第2話 買えない少女に出会った

「ちくしょう。ダメだ。強そうなやつは皆値段がたけーよ!」


 下宿する宿に戻り、あたしはベッドの上にダイブしてがなった。

 すると、一緒について来た幼馴染のリコリスが隣のベットから話しかけてくる。


「しょうがないでしょ。陛下にきちんと説明しないチーノが悪いんじゃない」


 彼女はきれいな長髪をなびかせ、寝転がりながら上体を起こした。


「あーあ、もっとパパがお金くれればなぁ」


 そんな愚痴をこぼすあたしに、リコリスはくすくす笑ってみせる。


「で、どうするの? 陛下にもっとお金ちょうだいって言いに行く?」

「んなことできるかよぉ。これ、臨時の軍資金だぜ? きっと捻出するのにすっげぇ苦労したはずだ」


 ぶんぶんと首を振るあたしに、リコリスは「だよねぇ」と同意した。


「あーもうっ! いい、めんどくさいことは明日考えよう。今日はもう疲れたよ」


 ごろりと体を丸めると、リコリスはベッドから起き上がって毛布を掛けてくれた。


「お疲れさま。そうね、面倒なことは明日の自分にお任せしましょ」


 そして、あたし達は面倒なことを放り投げたのだ。

 しかし。





 翌日、あたし達はさっそくトラブルにぶつかった。


「は、離してくださいっ」


 今、目の前でみすぼらしい恰好をした少女が二人の大男に腕を掴まれている。

 少女はぼさぼさの髪を振り乱しながらいやいやと体をよじっていた。

 そんな少女を拘束する男達の頭上には7万と6万の数字。

 そして、足元のトラブル解決に必要な金額は互いに20万とあった。


「リコリス、あいつら弱いけど、その割に足元の金額が高いぜ。根が深そうだ」

「そうね。かわいそうだけど、ここはおいとましましょうか」


 と、その場からそそくさと退散しようとした時。


「あのっ! そこのお方! 私を助けてくださいませんかっ!」


 厚かましくもこの小娘はあたし達に助けを求めやがった!


「こらこらこら小娘! いきなりなんだコノヤロー!」

「ひいっ――ごめんなさい! でも助けてくださいっ!」


 ぐいぐいと腕を引っ張られる女の子は悲鳴をあげながら涙を流した。

 それを見てリコリスは同情を誘われたらしい。

 彼女はあたしの耳元に、こそこそと話しかけた。


「ねぇ、流石にこのまま帰ったら後味悪くないかしら」


 これはリコリスの悪い癖だ。

 あたしと同じめんどくさがりなのに、押しに弱いというか情にほだされやすいというか。

 後ろ髪を引かれ出すと、引っ張られたままになる。


「あーもうっ、わかったよ!」


 と、そう言ってあたしは一度リコリスに同意したふりをした。

 そして、あいつら三人の足元を見る。

 男達二人の買収金が高いなら、あの助けを求めてきた小娘の方を買収してしまえばいいのだ。

 そう思って、あたしは彼女の足元を見た。

 だが、その結果驚愕することになる!


「なっ――」


 彼女の足元には、買収金額が表示されていなかった!


「――お、お前! なにもんなんだよっ?」

「チーノッ? どうしたのっ?」

「あの女っ! 足元に買収不可能って出てるっ!」

「えあっ? そんなことってありえる訳っ?」


 彼女の頭上に目をやっても、同じように『買収不可能』と表示されていた。


「こんなこと初めてだ……まじやべぇ、まじやべぇよ」


 あたし達は少女の顔を凝視する。

 すると、彼女はびくっと体を震わせた。


「リコリス、あの女変だ! ちょっと捕まえよう」

「オッケー、チーノ。ちょっと女の子、今から助けてあげるから逃げちゃダメよ!」


 そう言いながら、リコリスはあたしに札束である40万イェンを手渡す。

 その時、女の手を掴む男達が声を荒げた。


「おいおいねぇちゃん達! まさかこの女を助けようって言うんじゃねぇだろうなぁ」

「やめときな! ケガしたくなきゃ帰れ帰れ!」


 やせ細ったミノタウロスのような二人組が叫ぶ中。

 あたしは受け取った札束を男達それぞれに20万イェンずつ投げつけた!


トラデッィショナル・コーナー・イン有無を言わせぬ買収行為


 バシンと言う軽い音を立てて札束は男達にぶつかる。

 すると、彼らは少女の腕を離し――


「おい、行くぞ」

「わかってるよ、急かすんじゃねぇ」


 ――ぶつぶつと言い合いをしながら姿を消した。


「買収、完了……」


 ふっと、ほくそ笑んであたしは髪をかき上げる。


「……へ?」


 その様子を、少女はぽかーんと口を開けて茫然と眺めている。


「よし、これであたし達だけになったな……」

「あなた、何者ですか」


 ぽつりと佇む少女にあたし達はじりじりと近寄った。


「あのっ、わ、私……私はアルテミって言います。あの、私変な能力があって、それであの方達に利用されて」

「変な能力?」ですか?」


 穴が開くほど顔を見つめると、アルテミはぼそぼそとつぶやく。


「あの……私他人のお金を増やすことができるんです」


 この瞬間、あたし達の心はゴーレムにボディブローを打たれたような衝撃に襲われた。


「ま、まじやべぇ……」

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