第6話 そして、あたし達は旅立った
「はあぁ……お腹いっぱいになりました」
アンリエットは口元を拭うと、すっくと立ち上がった。
「おねぇさん達、今日はありがとうございました。それでは」
「なっ――」
テーブルから去ろうとするアンリエットを引き留めようとして、あたしは言葉を飲みこんだ。
今、あたしは彼女を買収できない。
アンリエットの頭上に浮かぶ5億という数字を見て、あたしは唇を噛んだ。
あたし達に与えられた軍資金は1億5千万イェン。
これをアルテミの力で5億まで増やすことはできるが、それだって一朝一夕でできるものではない。
現状、あたし達にはあの未来の魔王とも言うべき幼女を止められないのだ。
アルテミが悲痛そうな目であたしを見つめ、リコリスは不安そうにアンリエットの背中を見送る。
あたし達はなす術もなく、ただアンリエットが王都の人混みの中へ消えていくのを見ているしかなかった。
◆
その後、下宿先に戻るとあたし達は一斉にベットに倒れ込んだ。
「あたし、千載一遇のチャンスを逃した……」
「しょうがないよ」
「ごめんなさい。私が先にお金を増やしていれば」
「だから、しょうがないって」
5億の幼女、アンリエット。
今日、彼女を買収し、仲間に引き込めなかった大きな失態にあたし達は各々落ち込んでいた。
だが、その中で一人、がばりっとリコリスがベットから起き上がる。
そして、彼女はぐいぐいとあたしとアルテミの背中を強くゆすった。
「二人とも、落ち込んでられないよ! お金、お金を増やそう。次、こんなことがないように」
その言葉に、アルテミは勢いよく体を起こし、ぐしぐしと目元を拭う。
あたしもむくりと上体を起こして「わかってるよ」とこぼした。
その後、アルテミは翼から羽を散らかすコカトリスのような勢いで、次々とお金を増やしていき、あたしとリコリスは彼女が増やしていく大量のお札を片っ端から整理した。
◆
翌日。
ひとまず、アルテミは軍資金を5億イェンにまで増やした。
そして、あたし達は十分な軍資金と共に旅の決意を新たにするのであるが。
「で、これからどうするの?」
リコリスはかばんの中に札束をしこたま詰め込むアルテミとあたしに向かって、そう問いかけた。
あたしはそれに札束を押し込みながら答えていく。
「できれば、アンリエットを追う。で、この金で買収する」
しかし、その返答にリコリスは首を振った。
「ダメ。たぶん、今からじゃあの子には追いつけないと思うわ。それに、アンリエットは魔王を討伐しに行くと言っていた。最悪の場合、彼女との再会の場は魔王とアンリエットの戦場なんてこともあり得る。それに、次に会った時、彼女と戦闘になるかもしれない。そうなったら、
そう語ったリコリスの言葉に、あたしは次にどうするべきかを気付かされる。
「なら、先に頼れる仲間を買収しないとだな」
「ええ。それも魔王、そしてアンリエットに敵いうる英雄をね」
あたし達は互いの顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
「でっ、どうしょうか? とりあえず一億越えの人達を片っ端から買収していくのもあり?」
「私も、初めはそれでいいと思っていた。でも、アンリエットと出会った今、一億越えくらいじゃ彼女との実力差がありすぎて、何人いても相手にならないかもしれないと考えてるの」
「なら、もっと強い奴を探さないとだな」
「でも、この王都にはわりと滞在しているけど、2億に届くような人は一人もいなかったわよ?」
「どこか、他の場所を探さないとか……」
そうして、あたし達がうーんと頭を抱え出した時。
「あ、あの! 昔、私が住んでいた街に行ってみませんかっ?」
おずおずと手を挙げながら、アルテミがそう提案した。
「アルテミの住んでいた街?」
「はい。王都から少し南に向かった所にある。アクスハントという街です。巨大な商業ギルドがあることで有名なんです」
「商業ギルド? そこには何があるって言うのよ」
リコリスが首をかしげると、アルテミは再び口を開く。
「えっと、実はアクスハントにはもう一つ裏の顔があって、あの街には無法者達によってつくられた裏ギルドがあります。盗人や傭兵、様々な荒くれ者が集い、裏ギルドの作り上げた秩序によって暮らす、闇の統制がとれた街なんです。怖い人がたくさんいたので、もしかしたらチーノさんの目に適う人がいるかもしれません」
どこか緊張しながら話すアルテミの言葉に、あたしは彼女の言う裏ギルドの脅威を想像する。
そして、賭けてみても良いかもしれないと思った。
「裏ギルド。一度、行ってみるか」
「わかったわ。じゃあ、次の目的地はアクスハント、裏ギルドね」
リコリスの声にあたしは頷き、アルテミはごくりと唾を飲み込んだ。
こうしてあたし達は、アルテミの住んでいた街アクスハントを目指し、裏ギルドに所属する強者を求め旅立った。
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