第19話

「羊野さんが絶叫系好きだなんて、意外だったわ」


 屋外ワゴンで販売されていたチュロスと紅茶を二人で買い、ベンチに腰掛ける。

 茉白に目を向けると、恥ずかしそうに顔を反らした。


「そっちこそ、お化け屋敷……ゾンビが好きだなんて意外よ。まあ、本当は平気なのに怖いふりをして男の腕にしがみついたりはしてそうだけど……」

「そんなことしません! ……多分」


 茉白の中で、私はそんなイメージなのか……。

 結構傷ついたよ。

 でも、確かに前世を思い出す前の、あざとい系妹の私ならしたかもしれない……。

 否定しきることができない自分が悲しい。


「葵先輩は、あなたのぶりっ子に騙されていて……いつも腹立たしかったわ」


 ぶりっ子!!!!


 どーん! と頭の上にでっかい岩が降ってきたような衝撃を受けた。

 そ、そうか……自分で『あざとい』なんて思ったくらいなのだから、ぶりっ子だと思われていても仕方ないか……。


 ああ、『ぶりっ子』と書かれたこの鋭利な凶器、暫く胸に刺さってそうだ。


「あんなにべったりしていたのに、今は話し方まで変わって突き放している。目当てじゃなくなったから、ぶりっ子をする必要がなくなったの? そうだとしたら……あなたは本当に嫌な女ね」

「そ、そうじゃないの! ほんとに違うの!」


 恐ろしい誤解をされている!

 そう思われても仕方ない原因が、自分にあることは承知しているけれど……あんまりだ!

 誤解を解きたいが『前世の記憶が蘇ったから』とは説明できない。

 『違う』としか言えないのが悔しい。


「どうだか。私にとっては、別にどうでもいいことだけれどね」

「よくないよ! 友達に誤解されたままだと悲しいよ!」

「…………」


『友達じゃないし』


 茉白の目がそう言っている。

 遊園地でかなり打ち解けることができたと思っていたが、まだ駄目ですか。


「……友達、ね。そんなものいらないわ」

「どうして?」

「煩わしいだけよ。あなたと一緒にいて益々そう思ったわ」

「ぐぅっ!? ひどくないですかぁ!」


 痛い、茉白の言葉がグサグサ刺さる……!

 もう貫通しているかも!!


「お茶しようとか、服を買おう、遊びに行こう。お金だってかかる。それに合わさなければ置いてけぼり……」

「羊野さん?」

「……煩わしい」


 ゲームでは見なかったが、そういったことで苦い思い出があるのだろうか。

 茉白の家はお金に苦労しているし、『お小遣いが欲しい』と言い出せる性格でもなさそうだ。

 子供の頃から友達と一緒のお菓子やおもちゃが欲しくても、我慢するしかなかったのかもしれない。

 多くのことを我慢して諦めてきたのだとしたら、神楽坂葵との恋愛は幸せなものになって欲しいと思うが……。


 奴の中身が誠実なら、本当に茉白を想っていたら何も問題はない。

 私はゲスだと確信してるけれど、改心して茉白と上手くいけば……。


「…………」

「鳥井田さん? どうしたの、呆けちゃって」

「あ、ごめん……」


 『茉白と先輩が上手くいくなんて……私はそれでいいの?』


 そんな心の声が聞こえた気がした。

『茉白が幸せになるならそれで何も問題ないじゃない!』と笑顔で答える私の後ろに、本当のことを言えずに黙っている私が隠れているようだ。


 ……隠れていたままでいい。

 今はあいつのことより、私と茉白のことだ――。


「無理に合わさなくても一緒にいることが出できるのが友達なんじゃないかな。私とはそんな友達になれないかな?」

「無理ね」

「即答ですか……」


 本当に嫌われているんだな、私……。

 門前払いだ。

 どうすればいいの!?


