第5話 幼女は高らかに宣誓した

 あたし達は今、5億の幼女と一緒に食事をしていた。

 いや、5億の幼女を接待していると言って良い。

 あたし達が囲むテーブルには彼女の好物であるチキンやお菓子が様々並べられている。


「これ、本当にたべていいんでっす!?」


「いいのよ、たくさん食べてね。おねぇちゃん達はアンリエットちゃんみたいな可愛い女の子と一緒にご飯が食べたかったの」


「そうだぞ。あたしとリコリスはアンリエットみたいな妹が欲しかったなぁといつも話してたくらいだ」


 そして、あたし達は5億の幼女もといアンリエットを手懐けようと優しく話しかけ、まるで小動物に這い寄るラミアのようにすり寄っていた。


「そ、そっかなぁ……あてくし、照れちゃいますでっす」


 そんなこととはつゆ知らず、アンリエットはにこにこと照れ笑いを浮かべながら、好物のチキンにかぶりつく。

 その様子をどこか申し訳なさそうにして眺めているアルテミだけが、唯一あたし達にとっての良心だった。


「ところで、もしかしてアンリエットってすっごく強いんじゃないか?」


 ご機嫌にチキンを頬張り、もぐもぐと口を動かすアンリエットにあたしはそれとなく訊ねてみる。

 すると、アンリエットは謙遜する様子もなく、にこにこと天真爛漫に答えた。


「強いかどうかはわかんないでっすけど、周りの人よりもちょっとばかりがんじょーな体だと思いまっす。くっきょーな体に産んでくれた両親に大感謝なのでっす」


「どういうこと?」


「実はあてくし、人間? と、モンスターとの間にできたこどもなのでっす」


 その一言に、あたしとリコリスはぴしりと固まる。

 モンスターと人間が結ばれ、子を授かる。

 それは聞かない話でもないが、どちらかと言えば悲劇として語られる類の話だった。


 でも、目の前の幼女は悲しそうでもない。


 むしろ、アンリエットは喜々として語りながらも照れくさいと言わんばかりだ。


「それは、その……例えば、サキュバスと人間のハーフとか?」


 リコリスが恐る恐る訊ねる。

 その途端、アンリエットは小さな手を広げ、指折り数えながら言葉を紡いだ。


「えっと……確か、あてくしのご先祖様……人間のひいひいおじいさまがハーピーとの間に子をつくって、そのハーピーハーフのひいおばあさまがオーガとの間にこどもを産んで、そのオーガハーフのおじいさまがラミアとの間に子をつくって、そのラミアハーフがサキュバスとの間に作った子があてくしでっす」


 まるで詩でも読むようにつらつらと語るアンリエット。

 その後、彼女はやわらかく愛らしい顔をまるで悪魔のように歪めてにぃっと笑った。


「えっと、つまりたぶんあてくしは16分の1人間の血が混ざったくっきょーでがんじょーな人間もどきでっす」


 ついに、あたしとリコリスはぴくりとも動けなくなった。

 下手をすれば、心臓の動きだって止めてしまいそうだ。

 そして、この幼女の強さ――あの買収額5億の数字の理由が分かった。


 この幼女は複数のモンスターと人間のシェイカーカクテルみたいなものなのだ。


 人間とモンスターの混血種……様々なモンスターの強い血を幾重にも受け継いだ、人の形に姿をとどめているだけのモンスターなんだ。

 今さらながら、あたしはこの幼女に声をかけたことを後悔した。

 だが、そんな中。


「へぇ、アンリエットさんのご家族はすごいですね!」


 アルテミだけは、未だに目の前の幼女を普通の女児であるかのように扱っていた。


「あ、ありがとうございまっす」


 すると、アンリエットは歪めた口元を緩め、嬉しそうににぱっと笑う。

 あたしとリコリスはというと、目の前で行われた会話に耳と目を疑った。


「あのあの、あてくしの家族、ご先祖様は種族に囚われることなく、この世界に生きる者同士で愛をはぐくんできた愛の先駆者だと思うのでっす。でっすので、あてくしもそのように生きていきたいと考えているのでっす」


 そう言って、アンリエットは赤面しながら照れ隠しとばかりに再びチキンにかぶりつく。

 その途端、あたしの中でアンリエットに対する恐怖が薄まった。

 もしかしたら、この子はあたし達と同じ側で戦ってくれるかもしれない。

 愛の先駆者……その人(モンスター)達の子を名乗る彼女ならば、共に生きていくことができるかもしれないと、思った。


 しかし――


「ところで、アンリエットさんはどうして王都にいらしたのですか?」


 ――アルテミがふとそんな質問をした時、あたし達は再び戦慄することになる。


「はい! あてくしは遠征中のみでありまして、いわばここはその道中に立ち寄ったのでっす」


「遠征、ですか?」


「その通りでっす。あてくしは、この王都から西に現れたと言う魔王の討伐に向かっているのでっす」


「なっ!?」

「えっ!?」

「そんなっ!?」


 一同に驚愕するあたし達はまるで臆病者のケルベロスのようだった。

 そんなあたし達に、アンリエットは宣誓するように声高らかに告げる。


「あてくしは必ずや魔王を討伐し、新たな魔王となってこの世界を収めるのです。愛の為に!」


 その瞬間、あたしはマジに本気でガチやべぇと改めて確信する。

 ごくりと生唾を飲み、こう考えた。


 絶対に、この幼女は買収しなくてはならないと。

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