第7話 盗賊達に囲まれた
それは、アクスハントに着いた直後のことだった。
「よぉねぇちゃん達、ここらを女だけでうろつくのは危ないと思うぜぇ?」
「そうそう。せめて、つよーい用心棒を一人や二人は連れておかないとなぁ」
「そうだ。なんならよお、俺達が雇われてやろうか? 金払いの良い客とあんたらみたいなかわいい子なら、俺たちゃ大歓迎だぜ」
「そりゃいい。それに、あんたらみたいな上玉なら金がなくたってやりようは山とあるしな」
気付けば、あたし達は腐ったミックスベジタブルみたいな各々個性がある盗賊の集団――二十人あまりに囲まれていた。
「ち、チーノさぁん」
ガタガタと震えるアルテミにしがみつかれながら、あたしは彼らの頭上を見る。
20万、17万、16万、21万、26万……なるほど、英雄って玉の奴はいねぇが、雑魚と一蹴するには少々粒ぞろいだ。
あたしは思わずため息を吐いた。
「ダメだったの?」
「ああ、それなりには強い連中だが、100万にすら及ばねぇ。アンリエットにでこピン一発もらえば死ぬような奴ばかりだ」
あたしの言葉を聞くと、リコリスは「ふーん」と鼻を鳴らして困り顔で盗賊達を見回す。
「で、どうするの?」
「雇っても使えないなら意味ねぇ。トラブル解決料だけ払ってお帰り願おうぜ」
すると、盗賊達はゲラゲラと酒やけしたホビットのような声で高笑いした。
「何だいねぇちゃん達、雇わず金だけ払ってくれるって?」
「そいつは気前がいいな、だがよ、俺たちゃ高くつくぜぇ」
「そうそう。嬢ちゃん達には払えねぇよ」
盗賊達に嘲笑を浴びせられたあたしは、ヒュドラに一斉に唾を吐きかけられたような心境だ。
「あいにく、金ならたっぷりあるよ。言ってみな。あんたらいくらで大人しくなる?」
あたしが低く声を震わせると、盗賊の一人が不機嫌そうに顔を歪め、口を開いた。
「言ってくれるじゃねぇか嬢ちゃん。なら一人あたり100万イェンだ。それでこの街にいる間はあんたらを見逃してるよ」
「……いや、それじゃ高いな」
あたしがぼそりと呟くと盗賊は「何?」と訊き返す。
「一人100万じゃ、お前らには高すぎるって言ったんだ!」
次の瞬間、あたしは盗賊達の足元を見ながら、足し算を始め、札束の入ったかばんに手を突っ込んだ!
このトラブルを解決するには締めて200万イェン。
業突く張り共が、いらないところで金を使わせてくれるっ!
「
あたしは叫び、札束を石のように盗賊達に投げつけ始めた。
「なっ、何しやがるて……めぇ?」
「金ぶつけるなんて頭おか……し、あぇ?」
喧嘩腰だった盗賊達は、札束がぶつかった奴からおとなしくなっていく。
そして札束を投げ続け、あたしは最後の一人にぶつけ終わった。
「はぁはぁ……少し疲れた。が――」
あたしはすぅっと息を吸い、呼吸を整える。
「――買収、完了」
その後、あたし達は呆ける盗賊達からそそくさと離れた……のだが。
この後も同じような盗賊、傭兵、酔っ払いの集団に幾度となく絡まれ、気付けば1000万イェンは無駄に浪費していた。
◆
「キリがねぇ!」
リコリスの提案で人の目が多い場所に逃げ込もうと入った飲食店、そのテーブルで、あたしは吠えていた。
「予想外に出費がかさんだわね」
「これじゃあ本当にこの街に金をばら撒きに来ただけじゃねぇか」
「うっ、すみません。私が余計なこと言ったばかりに」
予想外の出費と英雄を見つけられなかったというマイナスからのスタート。
あたし達三人は各々苛立ちや不安を抱えながら顔を突き合わせていた。
しかし、そんな中で、リコリスはいち早く平静さを取り戻す。
「でも、確かにこの街には強い人が多いわ。前向きにいきましょ? 今考えるべきは、雑魚と遭遇することなく、アンリエットに匹敵する強さを持つ人間を探すこと。アルテミのおかげでお金が増やせるとは言え、この前みたいに、強い人を見つけたその場でお金が足りないなんてことだけは避けたいもの」
「それはわかるけどよぉ……なんか考えがあるのかよ?」
「一つだけ……ね」
ふてくされながら言うあたしに、リコリスは妙な間を空けてから口を開いた。
「裏ギルドを、仕切っている人に会いに行きましょう?」
その途端、ガタンッとアルテラが椅子ごとひっくり返った。
そしてすぐさま起き上がり、痛いも言わず、涙も見せずリコリスに詰め寄る。
「ほ、ほほほほほんほほ本気ですかっ!?」
「もちろん」
「裏ギルドを仕切る人に会うだなんて! こ、殺されるかもしれませんよ!?」
「でも、中心人物の周りには腕利きの人間がいて然るべきでしょ?」
「その腕利きの人に殺されちゃうかもしれませんよ!?」
「大丈夫よ」
そう言って、リコリスはにやりと笑いあたしに目を向ける。
「チーノに買えないものはない。裏ギルドのボスだって、値段がついているのなら、この世界だって買えるわ。もちろん、アルテミ? あなたが協力してくれるならね」
これを聞いて、アルテミは「うぅっ」と唸りながらも口を閉じた。
そしてあたしは、そんなマジでやべぇ啖呵を切って見せた幼馴染につい笑みがこぼれる。
本当は自分だって怖いんだろうに。
だからこそ、リコリスの言葉にあたしは覚悟を決めた。
「よし、行ってみるか。あたし達は魔王と戦う英雄を買おうって言うんだ。なら、街一つ収める人間くらい買収できねぇとな」
テーブルから立ち上がるあたしを見て、リコリスは「そうこなくっちゃ」と笑う。
アルテミも……。
「私! どうなっても知りませんからねっ!」
どうやら観念したようだ。
こうして、あたし達は裏ギルドの買収に乗り出したのだ。
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