第3話 天使は実在した

「お前、他人のお金が増やせるって本当か?」


 自称お金を増やせる少女をあたし達は下宿先に連れ帰り、尋問じんもん真っただ中だった。


「は、はい! 本当です」

「でも、そんな便利な能力を使えるのにどうしてそんなにみすぼらしい恰好を?」


 服装を指摘されると、アルテミは恥ずかしそうに身を縮める。


「ばーか、リコリス。アルテミはあの変な男達に捕まってたんだぜ? けち臭そうな顔してやがったからな。あいつら、てめぇらだけで金使ってこいつには1イェンも渡さなかったに違いねぇよ」


「それは、そうなのですが……」


 リコリスは「それにしても」と呟いて頬に手を当てた。

 すると、おずおずとアルテミが口を開く。


「あ、あの……確かにあの方達にはお金を取られるばかりだったんですが、実はそれだけじゃなくて……あたし、増やせるお金は他人のお金だけなんです」

「他人の?」


 あたしとリコリスの頭上に『?』マークが飛び回る。

 アルテミはこくこくと頷いてぼさぼさの髪を揺らしと、ぼろ布のような服から10イェン硬貨を取り出した。


 その後、何もない手の平に10イェン硬貨を握りしめ。


「い、いきます」


 縮こまって「ぐぬぬぬ」と何やら気張り出した。

 その姿はまるで便秘に苦しむコロポックルみたいだ。

 しばらくして「はぁはぁ」と息を荒げたアルテミがあたし達に手のひらを開いて見せる。

 そこには、何も変わらぬ10イェン硬貨と、悪臭を放つ人魚の鱗のような何かがあった。


「な、なんだよこれ」


「自分のお金を増やそうとすると、こんなゴミみたいなのしかできないんです。それに、時間もかかって」


「じゃあ、私達のお金なら増やせるのですか?」


 そう言ってリコリスはアルテミに100イェン硬貨を差し出す。


「あ、はい。簡単に」


 アルテミは受け取った100イェン硬貨をもみもみと4回ほど揉むと、ぱっと手を開いた。

 その途端、あたし達は目を見開くことになる。


「なにっ!」

「ほ、本当ですかっ!」


 アルテミの手の中には5枚の100イェン硬貨があった。


「これで、信じていただけるとありがたいのですが」

「信じる信じる! まじやべぇよアルテミ!」

「これは、驚きましたわ……」


 目の前で起きた驚愕の出来事に、あたしはぐーんとテンションがあがり、リコリスは驚きで開いた口が塞がらないようだ。


「なあなあ! これって、10万イェン札でも同じように増やせるのか?」


「あ、はい。宝石はダメだったんですけど、それがお金であるなら1イェン硬貨でも10万イェン札でも例外なく増やせます」


「今まで、街のチンピラにだけ利用されていたことが信じられない超能力ね、これ」


 おずおずと語るアルテミを見て、リコリスは呆れとも感嘆とも取れる声で言った。


「それはその……あの人達に捕まってる間、嘘をついていたので……」


 苦笑いするアルテミに、あたしは「嘘?」と疑問を返す。

 彼女はこくりと頷いた。


「あたし、嘘ついてたんです。紙幣は増やすことができないって」

「よく、信じさせることができましたね」


「紙幣なら増やすふりをして破ることで失敗するふりができたましたから……それに、信じてもらえるまで頑張りました。どんなひどいことされても、たくさんお金を増やせたら、もっと怖い人に捕まると思ったから」


 そう言ってアルテミはきゅっと口を閉じた。

 過去に、あのガリタウロス(やせ細ったミノタウロス)共にひどく扱われたんだろう。

 あたしは胸が熱くなり、気付けばアルテミを抱きしめていた。


「そっか……つらかったんだな。お前、よく頑張ったよ」


 そんなあたしに、リコリスも続いてくれる。


「アルテミさん。あなた見た目よりもずっと強くて素敵なレディですね」


「そ、そんなぁ、ぐすっ、私――だめっ、涙が……うぇっ」


 今のあたし達は、卵を温める美しいハーピィの様だろう。

 しばらくの間、ほろほろと瞳から美しい涙をこぼすアルテミに、あたしとリコリスは寄り添い続けた。


 そんな中。


「でも、どうして私とチーノには本当のことを教えてくれたんです?」


 ふとリコリスが訊ねると、アルテミはぐしゃぐしゃになった顔をほころばせて答える。


「だって、お二人は見ず知らずの私を助けてくれた、天使みたいに優しい人だったから」


 ふわりと、やわらかに笑うアルテミ。


 この瞬間、あたしは確信した。


 彼女こそ、天使と呼ぶにふさわしい微笑みを持つ乙女だった。

 今あたしは、一度は彼女を見捨てようとした自分をひどく責めている。

 それは、リコリスも一緒だろう。

 おそらくあたし達は、蛇の髪を引きちぎられたメドゥーサ並みの痛みを自分達の胸の中に感じていた。


 そして、あたしは決意する。


 アルテミの手を取り、キラキラ光る彼女の目を見つめた。


「アルテミ! 一緒にお風呂入ろう!」


 直後、リコリスの手があたしとアルテミの手に重なる。


「あと、髪も結いに行きましょう! 綺麗な服を着て、おいしいご飯を食べに行くんです!」


 あたしとリコリスは互いに顔を見合わせて頷くと、声を揃えてアルテミに呼びかけた。


「アルテミ! 今からおまえはあたし等の仲間だ!」

「アルテミ! 今日からあなたは私達の仲間です!」


 すると、アルテミは天使の微笑みであたし達に答える。


「わた、私……こんな、そんなこと言っていただいたの、初めてですっ」


 この日、あたし達の魔王討伐隊に破顔の天使アルテミが入隊した。

 非戦闘員の彼女の仕事は、私たちの癒しであることと、お金を増やすことだ。

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