第18話

 本日も学校は休みの日曜日だ。

 土曜日と同じく『調整日』である。


 先輩は攻略対象者の誰かのところに行っている可能性がある日だが……。

 なんとなく、今日は誰のところにも行っていない気がしている。

 本当に「なんとなく」だけれど……。


 ……なんて、せっかくの休日に先輩のことを考えるはもったいない。

 学校がない日は、なるべく先輩のことは頭から追い出したいものだ。




 私は今、目的があって図書館へ向かっている。

 図書館には自転車で行くことができる。

 今日は髪をポニーテールにして、自転車を漕ぎやすいようにパンツスタイルだ。

 動きやすいし、スカートのように風で捲れる心配がないのは快適だ。


「羊野さん、図書館にいたらいいんだけど……」


 私が図書館に向かっているのは、茉白に会うためだ。

 昨日、翠と話をしていて、茉白ともちゃんと向き合って話がしたいと思ったから……。


「お、いた……発見!」


 ゲームの茉白は、週末は図書館にいることが多い、

 だから、ここだと思ったのだが、見つけることができてよかった。


「羊野さん。ここ、座ってもいい?」

「!」


 隣に立って声を掛けと、茉白はとても驚いていた。

 どうしてここにいることが分かった? と、顔に書いている。

 大丈夫、ストーカーではないので安心してください。

 いや、もしかしたら今の私はストーカーかも……?

 あいつも私のことも、安心しないでください、


 脳内で注意喚起を出しつつ……茉白の今日のファッションを見る。

 黒のシンプルなワンピース姿で、制服姿の時よりも一層知的に見えた。


「…………」


 驚いていた茉白だったが、少しすると不機嫌そうな顔になった。

 茉白なら表情を変えずに完全無視を貫きそうなのに、こうやって感情を出すことが意外だと驚いた。

 金曜日のことが響いているのだろうか。


「……はあ」


 私は返事を待っていたのだが、茉白は小さく溜息をつくと本を閉じて席を立った。

 帰るつもりのようで鞄を持っている。


「あ、待って!」


 静かにしろという周りの視線を感じつつ、私は慌てて後を追いかけた。




「……あなたはどうして私についてくるのかしら」


 図書館を出て、植木に沿った歩道を歩く――。

 どこを目指しているのか分からないが、ぴったりと張りついて並んだ。


「友達になりたいって言ったでしょ」

『馬鹿じゃない? ふざけるな』


 声にはなっていないが、茉白の顔がそう言っている。

 でも私はめげない!


「ねえ、一緒に遊びに行かない?」

「…………」


 茉白からは一切反応がない。

 話しても無駄だと思われたのかもしれない。

 よし、そっちがその気なら……。


「行こ!」

「ちょっと!?」


 私は茉白の腕を掴み、引っ張った。

 遊びに行くにはちょうど良いところがある。

 都合良く今の進行方向の先にあるし、強制連行だ!


「離しなさいよ!」


 茉白が必死に立ち止まろうとしているが、構うものか。

 腕を組み、がっちりと固定してグイグイ引っ張った。

 私、結構力があるでしょう?


 すれ違う人達が怪訝な顔をしているが気にしない。

 今日は絶対仲良くなるんだから!


「……はあ。もう好きにして」


 茉白は溜息をこぼすと、諦めたのか抵抗を止めて大人しくなった。

 私の粘り勝ちだ。


 『粘る、しつこい』といえばあいつを思い出す――。

 金曜日、追いかけてから二人は何を話したのだろう。

 少し気になるが……駄目だ、奴のことは考えないと決めていたじゃないか。

 茉白に聞いても、怒らせてしまうかもしれないし、今はこれから起こる楽しいことだけに集中しよう。







「どうしてこんなところに、あなたと来なければ行けないの?」


 目の前にはカラフルでワクワクする光景が広がっていて、沢山の人の楽しげな悲鳴が頭上を駆け抜けていった。

 私はジェットコースターを見るのも久しぶりだ。


 そう……今、私と茉白、は遊園地に来ているのだ!


「いいじゃない。チケット代いらないんだし!」


 チケットは私がペアのものを持っていた。

 母の頂き物を譲って貰ったのだ。

 生贄となってくれた英君に、お礼でプレゼントしようかなと思っていたのだが、使ってしまった。

 ごめんね、英君。

 他のことでお礼するから!


「ねえ、何に乗る? 羊野さんは絶叫系は大丈夫?」

「帰りたいのだけれど……」

「ねえ、何に乗る? メリーゴーランドとか?」

「……何でもいいわ」


 勝った……!

「帰りたい」は無駄な抵抗だと悟ってくれたようで嬉しい。

 面倒くさそうにため息をついている姿なんて私には見えないです。


「じゃあ、あれ!」


 指差したのは、さっき頭上を駆け抜けていったジェットコースター。

 今は頗るテンションの低い茉白だが、大きな声を出して叫べば楽しくなるかもしれない。


 この遊園地の来園者数は程々で、人が少ないわけではないが比較的並ばずにアトラクションに乗ることができる。

 ジェットコースターは一番人気なので列ができていたが、比較的早く乗れそうだ。

 順番待ちをしながら、茉白に話し掛ける。


「私、実はあんまりジェットコースターは得意じゃないんだけど、羊野さんは大丈夫?」

「…………」


 無視ですか~!

 返事はくれなかったが、茉白は並んでいてもまったく動揺していないし、平気なのかもしれない。。


 私の方はというと、茉白のテンションが上がればいいなと思い、ジェットコースターに乗ると言ってしまったが……本当に絶叫系は苦手だったりする。

 今からどんな目に遭うのかと線路の行方に目を向けると――。


「うわー……」


 遠くで見ていた時よりもかなり高低差があり迫力があった。

 どうしよう……乗りたいなんて言うんじゃなかった!