「うち、母子家庭なの。子供の頃は遊園地に連れて行って欲しくてたまらなかった」

「え?」


 お友達になろう作戦を考え込んでいると、茉白がぽつりと呟いた。

 顔を覗くと、前を通り過ぎる家族連れや学生のグループを目で追っていた。


「こんなものも、食べたことなかった」


 そう言って手に持っている食べかけのチュロスに目を落とした。

 園内を行き交う人や友達の話で何か思うことがあったのか、茉白が静かに語り始めた。


「母はいつもいないの。正直、寂しかったわ。でも、私のためだと分かっていたから、どうすることもできないでしょう? 我慢するしかないじゃない。 ……って私は何を話しているのかしら。忘れて頂戴」


 どう言葉を掛けたらいいか分からなかった。

 『大変だね』とか『頑張ったんだね』なんてことは軽々しく言えなかった。


 茉白の目を見て、黙ったまま頷いた。

 暫く目が合ったので軽く微笑むと、気まずくなったのか『ふんっ』と鼻を鳴らしながら顔を反らされてしまった。


「……この遊園地、先輩にも連れて来て貰ったわ」


 話題を変えるためか、ふと思い出したのか分からないが、茉白が口を開いた。


「そうなんだ」


 実は私もある。

 そして奴を尾行した時に確認したが、他の女の子も連れてきていた。

 救いようがないゲスだな。

 今でもデート要員の子達と出かけたりしているのだろうか。


「もしかして、あなたも来たの?」


 私の微妙な空気が伝わったらしい。

 茉白は悟ったようだ。


「……うん」

「むかつくわね」

「でしょ!?」

「あなたが」

「なんで!?」


 私だって一被害者だ。

 怒りの矛先はゲスじゃなければおかしい、理不尽だ!


「ふふっ」


 抗議をしようと茉白に目を向けたのだが……笑っていた。

 ジェットコースターの時とはまた違う、柔らかな笑みを浮かべていた。

 見ていると幸せな気分になる綺麗な微笑みだった。


 ずっとこんな風に笑っていて欲しいな。

 お母さんとこんな笑顔で語り合う日が来て欲しいと願ってしまう。


「ねえ、羊野さんのお母さんにおみやげ買っていこう?」

「そんなものいらないわよ。それに生憎、お金がないわ」

「! 私もそうだった……」


 頑張れば小さなぬいぐるみや箱のお菓子を買えるくらいはあるのだが、それをすると次のお小遣い日までの生活が苦しくなってしまう。

 でもお母さんにも喜んで欲しい。

 奮発するかどうか究極の選択に迫られていると、ふと目の前の屋台に目が止まった。

 横に置かれたケースには大きな動物のぬいぐるみが山のように積まれていた。

 そして目が釘付けになったのは『一回二百円』の看板。 


「あれに挑戦してみない? ゲットしておみやげにしようよ!」


 ゲームセンターとは別の屋外屋台のゲームコーナーのようだ。

 近づく、とそこにはシンプルなゲームが用意されていた。


 平行に並んだ二本のレールの間にボーリングの玉が置かれている。

 レールは少し上下に波打っているのだが、途中に二十センチほど真っ直ぐで赤いテープが貼られている箇所があった。


「このボーリングの玉を押して、あの赤いテープのところで止まったら景品ゲットです!」

「簡単そう! 私、やります!」


 話しかけてきた係のおじさんに二百円を渡し、玉の前に立った。

 単純だが、力が弱すぎると山になったところを超えられないし、強すぎると通り過ぎてしまう。

 力加減を計算しながら、トンッとボールを押した。


 私の手から離れたボールはまず手前の谷に落ちて、山を越え、次の谷も上ったが……そのままテープのところもサーッと通過していった。


「全然だめじゃない」

「全然だめでした」


 強く押し過ぎてしまったようだ。

 玉を押すときに、『ここが崖で、このボールがゲスの背中だったら……』なんて雑念が湧いたせいで力が入ってしまったようだ。


「私がやるわ」


 真打ち登場と言わんばかりに自信に満ちた表情の茉白が玉に手を置いた。

 お金はいつの間にか払っていたらしい。

 やる気満々じゃないですか。


 茉白は玉に手を置いたまま、ジーッとレールを睨んでいた。

 イメージトレーニング中ですか?

