを選んだ理由も家から近かったっていうだけなんだよ。進学校っていうのは知ってたけど、正直周りでここを選ぶのが多かったから俺もそうしたってのが理由で校風だとかその辺りは調べてないんだよね」
「あはは、なるほどです。ワタシは中学が別のところだったので、この高校を選ぶとき結構調べたからたぶん神谷君よりも詳しいと思いますよ?」
そういえば中学の時八舞さんを見かけたことがなかったな。けど、通学路がほぼ一緒ってことは矢岡の別の中学に通っていたってわけでもないよな……
「あ、神谷君が考えてること分かりました。どこの中学に行ってたのかじゃないですか?」
「お、おう。その通りだけど」
「やっぱり。ワタシ中学までは別のところに住んでいたんですよ。それで高校からこっちに越してきたので。実はワタシ今一人暮らしなんですよ!すごいと思いません?」
「え。女の子が一人で?それって危なくない?」
俺の周りに一人暮らしをしている奴なんて聞いたことがなかった。矢丘高校には寮なんて存在しないからだ。それなのに目の前の女の子が一人暮らしをしているという。そんなにここの高校に来たかったということなのだろうか。
「んー……一応オートロック付のマンションで管理人さんもいるのでそこは大丈夫かなと思ってるんですけど。初めての一人暮らしだから不安なところはやっぱりいっぱいかなぁ……あ、うちのクラスはこっちですよ」
「職員室には寄らなくていいのかな。昨日休んじゃったわけだし」
そもそも自分のクラスも知らなかった。だから職員室に行って事情話す必要があると思ったんだけど。そんな俺の思惑とは別に八舞さんは自信満々な顔で、
「そこは大丈夫です!ほら、さっき言ったじゃないですか。ワタシも昨日遅れて登校することになったって。実際ワタシが着いた時、既に入学式は終わっちゃっててクラス毎に分かれてあれやこれややってる真っ最中だったんですよ」
「八舞さんも頭打って病院に行ったっていってたね。ごめんね強く押しちゃって」
「もう、そんなことで謝らないで下さいよ!神谷君のおかげで助かったんだから。で、ですね。そこで先生に言われて気付いたんですよ。ワタシ達のクラスが初日から事故で2人いなくて色々と進めることが出来ていないって」
「あー……」
そりゃそうだ。中学の入学式を思い出してみる。長々とした体育館での歓迎の後、クラス別に分かれて何があったか。
学校に関する説明と自己紹介だ。それなのに俺と八舞さんがいないとなると色々と支障が出るのも納得だった。
「スタートダッシュみすったなぁ……新しい友人出来るか不安だ」
きっと俺抜きで自己紹介は終わっちゃったのだろう。既にグループが固まってるかもしれない。そこに遅れてきた俺が入り込む余地はあるのか?ないかもしれないと思うと段々足取りが悪くなってきた。
それなのに八舞さんはそんな俺を見て逆に笑みを浮かべていた。何がそんなに可笑しいのだろう。まさか、俺がハブられるのを見るのが好きな悪女なのか!?
「ふっふっふ。神谷君の心配は杞憂ですよ!ワタシが皆にも言っておきましたから!」
「え゙……」
何か嫌な予感がする。そう、予鈴が過ぎてほとんど無人となった廊下でドヤ顔に近い表情を浮かべる八舞さん。気づけば俺たち以外の生徒は皆教室の中に入っているであろう3組の教室前へと辿り着いていた。
中からはざわめく声が多数聴こえてくる。扉を開けるのが怖いなぁ……八舞さんは皆に何と言ったんだ……
「ほらほら、開けてみてください。皆きっと待ってますよ!」
「あ、押さないで!っぅぅぅ……男は根性!ええい――」
そして扉を開け放った。
教室の外からも聴こえていた賑やかな声。
開け放った扉から映りこむ多種多様な人達。見回してみると中学の時からの知り合いもちらほらいる。もちろん友人だと呼べる男子も何人かいた。
けれど、俺の姿を見た途端、皆一様に喋るのを止めてこちらを見ていたのだ。
静けさが怖い……
だが、その静寂も長く続かず、そして――
「勇者だ……」
そんな場違いな声が聞こえた。え、勇者?なんだそれ。
「いや、英雄だろ……」
次に英雄。俺は魔王を倒した英雄か何かなのか?
クラスメイトが勇者だの英雄だの呼ぶ程の何か。思い当たる節がある。というかそれしかない……
けれど、認めたくない。俺がその渦中の人間であるなんて本当に認めたくなかった。
「ふふふ。ほら、早く中に入りましょうよ」
「っと、歩ける歩ける!だから、そんなに背中を押さないで!?」
そんな俺の思いを余所に八舞さんが急かす様に背中を押してくる。そして教室の中に入り込んだその時、ポツポツと聞こえてきていた声は掻き消え、クラス中から湧き上がる歓声が降り注いできたのだ。
「待ってたぞ!勇者ー!!」
「身体はもう大丈夫なの!?もう学校来て大丈夫?」
「八舞さんを助けるとか男の鑑だろ。まじ英雄だわ」
皆、俺を称える様に声を掛けてきた。何?俺の知らないところで何があったの!?
