Chapter.5『愛の真理 - The truth of the Boy Meets Girl』
衝動的に病室を抜け出した俺は、気がつくと中学校の正門の目の前まで足を運んでいた。別に理由などない。ただ呆然と街を彷徨っていたら、ここまでたどり着いたというだけだ。
「……」
脳裏で、あの少女の悲しそうな表情がよぎる。彼女をあそこまで追い詰めてしまったのは他でもない、俺自身だ。そして、彼女を言葉によって傷つけた俺自身もまた、酷く傷心しているのだった。
罪悪感。虚無感。背徳感。それらの感情が喉奥を縛り上げるようで気持ちが悪い。憂鬱な気分。もう怒る気力も残っておらず、思考を纏めることさえままならない。
(……もう、疲れた)
気づけば、俺は魂の抜けた亡霊のような足取りで校門をくぐっていた。
校舎や校庭を見渡す。あの激しい戦闘があってから二日経つが、様々な理由により家に帰れなくなった難民たちは、依然として体育館での避難生活を強いられている。窓ガラスなどは割れたまま放置されており、修復もされずにとりあえずの応急処置としてブルーシートで覆われていた。
校庭の被害もひどいもので、そこら中に直径三メートルほどの穴が開いており、挙げ句の果てには自衛隊のものであろう戦闘機の残骸が地面に突き刺さっているのだった。
何もかもが、壊れていた。
イミューンがもたらす災厄とは、それほどのものなのだ。
そして、もし俺がイデアクレインに乗って戦っていなければ、きっと被害はこの程度じゃ済まされなかったであろう。あの少女が、祈りを形にしてくれなければ……。
(どうだっていい。もう俺には関係のない話だ)
強がりではない。心の底からそう思っている自分がいた。
(そうだ、関係ない。どうせ世界はもうすぐ終わるんだ。俺が今更、どうしたところで……)
心中で吐息交じりに呟き、虚ろな目をしたまますぐにその場を立ち去ろうとした。
その時。
「はぁ……はぁ……、心……くん……!」
背後から、か細い喉をすりつぶすような声が聞こえた。
振り返ると、そこには病衣姿のまま必死に息を整えている千鶴の姿があった。
「……なんで、付いてきたのさ」
自分でも驚くほどに冷たい声音が俺の口から出ていた。かつてはあれ程までに眩しく輝いてみえた少女の顔が、今では色褪せた仮面を被っているように見える。どうせ心の中では道化のように俺を嘲笑っているに違いない。思い込みかもしれないが、それほどまでに俺は彼女を信用できなくなってしまっていたのだ。
「誤解だって……、言いたくて……」
「誤解? 君は俺を利用したんだ。それは紛れもない事実だろ」
「違う……」
「違う? なら、なんで俺はあんな怖い思いをして戦わなきゃいけなかったんだ! それを仕向けたのは君なんじゃないのか……!?」
「そ、それは……」
「怖かったさ。でも、俺は君の為だと思えば戦うことができた……」
「心くん……」
千鶴が同情するような眼差しでこちらを見つめる。ひどく癇に障った。
「でも、真相は違った。俺は君の都合で戦わされて……しかも君が死ぬ? 冗談じゃない。散々戦わせておいて、重荷を背負わせて自分は逃げるつもりかよ……!?」
「ごめんなさい……」
「謝るくらいなら初めからしないでくれ。それとも、謝れば済む話だと思ってるのか……?」
「そんなこと……、そんなこと……ない……!」
スカートの裾を握り締めながら、千鶴が強い意志を持って否定した。その握り拳は、ぷるぷると震えている。彼女は今、俺に怒っているのだ。 今まで千鶴は、俺に対して感情を剥き出しにすることなど一度だってなかった。その事が、余計に俺を苛立たせる。
「私だって! 本当は心くんを巻き込みたくなかった……!」
