第8話 裏ギルドは笑顔であたし達を迎えた

トラディショナル・コーナー・イン有無を言わせぬ買収行為

「な、何だ急……に?」


 あたし達は、裏ギルドへ向かうため、街中でさっそくある一人の男を――

「買収、完了」

 ――した。


 すると、買収された男はあたし達に親し気に微笑みかける。

 髪の毛が一本もないツルツルヘッドの筋肉男は、スライム純100%のゴーレムの様だ。


「どうしたお嬢さん方? 御用があるならなんなりと言ってくれよなあ!」


 がははと豪快に笑う彼に、リコリスがさっそく質問を投げた。


「あのさ、あたし達裏ギルドに行きたいの! あんた、案内してくれる? というか、そもそも裏ギルドの場所を知っているのかしら?」


「知ってるも何も、お嬢さん。この辺りで悪いことしようってんなら、そこを知ってねぇと殺されちまうよ」


「ならあんた、裏ギルドを仕切ってるボスにも会ったことあるか?」


 あたしが訊ねると、男は申し訳なさそうにする。


「あー、それはねぇんだ。すまねぇな気の強よそうなお嬢さん。その方に会えるのは裏ギルドの幹部の中でも一握りだよ」


 その答えを聞いて、あたし達は顔を見合わせた。


「やはり、そう簡単には会えないのでしょうか」

「まあ、んな簡単に行くとも思ってなかったけどな」

「ひとまず、裏ギルドに行ってから考えましょう? 幹部でないと会えないならその幹部を買収すればいいのよ」


 そんな前向きな考えで、あたし達はスライムゴーレム男の案内で裏ギルドへと向かった。





「ここだよ、お嬢さん方」


 スライムゴーレム男が案内した先には『牙商会』と書かれた看板が掲げられた石造りの城のような屋敷があった。


「ここが?」


 裏ギルドというからもっと薄暗くじめじめしていた場所を想像していたのだが、ここは往来のど真ん中だ。

 それこそ、商業ギルド……いや、冒険者と言った方がしっくりくるような場所だった。

 あたしの中の違和感は疑問へと変わり、つい目線をアルテナへと向ける。

 すると、アルテラはふるふると首を振って見せた。

 どうやら、彼女にも想定外のことらしい。

 直後、アルテラはスライムゴーレム男に疑問をぶつけた。


「あ、あの! ここは、商業ギルドなのでは? 牙商会と言えば、この街でも1、2を争う商業ギルドってことくらいあたしでも知っていますっ」


 だが、困り声で訊ねたアルテラを、彼はがははと豪快に笑った。

 そして、あたし達三人にごっつい顔をよせ、小声で語り始める。


「気の弱いお嬢さんは知らないだろうがな。商業ギルド『牙商会』ってのは裏ギルドの表の顔だよ。その真の姿はならず者達を従える裏ギルド『牙』って訳よ」


「つまり、この外観もカモフラージュの一種ってことね」


「おうよ。普通の商業ギルドとしても活動してるがな。この建物の一階に受付があるんだが、それとは別に上の階にもう一つ受付がある。そこが俺達ならず者用の受付って訳だ」


「上の階? 地下とかじゃなくて?」


「ああ、そうだ。この街で牙商会の息がかかってない場所なんてねぇ。警備兵も含めてな。つまり、裏ギルドなんて名が付いちゃいるが、実際はこそこそする必要なんてねぇのさ。それが、ここの『力』よ」


 そう言ってスライムゴーレム男はまるで自分のことのように自慢げに口元を歪め笑った。


「それじゃ、中に入るぜ」


 あたし達は彼の後ろをついて歩き、裏ギルドへと足を踏み込んだのだ。





 中に入り、上の階へと続く階段を登り切るとあたしはなるほどと納得した。

 一階にいた人達の頭上には、4万や7万といった額が並んでいた。

 だが二階、スライムゴーレム男の言う裏ギルドの受付に着くと途端にそれが跳ね上がった。

 玉石混交ではあるが、20万という額もあれば6000万、更には一億以上の数字を頭上に並べる荒くれ達がそこらかしこにたむろしている。


 下の階は商人が、そして上の階にはならず者が集まっているのだ。


 そんなならず者エリアを、リコリスは強気にもズカズカと受付へと歩いて行った。


「お、おい! お嬢さんっ!?」


 困惑するスライムゴーレムをよそに、リコリスは受付のカウンターをだむっと叩く。


「あら? 可愛いお客様。ご用件はなんでしょう?」


 受付嬢のお姉さんがにこにこと挨拶をすると――


「あのね! あたし達ここを取り仕切ってる人に会いたいのっ。裏ギルドのボスにね」


 ――リコリスは、実に積極的に裏ギルドにアプローチした。


 その瞬間、スライムゴーレム男とアルテラの顔が真っ青になる。

 それと対照的に、受付嬢のお姉さんはずっとにこにこしていた。


 そして、見てあたしはぞっとした!


「こらこらっ! お嬢さん! あんまりにも無理がある!」

「そ、そうですよ! もっと穏便に行きましょう!」


 アルテラとスライムゴーレム男がリコリスに駆け寄るが、彼女は存外図太い。


「な、何よ? だから受付嬢さんに取り次いでもらおうと――」


 だが、そんな幼馴染にだからこそ、あたしは大声で警告した!


「いいからっ! そこを離れろ! リコリス! その女、マジでやべぇぞ!」


 急に声を張り上げたせいか、あたしは周りの注目を集める。

 びくっと驚くリコリスをはじめ、泣きそうなアルテミや困惑するスライムゴーレム男、そして数多のならず者達の視線を浴びた。


 そんな状況で、未だにこにことしている受付嬢を、あたしはにらみ付ける。


「あんた、一体何者だ?」

「と、言われましても……一介の受付嬢ですが?」


「やべぇなぁ。そんな笑えない冗談初めて聞いたぜ? あんたみたいなのが受付嬢? それにしちゃ、ずいぶん強そうだ」


 あたしの目に映る受付嬢は、一見細身で慎ましく笑顔を絶やさない、親切そうな女性だった。


 だが、その頭上に視線を向ければ、あたしには彼女がドレスを着たデーモンに見える。


彼女の頭上には、3億2000万という数字が表されていたからだ。

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