訳が分からない俺は八舞さんの方を見る。すると彼女は誇らしげな顔で、
「だから言ったじゃないですか。車に轢かれそうになったワタシを身を挺して助けてくれたって。皆にもそう伝えたんですよ?」
「いや、聞いてない聞いてない!?そんなこと一言も聞いてないから!?」
クラス中のほとんど全員が席を立ち駆け寄ってくる中、俺は必死に助けを求めた。こんなに目立つなんて生まれて初めてのことだ。だからパニックに陥っていた。誰でもいい、俺を助けてくれ!!
そんな時、俺の想いが通じたのか廊下から手を叩く音が聞こえたのだ。
「はいはい、皆席に着きなさい。騒ぎたい気持ちも分かるけど、神谷君が困ってるでしょ。それにもう朝のHRの時間なこと忘れないように」
20代中頃だろうか。スーツが似合うゆるいウェーブがかかった長い髪のスラリとした女性だった。ここ3組の担任だろうか。
「神谷君も事故に合ったばかりなのに大丈夫?身体がまだ痛む様なら休んでもらっても構わないのよ?」
「いえ、大丈夫です!ほら、俺って身体が頑丈なので怪我らしい怪我負ってないんですよ!」
と、その場で飛び跳ねて元気な証拠を見せる。すると担任であろう女性は安心したように顔を緩ませた。
交通事故に合って身体が頑丈での一言で納得するのもどうかと思ったけど、言い訳をしようにもこれ以外思いつかなかったから疑問を持たれないで良かったよホント。
「それならいいのだけれど。もしも身体に異変を感じたらすぐに言うのよ?ほら、神谷君も席に着きなさい。後ろに2つ空いている席があるでしょ。八舞さんの隣の。好きな方に座っていいわよ」
「あ、はい。分かりました」
言われるがまま教室の最後尾を見てみる。すると確かに窓際に空席になっている二席が見えた。窓に面している端の席とその隣の二席。窓に面していない方の席の隣には八舞さんが座っており、笑顔で手を振っているのが見えた。
一番端の席にしようかと思ったんだけど、何かの縁だし八舞さんの隣にしようかな。そもそも、何で席が2つ空いているんだろ。欠席した人がいるわけでもなさそうだし……
「ふふ。これから宜しくです、神谷君」
「うん。こちらこそよろしく八舞さん」
席に座るとさっそくと言うべきか小声で話しかけてくる八舞さん。縁があったから話しかけてくれるんだろうけどやっぱり可愛いな……
「はーい、皆席に着いたところでHR始めるわよ?昨日皆には話してるんだけど、神谷君や同じく遅れて聞けていない部分がある八舞さんもいますのでまた説明することにします。が!」
が?まだ名前も知らない先生は俺達の為に再度昨日話したことを言うのだと思ったのだけれど、一旦話を止めて意味深気に言葉を止めてしまった。
周りを見回すとザワザワとした雰囲気が広がっているので皆もこれから先生が言う言葉には思い当たることがないのだろう。
「実はこのクラスに転入生が入ることになりました。だから、その説明は転入生の挨拶をしたあとにすることにします」
転入生!?高校生二日目にして?何で昨日来なかったんだ?二日目なんて中途半端な時に転入するなんて何か変だ。
「誰なんでしょう?神谷君以外にもう一席空いていたので気になってはいたんですけど」
「転入生用の席だったってことなのかな?俺の隣って昨日も空いていたの?」
「いえ、それがワタシが昨日先生から案内されたときはワタシが座っているこの席と神谷君が座っている席の二席しか空いてなかったんですよ」
んー?ということは昨日の時点ではこのクラスに転入生が来ることにはなっていなかったというんだろうか。不思議なこともあるもんだな。
「はーい、皆騒がないように。じゃ、時間もないので転入生を呼ぶわね。ほら陽伊奈さん入ってきなさい」
『はい』
先生の呼び声に廊下から声が聞こえる。扉を通してだからくぐもった声だったけどどこかで聞いたことのあるような……しかもここ最近で。
だが、その理由はすぐ分かることになった。
閉じられていた扉が開かれる。そこには女子生徒が立っていた。日本人としては珍しいというより見たことがない美しい銀髪。だが、西洋顔ではなく見慣れた日本人としての顔をしていた。
腰まで届くであろう長いストレートの髪をなびかせてゆっくりと檀上へと上がっていく。
そして、口を開いて挨拶をし出したその少女に対して俺は時を忘れるほどの驚きを感じることになったのだった。
「陽伊奈茉子です。中途半端な時期に入ってきたボクですが、皆気にすることなく接してくれると嬉しいかな。宜しく頼むよ」
「――――!?」
その声色。そして口調。それは俺の脳内に数度響いてきた声。そして、昨日俺が死の淵際に聞いた声と同じだったのだ。
唖然とする俺に気付いた陽伊奈は俺の方を見て不敵な笑みを浮かべたように見えた。年相応の女の子が見せる笑みではなく、妖艶の魔女が浮かべる笑みに俺は感じたのだった。
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