「巻き込んでおいて、今更……! 君はやっぱり卑怯だ。勝手に難題を押し付けておいて、自分はノコノコと死んでいくのか!? そんなの……君のエゴじゃないか……!」
「エゴって……。だってあの時、心くんは私に言ってくれたじゃない! まさか、忘れてしまったの……?」
千鶴の語るあの時。それは他でもなく、俺が彼女に対して告白した時の事だろう。
君を絶対に幸せにしてみせる。
忘れるはずがない。俺が何千回、何万回とその言葉を告げる練習をしたと思っているのだ。
「じゃあ、これが君の幸せか……? 俺はただ、君とお互いに、少しずつでもいいから愛を育みたかっただけなんだ。でも君は違ったんだろ? 悪いけど、俺は君の奴隷じゃない……」
「奴隷だなんて思ってるわけない! だって私は……」
「じゃあなんだって言うんだ! 君はこんなにも俺を苦しめる……痛めつける……! 俺に、その……キスしたのだって、いうことを聞かせるための、ただの誤魔化しなんだろ……!?」
「なんでそんなこと言うの……? 私だって痛いよ……苦しいんだよ……? なのに……なのに……」
遂に、千鶴は泣き崩れてその場に膝をついてしまった。病衣一枚で真冬の冷えた土の上に座る彼女の姿は、酷く惨めだった。
“ごめん、千鶴。”
つい、そんな謝罪の言葉が口から出かかった。しかし、俺はそれを喉奥へと無理やり押し込むことで、どうにか耐え忍ぶ。
心臓がはち切れそうだった。
胸にぽっかりと穴が空いたような気分だった。
(でも、いいさ。どうせ世界は滅ぶんだから……)
つい先日、自分達の住む福岡へとイミューンが襲来した。これはつまり、イミューンが本格的に日本への侵攻を開始したことと同義である。
たった2週間で世界の主要国家を幾つも壊滅させたような怪物だ。他の先進国と比べて軍事力に乏しい日本など、陥落するまでにそれほど時間はかからないだろう。
おそらくそこで、“折原心”の命も終わる。
一度それを自覚してしまえば、どんな痛みにでも耐えられる気がした。
もうじき楽になれるのだ。今更千鶴と別れたくらいで、どうということは……。
──待ちたまえ、折原心。君がそれでよくても、私が困る。
「……“妖精”か」
千鶴を置いてその場から立ち去ろうとしていた俺は、頭に直接響く声に足を止める。
──イデアクレインには、これまで失われていった多くの世界線……そこに住んでいた人々の命がかかっているのだ。それを君は、君自身の勝手な一存で無下にするつもりか。
「その多くの命がかかっているイデアクレインに、何で俺が乗らなくちゃいけないんだって言ってるんだ! 俺に全て背負わせておいて……俺の心は無下にしたって構わないっていうのか……!?」
──見返りならあるだろう。君の住む世界が救われる。それでは不満か……?
「それは……でも、だったら……!」
“千鶴の命が失われてしまう事についてはどう説明するつもりだ。”
またしても、彼女を案ずる言葉が出かかった。堪える事で何とか口には出さなかったものの、おそらく“妖精”には筒抜けだろう。
──そして、千鶴。君も君で、言葉足らず過ぎるのではないか。それでは伝わるものも伝わらないだろう。
妖精は千鶴に語りかけるが、傷心の彼女が反応を示すことはない。依然として膝をついたまま、涙で土を濡らしていた。
──全く、見ているこちらまで焦れったくなってしまう……。仕方ない、少し私が仲裁に入ってやるとしよう。
「仲裁って、……なっ!?」
刹那。視界に広がる空間が一斉に歪み始めた。これも“妖精”が起こしている現象なのだろうか。
「なんだこれ……幻覚、幻聴!? これは一体……」
そのような疑心を抱いた俺だったが、次に“妖精”が語った言葉によってそれが確信へと変わる。
──落ち着きたまえ、これは“
理屈や原理は勿論わからなかったが、つまるところタイムスリップのようなものだろうか。何もない宇宙のような場所に、俺と千鶴だけが彷徨っている。
やがて歪みは収まり、少しずつ空間が構築されていく。
視界に広がるのは、先程と同じく中学校の校庭。ただし、イミューンの襲撃による傷跡はまるで嘘だったかのように消え去っており、夜だった空には太陽が昇っている。不意に北風が吹き、蕾すらついていない枯れた木を揺らした。
そう、これは“妖精”が見せている、今年の1月初頭の光景。
俺が千鶴に告白をした日。
(今更こんな過去を見せられたところで、俺の気持ちは……)
そう思いながら校庭中を見渡していると、ちょうど校庭のはずれにある一本の桜の木下で目が止まった。
生徒たちからは“この伝説の桜の木の下で告白して生まれたカップルは、永遠に幸せになれる”などと言い伝えられており、そんな馬鹿げた話を鵜呑みにした馬鹿な男が一人、木下で儚げな少女と向き合っていた。
(あの時の俺、か)
突然に呼び出されてきょとんとしている少女を目の前に、少年はひどく緊張している。その様子を傍観していた俺は、過去の自分を客観的に見るのがどれほどに滑稽かということを思い知っていた。
『のっ、ののの野上! ……さん。き、今日ここに呼び出したのは、その、大事な話があるからなんだ……』
ちぐはぐながらも辛うじて言葉を紡ごうとしている少年。木下の少女はそれを、沈鬱な表情を崩さないまま、黙って頷きながら聞いていた。
『ええっと……、その……野上。き、君を……』
しばらく言い淀んでしまっている少年だったが、やがて覚悟を決めると、少女に対してありのままの想いを告げる。
『君を絶対に幸せにしてみせる! だから、お、俺と……付き合ってくだひゃい!』
それは、お世辞にも美しい告白とは言い難いものだった。挙げ句の果てには最後に噛んでしまってさえいる。当の少年も動揺のあまり、真冬にも関わらず額から大量の汗をかいてしまっている。実際に当時の俺は、この時点で告白が失敗に終わってしまったと思い込んでいた。
(でも……これで千鶴はオッケーの返事をしてくれて、俺と千鶴は付き合うことになった)
それが、俺の記憶にある初恋の思い出。
たった今、俺を苦しめている繋がりという名の呪縛の始まり。
『ごめんなさい』
しかし、千鶴の次に続いた言葉は俺の予想を……厳密には、俺の記憶すらも裏切るものだった。
千鶴が俺の告白を断った……?
記憶との食い違いに戸惑いながらも、俺は木下の二人の様子を傍観し続ける。
『折原くん、本当にごめんなさい。だけど……今は誰ともそういう関係になる気はないの……』
『そんな……。でも、そうだよな。やっぱり俺なんかじゃ、野上とは釣り合わないし……』
『そうじゃないの、折原くん。迷惑をかけちゃうのは、私の方だから……』
封印の鍵が解かれていくように、曖昧だった記憶が次第に想起していく。そういえば、千鶴は俺に対してこのようなことを言っていた気がする。
そして、千鶴の語る“迷惑”について、当時の俺はきっと、彼女の病気に関することだと思っていただろう。実際にそれも理由の一つではあるだろうが、彼女には他にも事情があるのだということを、時を経た今の俺は知っている。
そう。この時点で既に千鶴は“妖精”と接触しており、いずれ来る“イミューン”の襲来に備えていたのだ。おそらくこの時の彼女は、イデアクレインの操縦者となる人物を必死に探していたはずだ。
(……でもまてよ? だったらどうして、千鶴は俺の告白を断ったんだ?)
操縦者を確保したいのであれば、例え嘘でも俺からの告白に応じればいい。現に、俺はつい先ほどまでそれが真相であると思い込んでいた。
だが、千鶴はそれを拒んだ。それも、自身の抱える問題ごとに巻き込まないために、だ。
(……もしかして俺は、何かとんでもない勘違いをしているんじゃないか)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。考え難いことではあったが、告白した当時の俺は、緊張と動揺のあまり記憶の一部を忘れてしまっていたのではないか。
こうしている間にも、交際を断られた少年はパニックを起こす寸前の状態にまで陥ってしまっている。無理もない。あれだけ告白の練習したのにフラれてしまえば、誰だって揚がってしまうだろう。
『だ、だったらさ。野上さん……いや、ち、千鶴……!』
その時、一度は拒まれようとも引き下がらなかった少年の口が、動いた。
眼前の少女が、そして未来の俺や千鶴が見守る中で、少年は必死そうに告げる。
『もちろん君を幸せにはする! でも、それだけじゃない。もしどんなに辛いことがあっても、俺がずっとそばにいる……!』
当時の自分の言葉を、俺はやっと全て思い出していた。苦し紛れに、それでも何とか引き下がるまいと捻り出した、即興の台詞。それだけに、本心であるともいえた。
『折原くん……。で…でも、やっぱり駄目だよ……。私なんかと一緒にいたら、折原くんにまで迷惑がかかっちゃう……』
少女はあくまで、少年を“イデアクレイン”には関わらせまいと拒絶する。だが、少年は一向に引き下がらない。
『君が苦しい思いをしてるのは知ってる。だから、力になりたいんだ……! 君の痛みを、俺も一緒に背負ってやりたいんだ……! だって……』
この少年はあくまで、少女が平行世界の人間と関わりを持っているということも、いずれ現れる侵略者についても知らない。ただ、彼女が肝臓病を患っていて、学校も休みがちになっているという外面的なことしか知らない。
それでも、少年は彼女の力になりたいと心から思っていた。
『俺は君を、愛しているから……!』
「これが……、俺が千鶴に告白をした時の、本当の言葉……」
いつの間にか空間が元の校庭へと戻っていたが、俺はそんなことを気にも止めずに、ただ呆然と立ち尽くす。
どんなに辛いことがあっても、俺がずっとそばにいる。苦し紛れに放ったその言葉は、千鶴の心を射止めるに至ったのと同時に、当時の緊張のせいか俺の記憶から完全に忘却されてしまっていた。
つまり、悪いのは全て俺のほうだったのだ。
(千鶴はあくまで、俺を信頼して“イデアクレイン”を託してくれていたんだ。それなのに、俺は彼女が一方的に悪いのだと決めつけて……)
罪悪感に苛まれながら、俺は千鶴の方へ目をやる。病衣姿の彼女は傷心のあまり依然として膝をついており、凍えに身を震えさせていた。
俺は千鶴の側まで歩み寄ると、彼女の肩にそっと、着ていた厚手のコートをかけてやる。驚いたように顔を上げる千鶴に対して、俺は手を地面につけて土下座した。
「ごめん、本当にごめん! 俺は君に、あんなにも酷いことを言ってしまった……!」
「心……くん……」
「今更謝って許してもらおうだなんて思わない! だけど、謝らせてくれ……!」
何度も何度も謝罪の言葉を叫び、額を冷えた校庭の土に擦り付ける。気付けば、俺の瞼から大粒の涙が溢れ出ていた。冬の冷気をも溶かすような、熱い熱い涙だった。
「俺は最低だ……! こんなんじゃ、君の彼氏失格だ……! やっぱり、俺は君なんかとは不釣り合いで……!」
自らを卑下する言葉を並べている途中で、千鶴は俺の体を優しく抱き寄せた。彼女に突き放されることさえも覚悟していた俺にとってそれは想定外のことであり、だからこそ彼女に向けられる優しさは、痛かった。
「ちづ……る……?」
「もう大丈夫。私は平気だよ、心くん。だから……お願いだから、別れようだなんて、言わないで……」
俺と同じ様に、彼女の瞳も涙で滲んでいた。
千鶴からこぼれ落ちた雫が、俺の肌に触れる。熱をもったその涙は、まるで俺の心を浄化するように、あるいはこれまでの二人のわだかまりさえも溶かしていくように、染み渡っていく。
「わかるよ、心くん。痛かったんだよね、怖かったんだよね。でも、安心して。わたしも一緒に、背負うから……」
「なんで……、なんでそんなに、俺に優しくしてくれるんだよ……?」
恐る恐る尋ねる。すると、千鶴は笑って答えてくれた。
「私は心くんのこと、大好きだから」
言われ、俺は思わず言葉を失っていた。
これまで千鶴は俺から向けられる憎しみの感情さえも、愛によって受け止めていてくれたのだ。
そして、それ以上に。
「初めてだ……」
「……?」
「初めて千鶴のほうから好きって言ってくれた……!」
俺が彼女との交際で最も気にかけていたこと。それは、一度も彼女から愛を告げられていなかったことだった。
実は自分など愛されていないのではなどと疑心暗鬼に陥ることもこれまでに何度もあり、そのようなことは考えないようにしていた。
だが、それもどうやら余計な心配だったらしい。千鶴のその一言だけで、俺は何もかもが満たされた。
千鶴も今までその自覚がなかったのが、気付いた途端に頬を赤らめる。
「言ったこと、なかったっけ……?」
「うん。だから、凄く……嬉しかった。まさか千鶴の方から言われる日が来るなんて、思ってもいなかったから……。もしかしたら、俺は愛されてないんじゃないかって、ずっと不安だった」
「そんなことない。大好きだよ、心くん……!」
「千鶴……」
「心くん……」
千鶴の瞳に、俺だけが映る。きっとそれは彼女にとっても同様で、俺の瞳には千鶴だけが映っていることだろう。
他者など存在しない、二人だけの世界。
このまま、永遠に時が止まってしまえばいいとさえ思った。
──コホン。二人とも、自分たちだけの世界に入り込んでいるところ悪いが……。
“妖精”のわざとらしい咳払いに、俺と千鶴は思わず仰天する。これまでの一部始終を他者に見られていたと思うと、つい顔から火が出てしまいそうになった。
──また“イミューン”が現れた。千鶴……そして心。準備はいいか?
その問いに、千鶴は間髪入れずに頷く。しかし、未だに事態を受け入れ兼ねている俺は、千鶴に対して抗議する。
「ほ、本当にそれでいいのか、千鶴。このままイデアクレインが戦い続ければ、君は……」
言い終える前に、半開きになっていた俺の口元に千鶴の唇が触れた。
熱が連なる。鼓動が重なる。
この瞬間、俺も千鶴も確かに“生きている”のだと実感することができた。
少し経って、千鶴の顔が俺から遠ざかり、自然と互いに見つめ合う形となる。千鶴は照れくさそうに笑うものの、今度は決して俺から目を背けることはなかった。
「どうせ私の命は初めから長くないもの。だから心くん、どうか皆の為に、私の命を使って……」
千鶴の語る“皆”。それはすなわちこの世界に生きとし生ける者たち全員を指しており、彼女の行為はまさしく、その者たち全てに捧げる無償の愛だった。
「でも、それじゃ君が報われない。君だけが辛くて、痛い思いをするだけじゃないか……。そう思うと、俺だって苦しい……」
弱音を吐く俺の手を、千鶴の柔らかい両手が包み込む。そこでようやく俺は、彼女の手が震えている事に気がついた。
「私も、辛くて、怖くて、苦しいよ。でも、心くんが愛してくれるから……私、全部耐えられるよ……」
千鶴の強い意志が宿った瞳が、俺を見据える。俺はそれに感化されて、やがて決心を固めるに至った。
「……そうだよな。君にこんなにも辛い思いをさせていいのも、苦しい思いをさせていいのも、世界中でただ一人、俺だけだもんな……」
それが、二人にとっての愛の真理。
喜びを分かち合う“恋”とは違う。今の二人は、痛みや苦しみさえも共有できる“愛”にまでそれを昇華させたのだ。
「ごめんね、心くん。私はきっと、戦いが終わった後も、ずっと心くんを傷つけ続けることになる」
「それくらい平気さ。君が俺を愛してくれている限り、俺はどんな痛みにだって耐えてやる。だから千鶴は、俺に謝らなくたっていいんだ」
「……ありがとう。心くん」
千鶴が礼を言うのと同時、暗雲に一筋の光が射す。天からの使者が迎えに来るように、純白の翼に覆われた鳥巨人──イデアクレインがゆっくりと舞い降りてきた。
俺の体がふわりと宙に浮き始め、握っている千鶴の手が次第に解けていく。
「行ってくるよ、千鶴」
「心くん……! あっ」
ついに二人のつないだ手がほどけ、俺はイデアクレインの体内へと飲み込まれていく。
刹那、翼を広げた鳥巨人が、闇夜を切り裂いて飛翔した。
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