 凄い……こんなゲームに超本気じゃないですか!

 なんだか茉白のことがもっと好きになった。

 それだけお母さんにおみやげをあげたいということなのかな。

 単純に負けず嫌いな感じもするけれど……。


 係のおじさんが若干引き始めるくらいのイメトレ時間が経った。

 そろそろ押して……?

 私が押しちゃうぞ! と思っていると、ようやく玉が茉白の手から離れた。

 ボールは谷を越え、山を下り、そしてまた谷を越え、テープのゾーンに差し掛かった。

 いい感じに勢いが消えてきている。

 あ、でも駄目かな、通り過ぎて次の谷に落ちちゃう!? ……と思ったら止まった。

 ギリギリテープのところで踏み止まった。


「羊野さん凄い! 取れた!」

「ふっ……取ったわよ!」


 はしゃぎながらハイタッチをしに行くと、ドヤ顔の茉白が手を出してくれた。

 やった! ハイタッチ!

 パンッと気持ちの良い音を出して合わせた手が鳴った。






「いやあ、楽しかったね!」


 遊園地を出ると子供が帰るチャイムが鳴る時間になっていた。

 四時間くらいはいたようで、足は少し疲れた。


 隣を歩く茉白の腕には大きな白い羊のぬいぐるみが抱かれている。

 おじさんはピンクのうさぎを渡してきたのだが、私が『羊がいい!』と言って変えて貰った。

 茉白は黙って受け取ろうとしていたが、どう見ても目は羊に釘付けになっていたからだ。

 『羊』も『白』も茉白の名前の中にあるし、茉白っぽい。

 お母さんもうさぎよりこちらの方が喜ぶだろう。

 茉白もここに来たときとは違う、どこか楽しそうな雰囲気を放ちながら歩いている。

 帰ってからぬいぐるみを渡し、今日の話を親子でして欲しいなと思う。


「友達になれたかな?」

「知らないわ。あなたしつこいわね」

「し、しつこい!?」


 嬉しくなって無意識に質問してしまったのだが、私があいつに思っていることと同じことを言われてしまった!

 このまま幸せな気持ちで終わりたかったのに……!

 最後に一撃を貰ってしまった。


「金曜日に葵先輩に言われたの」

「……え?」


 ドキリとしてしまう内容の話が唐突に始まって焦った。

 気になっていたことだし、食いついてしまう――。


「……やっぱりいいわ」

「何!? 気になるじゃない!」


 怒ったわけではないようだが、茉白は面白くなさそうな顔をして、プイッとそっぽを向いてしまった。


「私、あなたのことが嫌いだわ。相性が悪いことも、今日再確認できたし……」

「うぅっ……!」


 家が別方向に分かれる地点が見えてきたところで茉白が呟いた。

 最後の追い打ち!?

 トドメを刺さなくていじゃない!


「今日は楽し……悪くなかったわ。もうあなたと二人で遊びに来るなんてことはないでしょうけど」


 え……一瞬デレた?

 楽しかったって言いかけたよね!?

 私は見逃さなかったわよ……!


 そうか、楽しかったのか!

 今まで刺さっていたものが全部抜け飛ぶくらい私はテンションが上がった。

 後半の言葉は聞こえていません!


「『なんて言っていたけど、また一緒に来ちゃったね!』という展開になるフリだよね! 分かった! また来ようね!」


 別れ道のところまで辿り着いてしまったので今日はもうお別れだ。

 でも、これからは学校でも仲良くしていけそうだ。


「違うわよ!」

「またね-!」

「違うからね! ああもう……じゃあね」


 分かれ道に踏みだし、振り返りながら手を振ると茉白も控えめにだが手を上げてくれた。

 嬉しい、無視からここまで前進出来た!

 進もうと思っていた足を止め、茉白が見えなくなるまで見送った。

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