そしてあたしは『英雄』を買う

奈名瀬

第1話 バーバリアンにぶつかった

 あたしは人間の頭上に数字が見える。

 それはその人の雇用額である。


「こ、こいつ、雇用額が1億6000万イェンだと!?」


 あたしは屈強そうな男から即座に離れた!

 くそっ! なんで強そうな奴はどいつもこいつも雇用額が高いんだ!

 直後、当り前のことか……と、ため息を吐いた。



 そして、あたしは思い出す。

 父王陛下ちちおうへいかに討伐を命じられた日のことを。





「チーノ、チーノよ。ああ、我が娘よ」


 実父である父王陛下に呼ばれ、チーノは国王の御前ごぜんひざまずいた。


「はい、父王陛下」

「お主も知っておるだろうが、西の都に魔王が出現したと聞く」


「存じております。大陸統一国家である我らのミクス王国。ここ300年の平和を脅かす敵。これは討伐軍を編成し、遠征に向かうべきでしょう」


「だが、魔王軍の強さは正規軍をしのぐと聞く……そこでだ。お主に命じようと思う。我が娘チーノよ、お主は昔から人の強さを見抜く力があったな」


 父王陛下の言葉に、チーノはごくりと唾を飲み込む。

 彼女は自らの力の全てを実父にすら明かしていなかったが、父王陛下もその能力の断片に気付いていたのである。


「お主のその、人の実力を見抜く目を使い、正規軍より強力な討伐隊を作ってもらいたい。無論、討伐隊が結成した後、正規軍も後に続かせよう。だが、今我らの国に必要なのは軍隊ではなく英雄なのだ。わかるな?」


 決意のこもった実父の目に、チーノは心が震える思いだった。


「わかりました父王陛下! このチーノ、必ずや父王陛下のご期待にそう屈強な英雄達を集めてまいります!」


 深く頭を下げ、チーノは魔王討伐隊の結成を固く心に誓ったのである。





 だが、あたしはさっそく問題にぶち当たった。


 それは軍資金の少なさだ。


 当然、父王陛下はあたしが旅をするのに十分すぎる資金はくれた。

 しかし、あたしの能力に必要な『英雄を従わせるための資金』はくれなかったのである。


「あたしに見える正規軍の一般兵士の平均雇用額がだいたい10万……軍を率いる者となれば6000万程だが、一騎当千の魔王を討伐できる者となればそれ以上。最低でも1億越えの戦士が必要だと思うけど……」


 多くの人が集まる王都。

 屈強そうな戦士はちらほらと見つかるが、父王陛下より渡された軍資金は1億5000万イェンでは、1人雇うのが精々だ。


 あたしはガーゴイルのクソに顔を突っ込んだ気分になった。


 その時、どんっと何かにぶつかった。


「なんだいきなりっ」


 叫ぶと、むさくさ(むさい、くさい)な男とぶつかっていた。


「あんだぁこのあまぁああああっ」


 男はぶんぶんと腕を振りまわしながら、離婚したばかりのバーバリアン張りの憤慨ふんがいを見せる。

 そのとんでもなく不細工な形相を見たあたしは、こいつはまじやべぇっと思った。


「おうおうおう、おうおうおうおう、ねぇちゃーん、誰の肩にぶつかってんだぁ?」


 それは、売り言葉に買い言葉。

 あたしは挑発的なバーバリアン男にカッチーン。

 無い胸を張り、男の汚いでこにでこを押し付ける勢いで迫る!


「誰の肩だあ? あたしは人の肩にぶつかっていたのか! とんでもなくでっかい牛のくそにぶつかったのかと思ったぜ!」


 なんて台詞を吐きながら、そっと男の頭上を確認。

 雇用額は16万3500イェンとあった。


 それを見て、あたしはふんっと鼻を鳴らす。


 なんて中途半端な男なんだろう。

 こんな男に時間を取られるのもおしい。

 あたしは頭をクールダウンさせた。

 そして、男の足元へと目線を向ける。

 するとそこには180イェンと書いている。


 これは、なんとこの男との現在のトラブルを解決できる金額なのだ。


 つまり、今この男に180イェンを渡せば、この男は今のトラブルをきれいさっぱり忘れ、何事もなかったかのように彼の日常に戻っていくのだ。


「安っぽい男だな……」

「なんだとおおお?」


 あたしはポケットに手を突っ込み、100イェン硬貨を二枚取り出し、男に投げつけた。


トラディショナル・コーナー・イン有無を言わせぬ買収行為


 そして叫ぶ!

 その瞬間、硬貨が男の体にぶつかり、男の濁った眼が澄んだ魚のような目になっていく。

 彼はついさっきまでの怒りを忘れ、何事もなかったかのようにこの場を去った。

 そんなバーバリアン男の背中を見送りながら、あたしはふっと、ほくそ笑む。


「ふっ……買収、完了」


 ポケットに手を突っ込み、あたしは静かにこの場を去った。

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