第4話 幼女は見た目に寄らなかった
風呂に入り、髪を結い、綺麗な服を着せてみると、アルテミはボロ布をまとったボサ髪少女から、容姿までも天使へと変化した。
そして、あたしとリコリスはそんなアルテミを間に挟んでぽんやりと見惚れながら歩いている。
「あ、あの……お食事をするのですよね」
前髪を分けたせいか、恥ずかしがる彼女の顔がよく見える。
今、少し俯いたくらいではとてもアルテミの表情は隠せない。
「私ばかり見られましても、ど、どうすればいいか困ってしまいますといいますか……まえを――前を見て歩かれた方が良いと思ったりしたりするのですが……」
「大丈夫大丈夫。私にはこの辺の飲食街は庭のようなものだから。目をつむっても歩けるよ。目をつむるつもりはないけど」
「だそうだアルテミ、諦めろ。ちなみに、あたしもお前から目線を逸らすつもりはないぞ。フリフリがよく似合うなぁお前は」
「うぅ、これじゃメドゥーサの視線を浴びて石になる方がマシですよぉ恥ずかしい……」
と、言う具合にあたし達はアルテミをからかいながら道中を楽しんでいた。
しかしこれも、考えてみればある種の反動だったのかもしれない。
何故ならあたしとリコリスは、まだ彼女に自分達が何者であるのか、何を目的としているのかを話していない。
それらは食事をしながら、落ち着いて彼女に伝えようと考えていたからだ。
だから、こんなに和気あいあいとしてられるのは今が最後かもしれない。
あたし達は、人にお金をぶつけて歩く金持ちな道楽娘ではなく、父王陛下の命を受け、それを英雄の買収をもって実現させようとする魔王討伐隊の編成者なのだから。
◆
「つまり、お二人は王族と貴族で、王の命令で魔王討伐に挑まれる勇者様なのですか?」
口に食べかすをつけて驚愕するアルテミ。
リコリスはそんな彼女の口元を布で拭いながら「まあ、だいたいそうよ」と肯定した。
すると、アルテミは口元をぐいぐいと拭われながら、感心したように頷く。
それがどことなく放心気味に見えて、あたしは念を押すつもりで彼女に言い聞かせた。
「アルテミ。あたし達には魔王と戦える勇者を買収するために、お金が沢山必要なんだ。だから、アルテミにはあたし達の持ってるお金を増やしてほしい。もちろん、アルテミをこき使ってたやつらみたいにひどい目に合わせたりしないって誓う。だから、あたし達に協力してほしいんだ」
するとアルテミは、にっこりと微笑んだ。
「もちろん、協力は惜しみません。私を救ってくれたお二人を信じます。使い方を誤ればひどい悪行となるこの力。魔王討伐と言う大義に活かせるのならば喜んでお引き受けします」
「アルテミ……」
「アルテミさん」
「それに、私を仲間だと言ってくれたお二人です。私は全身全霊でご一緒すると誓います!」
そう言って、アルテミは私達を受け入れてくれた。
それはとても嬉しい。
しかし、あたしの中に一つの疑問が残る。
「でも、どうしてアルテミは買収できないんだろう?」
アルテミの頭上にふよふよと浮かぶ『買収不可能』の文字を見て、あたしはため息を吐いた。
「不思議よね。それって、私にも見えるんでしょう?」
訊ねるリコリスにあたしは頷き、そっと彼女の頭上を見る。
そこには5万イェンという数字が浮かんでいた。
幼馴染で親友と言えど買収額は表示される。
彼女を買収したことはないけど、どんな人であれ、お金さえあればあたしに買収できない人はいないと思っていた。
「普段はさ、どんな人間でも肉体的だったり、戦闘力的な強さに応じて金額が見えんだよ。赤ん坊にだって見える。足元のトラブル解決に必要な金額は、何も起きてない時は見えないこともあったんだけど、アルテミみたいなのは初めてだったなぁ」
あたしは自分の能力を再確認する意味を込めて辺りをぼやっと見渡す。
すると、店内にたくさんいる客達の頭上にばっちり数字が見えた。
次の瞬間――
「今だって、数字が見えないのはアルテミだけっへぇ!?」
――あたしは驚愕して首の締まったセイレーンみたいな声を出す。
そしてそのままガタリと椅子を倒して立ち上がった。
「ま、まじやべぇ……」
あまりのことに、自分の目を疑った。
「ど、そうしたのよチーノ!」
「何かあったんですかっ!?」
あたしの様子を見て不安そうにする二人の視線を背中に感じながら、あたしは店外を目指して走り始めた!
そんなあたしの後を、二人は訳も分からず追ってくる。
「ちょっとチーノ! なんか言いなさい!」
「すげぇ奴がいた! 今、店の外に! 窓の向こうに5億って書かれた奴を見た!」
「そ、それって、買収額がっ!?」
「5億イェン級の強さってことですかっ!?」
あたしは頷き、だらりと汗をかいていることに気付く。
5億なんて強さの人間にはあったことがなかった。
1億を超える人間だって珍しいのに。
城の中で最強と言われた兵士でさえ、2億を超えなかったのに。
だからあたしは、魔王討伐隊のメンバーを集めるにあたり最低ラインのボーダーを1億越えと決めていたのだ。
なのに、そんなボーダーラインを羽の生えたオーガみたいに軽々と超えてくる奴が、すぐそばに居るのだ。
正直、どんな人間かまったく想像できない。
あたしは、そいつと目が合った瞬間に絶命することも視野に入れながら、店の外へ出た。
キョロキョロと辺りを見渡すと、店外の飲食スペースに5億の数字を見つける!
一体、どんな羽付きオーガ野郎がこんな金額を背負って悠長に飯を食っているのかと視線を下げ――あたしは、再び驚愕した。
「ん? あの、おねぇさん達……あてくしに何か御用でっすか?」
予期せぬ5億の正体に話しかけられ、思わずあたしは固まってしまう。
立ち尽くすあたしの肩をリコリスが掴んで揺さぶった。
「ちょっとチーノ! この子なの!?」
「あ、ああそうだ。こいつ、バカにやべぇぞ」
自分の目を疑った……アルテミの買収不可に続き、今度はありえない相手に破格の金額が見える。
自分の能力は、変になったのだと思った。
今、あたしの目の前には『5億イェン』と言う数字を頭上に浮かせ、口の周りをべったりとソースで汚してパスタを頬張る幼女がいた。
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