そしてあたしは『英雄』を買う
奈名瀬
第1話 バーバリアンにぶつかった
あたしは人間の頭上に数字が見える。
それはその人の雇用額である。
「こ、こいつ、雇用額が1億6000万イェンだと!?」
あたしは屈強そうな男から即座に離れた!
くそっ! なんで強そうな奴はどいつもこいつも雇用額が高いんだ!
直後、当り前のことか……と、ため息を吐いた。
そして、あたしは思い出す。
◆
「チーノ、チーノよ。ああ、我が娘よ」
実父である父王陛下に呼ばれ、チーノは国王の
「はい、父王陛下」
「お主も知っておるだろうが、西の都に魔王が出現したと聞く」
「存じております。大陸統一国家である我らのミクス王国。ここ300年の平和を脅かす敵。これは討伐軍を編成し、遠征に向かうべきでしょう」
「だが、魔王軍の強さは正規軍をしのぐと聞く……そこでだ。お主に命じようと思う。我が娘チーノよ、お主は昔から人の強さを見抜く力があったな」
父王陛下の言葉に、チーノはごくりと唾を飲み込む。
彼女は自らの力の全てを実父にすら明かしていなかったが、父王陛下もその能力の断片に気付いていたのである。
「お主のその、人の実力を見抜く目を使い、正規軍より強力な討伐隊を作ってもらいたい。無論、討伐隊が結成した後、正規軍も後に続かせよう。だが、今我らの国に必要なのは軍隊ではなく英雄なのだ。わかるな?」
決意のこもった実父の目に、チーノは心が震える思いだった。
「わかりました父王陛下! このチーノ、必ずや父王陛下のご期待にそう屈強な英雄達を集めてまいります!」
深く頭を下げ、チーノは魔王討伐隊の結成を固く心に誓ったのである。
◆
だが、あたしはさっそく問題にぶち当たった。
それは軍資金の少なさだ。
当然、父王陛下はあたしが旅をするのに十分すぎる資金はくれた。
しかし、あたしの能力に必要な『英雄を従わせるための資金』はくれなかったのである。
「あたしに見える正規軍の一般兵士の平均雇用額がだいたい10万……軍を率いる者となれば6000万程だが、一騎当千の魔王を討伐できる者となればそれ以上。最低でも1億越えの戦士が必要だと思うけど……」
多くの人が集まる王都。
屈強そうな戦士はちらほらと見つかるが、父王陛下より渡された軍資金は1億5000万イェンでは、1人雇うのが精々だ。
あたしはガーゴイルのクソに顔を突っ込んだ気分になった。
その時、どんっと何かにぶつかった。
「なんだいきなりっ」
叫ぶと、むさくさ(むさい、くさい)な男とぶつかっていた。
「あんだぁこのあまぁああああっ」
男はぶんぶんと腕を振りまわしながら、離婚したばかりのバーバリアン張りの
そのとんでもなく不細工な形相を見たあたしは、こいつはまじやべぇっと思った。
「おうおうおう、おうおうおうおう、ねぇちゃーん、誰の肩にぶつかってんだぁ?」
それは、売り言葉に買い言葉。
あたしは挑発的なバーバリアン男にカッチーン。
無い胸を張り、男の汚いでこにでこを押し付ける勢いで迫る!
「誰の肩だあ? あたしは人の肩にぶつかっていたのか! とんでもなくでっかい牛のくそにぶつかったのかと思ったぜ!」
なんて台詞を吐きながら、そっと男の頭上を確認。
雇用額は16万3500イェンとあった。
それを見て、あたしはふんっと鼻を鳴らす。
なんて中途半端な男なんだろう。
こんな男に時間を取られるのもおしい。
あたしは頭をクールダウンさせた。
そして、男の足元へと目線を向ける。
するとそこには180イェンと書いている。
これは、なんとこの男との現在のトラブルを解決できる金額なのだ。
つまり、今この男に180イェンを渡せば、この男は今のトラブルをきれいさっぱり忘れ、何事もなかったかのように彼の日常に戻っていくのだ。
「安っぽい男だな……」
「なんだとおおお?」
あたしはポケットに手を突っ込み、100イェン硬貨を二枚取り出し、男に投げつけた。
「
そして叫ぶ!
その瞬間、硬貨が男の体にぶつかり、男の濁った眼が澄んだ魚のような目になっていく。
彼はついさっきまでの怒りを忘れ、何事もなかったかのようにこの場を去った。
そんなバーバリアン男の背中を見送りながら、あたしはふっと、ほくそ笑む。
「ふっ……買収、完了」
ポケットに手を突っ込み、あたしは静かにこの場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます