Chapter.4『恋の真相 - World navigation』
《……先日、福岡県福岡市を襲った未確認生命体ですが、突如として現れた白い巨人のようなものがこれに応戦・撃退し、被害の拡大は抑えられました。政府はこの謎の白い巨人を“
*
千鶴の病室でラジオを聴いていた俺は、そこでラジオの電源を切った。実際に現場を目の当たりにした自分が被害状況など聞く意味がないというのも理由の一つであったが、それ以上に、今から行う千鶴との対話において邪魔になると判断したからだ。
「千鶴。そろそろ、話してくれてもいいんじゃないか」
「……うん」
ベットの上に横たわる千鶴は、辛そうな表情を浮かべながらも頷く。
あの戦闘の後、突然倒れてしまった千鶴はすぐに病院に運び込まれ、なんとか一命を取り留めた。後で医師に聞いた話によると、どうやら千鶴の抵抗力が急激に低下していたらしく、その原因も不明で、あと一歩遅ければ命も危うかったとのことだ。こうして意識が回復して面会を許可されるのにも、丸二日を要した。
そんな状態の彼女に対してこんな問い詰めるような真似をするのは、正直俺だって心苦しい。しかし、こんなにもわけがわからないまま、全てを受け入れる気にもなれなかった。
「じゃあ、単刀直入に聞くぞ。まず、あの鳥巨人は……イデアクレインってのは、一体なんなんだ……?」
他にも聞きたいことは沢山あったし、もう少し順序立てて聞くべきだとは自分でも思う。しかし、これだけはどうしても最初に聞いておきたかったのだ。
世界各国の主要都市を陥落させた異形の怪物、イミューン。それすらも圧倒してしまったデアクレインという存在は、冷静に考えればそれこそイミューン以上の化け物だ。
「君は一体……何なんだ……?」
「……っ」
あれ程の力を持った化け物。そんな怪物と、目の前にいるこの少女には何らかの関係性があるように伺える。いや、間違いなくそれはあるのだろう。そうでもなければ、彼女が鳥巨人の名を口にしていたことや、あんなにも都合のいいタイミングで卵が現れ、自分たちが守られたことの説明がつかない。
──待ちたまえ。それについての説明役は私の方が適任だろう。
脳内に声が響く。この現象を体験するのは、実に二日振りとなる。
「“妖精”か……」
千鶴のイマジナリーフレンド、妖精さん。あくまで千鶴の空想上の存在であるはずのそいつの声が、何故俺にも聞こえてくるのだろう。そして、そのような疑問は、千鶴への疑心へと変わってゆく。
「じゃあ聞くが、あのイデアクレインという存在について、お前はなにか知っているのか……?」
──無論だ。だがそれを語る前に、先にあることを事前に説明しておく必要がある。
「それは一体……」
──イミューンの正体。そして、この私自身についてをだ。
言われ、俺は思わず息を呑んだ。
あの怪物の正体だと? それについては、既に世界中の何万という研究者や専門家たちが散々物議を醸して、それでも未だに判明には至っていないんだぞ?
こいつは一体、何を知っているというんだ? こいつは一体、何者なんだ……?
すると、“妖精”はまるで俺の思考を読み取っているかのように、その問いについて解答を述べ始める。
──この宇宙には、無数の“世界線”なる平行世界が、ほぼ無限に近い数で存在している。ここまでは理解できるか?
「ああ……。漠然と、だけどな」
世界線。平行世界。SFなんかではよく耳にする単語だ。
時間とは一本の「糸」であり、それは過去から未来まで果てしなく続いている。だが、もしも仮にタイムトラベル技術の実現などにより時間遡行が可能となり、過去改変などによって歴史の因果に矛盾が生じたとする。その矛盾を解消するのが、「世界線の分岐」だ。以前の世界とは別に、異なる歴史を歩んだ新たなる世界……つまり“平行世界”が構築されるということだ。そのようにして、たとえほんの僅かな違いであったとしても世界線は無尽蔵に増え続け、横に広く伸びる枝のようになってゆく。それが、俺の知る世界線についての知識の全てだ。
勿論、これらは映画や小説などのSF作品から得た知識に過ぎず、俺も“世界線は実在する”という設定を真に受けていたわけではない。しかし、この“妖精”は、その理論があたかも真実であるかのように語っているではないか。
正直、にわかには信じがたい話ではある。しかし、これを否定してしまえば話が続かなくなってしまうのもまた事実なので、とりあえず俺は聞くだけ聞くことにした。
──結構だ。だが、宇宙の広大さは無限に近いとはいえ、無限ではない。許容できる世界線にも限度がある。
『無限の宇宙』などというフレーズを度々耳にすることがあるが、実際の宇宙には果てが存在する。宇宙とは、有限なのだ。
許容できる世界線に限度があるというのは、要するにキャパシティの問題なのだろう。いくら膨大な積載量を誇るメモリでも、それを上回る量のデータは記録することができないのと同じだ。
──だが、宇宙はそれに対するシステムをちゃんと用意していたのだ。無尽蔵に増え続ける世界線を観測・選別する“管理者”。そして……。
「……っ! ま、まさか……」
──そう。選別の結果、
“妖精”が重々しく語り、俺は言葉を失っていた。
話のスケールに萎縮していたわけでもなければ、理解が追いつかなかったわけでもない。寧ろその逆、今まで呆然と信じていた仮説の通りだったことに対して驚いていたのだ。
「……ちょ、待ってくれよ! そんな馬鹿げた話、信じられるか! 事実、あんたと全く同じ説をネットで述べていた奴がいたよ。もちろん、話が飛躍しすぎていて専門家たちからは誰からも見向きされず、オカルトオタクだけが支持して……」
──それを最初に書き込んだのも私だ。この世界に住まう人々への警告の意を込めてな。
「……お前、幽霊のくせにネットは使えるのかよ」
──無論、私が直接キーボードを叩いていたわけではない。それらは全て、私が千鶴に頼んでやってもらったことだ。
俺が千鶴の方を振り向くと、彼女は小さく頷く。これではまるで、文字通りゴーストライターではないか。そう思ったりもしたが、“妖精”が次に語った言葉がそれを否定する。
──そして、私は幽霊などではない。今でこそ意識体となってしまっているが、私とて元々は生身の肉体を持っていた人間だ。君たちからすれば、『別の世界線からやって来た〜』という前置きが付くがな。
別の世界線から来た……つまり、この“妖精”という存在は、平行世界からやってきた来訪者だということか?
さりげなく語った“意識体”という単語も引っかかる。
「……なら、お前が仮にも平行世界の人間であるということが事実だとして、お前がこの世界に来た理由はなんだ……?」
すると、“妖精”はこれまで以上に神妙な声音で返答する。
──決まっている。この世界線を管理者の手から守り抜くためだ。これ以上、あの悲劇を繰り返さないためにも……。
「お前は……、一体……」
──私は……私の住んで居た世界線は、既に滅ぼされてしまったのだ。
滅ぼされた世界線。その世界の生き残り。
言葉の響きだけ聞けば、まるで現実味のない話である。
だが、俺は既にこの身で味わってしまっでいるのだ。イミューンの力を、恐ろしさを。
そのような前提があったからこそ、不本意にも俺は“妖精”の言葉が、決して嘘偽りを語っているとは思えなかった。それだけの力をあの怪物たちが持っているということは、痛いほどわかっているつもりだ。
──確かに、私たちの世界は奴らの手により滅んでしまった。だが、有志たちが尽力してくれたおかげて、奴らに一矢報いる為の力を残すことにはかろうじて成功したのだ。
「それが、あの
──ああ。厳密に言うと、そのイデアクレインを創り出す為の手段……といったほうが適切か。
「教えてくれ。あれ程の力を持ったイデアクレインは、一体何なんだ? なぜ、あれだけの力を秘めている……?」
俺が最も聞きたかった質問を、“妖精”に投げかける。
──それについても話そう。だがその前に、“イデア”というものを君は知っているかね?
「イデアって、あのプラトンの……?」
たしかイデアとは、紀元前の哲学者プラトンが説いた哲学用語のことだったはずだ。普段、我々が見たり体感している世界や物はあくまで“似像”に過ぎず、本当に実在するのは“イデア”という概念であり、我々はそれを観念的に捉えているだけに過ぎない……という考え方である。
──そうだ。イデアとはすなわち世界の本質であり、この世界はイデアの模倣に過ぎないのだ。
「話を脱線させないでくれ。俺はあんたと哲学の初歩を語るつもりはないぞ」
──では、あのイデアクレインが、イデアそのものだと言ったら……?
イデアそのものだと?
つまりあのイデアクレインという名の白い巨人はただ力強い存在というわけではなく、もっと根源的なものがこの世の物質・事象とは異なるものである。という事なのだろうか。確かに、現代兵器すら全く通用しないイミューンですら圧倒してしまうイデアクレインの、あの現実離れした力を目の当たりにしてしまえば、納得できない事もない。だが、それでも手放しには信じられなかった。
「やっぱり、意味がわからない」
──わからないのか? イデアクレインは“祈りのイデア”。すなわち、この世界の救済を祈る者達の祈りが具現化したものだ。
「それがわからないって言ってるんだ! イデアってのは、要するに“この世には存在しないモノとか概念”って事だろ。それを具現化なんて出来るわけがないし、方法があるとも思えない」
──それを言ってしまったら、イミューンとてそれは同様だと思うがね。
「……っ!」
一理あった。イデアクレイン程ではないとはいえ、イミューンもまた人類にとってはあまりにも驚異的であり、得体の知れない存在である。最早、自分達にとっての今まで通りの“常識”で物事を図るのは、愚かだとさえいえるのかもしれない。
一度そのような考えが浮かぶと、途端に“妖精”の語る言葉の節々がまるで真実味を帯びているように思えた。
──この世界ではあまり発展していないようだが、私の住んでいた世界ではある程度“イデア”や“並行世界”に関する研究が進んでいたのだ。現に私は、意識体という形になってしまっているとはいえ、こうして君達の世界に留まることができている。そして、無事にイデアクレインを呼び出す為の
「その、ファクターってのは……?」
──召喚の為の知識を持った、異世界からの来訪者である私。召喚した鳥巨人を動かす操縦士としての君。そして最も重要なのが、“イデア界”とこの世界を繋ぐほどのイマジネーションを持った……千鶴の存在だ。
名前を聞き、俺はつい千鶴の方を振り向く。彼女はいつになく真摯な表情で頷いてみせた。
「詳しく教えてくれないか。イマジネーションがどう……とか」
──我々の世界の有志達が残してくれた遺産を用いれば、確かにイデアを呼び寄せる事自体は出来る。しかし、そもそも“イデアを想像する”ことを出来る人間というのが圧倒的に少ないのだ。それも、イミューンに対抗できるほどの力となれば、尚更だ。
要するに、敵を倒す為の剣を具現化しようとしても、剣の造形や特徴などを具体的にイメージできる人間が居なければ成り立たない、といったところだろうか。
その“イメージする役割”を千鶴が担っていると聞いて、確かに合点のいくものはあった。
例えば、彼女が暇さえあればいつも描いていた空の絵。現実の空とは違う色で塗られたその空を、千鶴は“これこそが本物の空である”と語っていた。
今思えば、あの絵は空の本質を……つまり、“空のイデア”を表していたものだったのかもしれない。
「千鶴……何で君が、そんな……」
「私にしか、できない事だと思ったから」
俺を見据える彼女の瞳には、意志が宿っていた。普段の病弱な彼女からはとても想像できない、強い意志。
「ち、千鶴にしかできないってコトはないだろう!? 確かに千鶴の想像力は優れているかもしれないけど、それこそ世界中には想像力で飯を食ってるような人たちだってごまんと居るわけだし……!」
──いいや、幾ら芸術家や創作業を生業としている者達ですら、千鶴ほどのイマジネーションを持ってはいなかった。それだけ希少な存在だということだ。
「それに理由は、それだけじゃないの」
何故か、千鶴を庇うように必死に弁明し始めていた俺。しかし、千鶴自身がそれを遮った。
──話してもいいのか? この少年に
「うん。大丈夫だよ、“妖精さん”。心くんは、きっと受け止めてくれるから」
何やら耳打ち会話をし始める千鶴と“妖精”だったが、間もなく千鶴がこちらに向き直る。
「聞いて、心くん。大事な話があるの」
「……ああ」
「呼び出したイデアクレインを動かす為には、操縦者の他にもう一つ必要なものがあるの」
「それは……?」
俺が問うと、千鶴は極めて神妙な面持ちで答える。
「……あれを動かす為にはね、私の命を燃料にする必要があるの」
彼女の口にした言葉を聞き、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「……理解できないよ」
嘘である。ただ、鵜呑みにはしたくなかったので、そういった台詞が自然と口から漏れていた。
その判断が迂闊だったのか、千鶴は尚も具体的な説明を続ける。
「形を保ったまま鳥巨人を空間に維持し続けるには、イデア界とこの世を繋ぎ続ける必要があるの。そうする為には、“想像者”のイマジネーションから生命エネルギーを常に抽出するしかない」
要するに、イデアクレインの動力源は千鶴自身の命だということだろうか。
もしそうだとしたら、次にイデアクレインが戦う機会があったら、千鶴はどうなる?
その答えは容易に想像することができた。生命を使い果たした人間の末路など、一つしかない。
「……そういう事を言ってるんじゃない。何で君がそこまで辛い思いをしなければいけない? だって君は……、君の命は……」
言いかけたところで、俺はつい言い淀んでしまった。それは彼女を思うが故でもあったし、俺自身もその事実を受け入れたくなかったからなのかもしれない。
しかし、千鶴は凛としてその言葉の続きを紡ぐ。
「私はもう長くない。だからこそ、この命の使い方を選んだの」
こんなにも真っ直ぐな彼女の瞳を、俺はかつて見たこともなかった。
彼女の命の為にも否定したい。しかし、彼女の意志や誇りの為に否定することができない。
行き場のない葛藤を抱いている俺に対して、千鶴は尚も語りかけてくる。
「本当にごめんね、心くん」
「……なんで、君が謝る必要があるんだよ」
「私はこんな身体だから、鳥巨人を召喚することは出来ても、動かすことは出来なかった」
いくら類い稀なイマジネーションを持つ千鶴とて、その肉体は肝臓病を患っており、虚弱であることに変わりはない。だからこそ、俺が代わりに操縦する必要があったのだろう。
「でも、なんで俺なんだ……? 教えてくれ、千鶴。俺がイデアクレインの操縦者になっていたことに、なにか理由はあるのか……?」
問いただすと、千鶴は無言で頷いた。
「私が“妖精さん”に出逢ったのが丁度去年の今頃くらい。その時の私は、自分が鳥巨人を動かせないことを悔やんでいて、かといって誰かに操縦を押し付けることも出来なくて、とても悲しかった。でも……」
千鶴は何故か顔を俯かせる。前髪が垂れて顔を覆い、彼女の表情を伺うことが出来なくなってしまった。
「そんな時、心くんから桜の木下に呼び出された」
その日に何があったのかは、もちろん俺も覚えている。
今年の一月初頭。俺は蕾すらつけていない枯れた桜の木下に千鶴を呼び出し、告白したのだ。今思えば、愛の告白をするにはとてもいいロケーションだとは言えなかったとは思う。しかし、その時の俺はきっと焦っていたのだろう。何故なら彼女は誰もが認める絶背の美少女なのだから。
「ねえ、心くん。心くんが私に告白してくれた時の言葉、覚えてる?」
そんなの、覚えているに決まっている。
きっと彼女を目の前にしただけですぐにあがってしまうだろうと予測していた俺は、何百何千何万回とひたすら練習を繰り返したものだ。告白の言葉など、今でも一字一句正確に思い出すことができる。
君を絶対に幸せにしてみせる。
そんな、ありがちな台詞だったはずだ。
(でも、待てよ。それっておかしくないか?)
俺の告白の台詞と、俺がイデアクレインに乗ることに何の関係がある。彼女にとっての幸せは、俺がイデアクレインに乗ることだったとでもいうのか。加えて言えば、俺が千鶴に告白した時期と、彼女が“妖精”に出逢った時期が前後しているのも気になった。
千鶴を幸せにするという、俺の告白の言葉。
千鶴にとっての幸せとは。
イデアクレインに乗る直前に交わした、彼女とのキス。
その後で、彼女は何故か目を背けた。
これらを照らし合わせる。すると、皮肉にも辻褄はぴったりと合ってしまった。
「……ハハハ。そういうことかよ。つまり、俺を利用してたって事なんだろ……?」
不敵な笑みが込み上げてくる。一度口にしてしまうと、案外楽になるものだった。
「え……? ち、違うよ、心く……」
「違うものか! 要はイデアクレインの操縦者が必要になっていた時に偶然俺が現れて、都合が良かったんだろ……!? そうさ、操縦者なんて誰でも良かったんだ! 流石は絶世の美少女様だ、男一人くらい簡単に言いくるめられるもんな……!」
千鶴の表情が絶望に染まる。小さな頬を、冷たい涙が伝った。
もし以前の俺ならば、彼女の涙を見た途端にすぐ自分が加害者であると思い込み、必死になって彼女を慰めようとしただろう。
でも、俺はもう騙されない。涙は女の武器であるという事など、周知の事実だ。
「……付き合ってられないよ。もう、あんな怖い思いをするのもゴメンだ」
冷たく言い放ち、俺は病室の出口の方へ身を翻す。
「ま、待って……心く……うぅっ……」
ドアを潜ろうとしたその時、背後から物々しい音が響いた。恐らく、俺の後を追おうとした千鶴が転けてしまい、点滴の吊るされたスタンドごと倒れてしまったのだろう。
一瞬だけ、彼女の方を振り向こうか迷った。
しかし結局、俺は何事もなかったかのように病室を後にした。
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