 誘っておいて『やめよう!』とは言えないし、激しく後悔した。


「怖そう……ドキドキするね」

「別に」

「あ、やっぱり平気なんだね! 凄いね!」


 そうやって話している間にも列は順調に減っていき、あっという間に私達に順番が回ってきた。

 十分も待たなかった!

 もう少し心の準備をさせてくれてもよかったのだが……。


「次のお客様、こちらへどうぞ!」


 この遊園地のテーマカラーである赤の派手な制服を着たお姉さんが元気よく誘導してくれた。

 私の足取りは重いが、茉白はスタスタと何事もなく進んでいった。

 むしろ私を先導するように歩いている。

 結構乗り気かも?

 

 ジェットコースターの機体はスリムで、一列は二人しか座れない昔からよくあるベタなものだった。

 大きな遊園地の最新のものよりスリルは控えめな感じがして、少し安心したのだが……。


「よりによって、一番前!?」


 私と茉白が先頭だった。


「視界がいいわね」

「そ、そうだね……」


 視界がいいから怖そうなのですが……!

 ベルトを固定され、ジリリとベルが鳴り――出発。


「うわあぁあぁ怖い、やっぱり乗るんじゃなかった~!」


 目を瞑ってお腹に力を入れ、耐え忍ぶスタイルを取りことにしよう。

 カタカタとゆっくり頂上を目指している途中茉白を盗み見ると……嬉しそうだった。

 笑顔ではないのだが目が輝いている、そんな感じだ。

 嬉しそうなのはよいことだが、私は無理……うわああああ!!


 茉白を見ているうちに頂上にたどり着いていたようで、ジェットコースターは走り始めた。

 怖い~~!

 ギュッと目を閉じたがふわっとしたあの感覚に襲われ、逃げ出したくなった。

 もう許してください!


「あははは!」

「!?」


 真横から楽しそうな声が聞こえて驚いた。

 隣にいるのは茉白なのだから、茉白が笑っているのだと思うが……。

 普段の彼女からは想像のつかない笑い声だった。

 顔を見たいが目を開けることが出来ない。

 ああもう、早く終わって~!


「こ、怖かった……」


 髪はボサボサだし、精神的にもボロボロだ。

 乗った時よりも老けた気がする……。


「まあまあ良かったわね」


 茉白は平気そうだ……というか、やっぱり目がキラキラしている。


「次はあれにしましょう」


 次の希望を言ってくれるなんて、楽しみ始めてくれたようで嬉しいが、指さしているアトラクションに視線を向けると軽く絶望した。


「嘘……」


 目の前で高く聳える鉄のタワー。

 垂直落下する『落ちる系』の絶叫マシンだ。


「また絶叫系!?」

「嫌なの? じゃあ帰りましょう」

「う、ううん、大丈夫! 行こう!」


 帰る権利を盾にされてしまっては、私には拒否権がない……!

 ポジティブに考えれば、乗車時間が長いジェットコースターより一瞬で終わるこちらの方がまだ怖さはマイルドだろう。

 そう思いたい……。

 祈りながらタワーへと移動した。


 やっぱり待ち時間という心の準備タイムはなかった。

 私は手に『人』という字を時間の限り書いた。

 落ち着け、落ち着け私!


「高っ! いやああああああっ!!」

「あはは!」


 全然マイルドじゃなかったーっ!

 頂上に辿り着くと思っていたより高く、焦った瞬間に落ちた。

 時間は短かったが、その分ギュッと濃縮されたようで怖かった……怖かったよ~!

 当初の目的とかどうでもよくなってきたな……帰ろうかな……。


「あの、羊野さん? もう帰ってもいいかなって……」

「行くわよ」

「えっ」


 スタスタ歩いて行く茉白の顔は、どう見ても遊園地を全力で満喫しているものになっていた。

 そして彼女が歩く直線上にあるのはやはり……。


「またああああ!?」


 最初に乗ったものとは違うジェットコースター。

 動いている様子を見てみると吊られているタイプのもので、乗客の足はブラブラしていた。

 どう見ても怖いやつだ!

 誘っておいてなんだが、これは正直に棄権した方が良さそうだ。


「私、あれは無理かもー!」

「無理『かも』? はっきりしないわね。乗ればはっきりするわ。行きましょう」

「ええっ!? ああ……うん」


 遠慮心が働いて、はっきり言わなかったら棄権が認められませんでした!

 妙なところで遠慮してしまう自分がつらい……!

 私が項垂れている間に、茉白は既に列に並んでいた。

 早く来い、という圧のある視線を寄越す。

 はい、ただいま参ります……行きたくないけど……!


 今回は人気があるのか、少し待たなければならないようだ。

 いざ執行猶予を与えられると、ひと思いに早くやってくれ! と思ってしまう。


「まだかしら、早く乗りたいわね。見て、出だしから結構スピードが出ているわ。楽しそう」

「ははは……」


 社交辞令で『そうだね』と合わす気にもなれず、愛想笑いだけしておいた。

 早口になっているし、声色からも興奮していることが伝わってくる。

 これに乗ってしまうと十歳は老けそうだが、茉白がこれだけ楽しそうなら黙って玉手箱を開けてやろう。


「お次のお客様どうぞ!」

「はい!」


 ああ、とうとう執行の時が来てしまった。

 聞いたことの元気な声で返事をした茉白の後ろに続く。


 ――そして私は灰になった。


「じゃあ、次は――」

「お願いします……絶叫は一回パスで……! 後生ですぅ~!」」


 立つのがやっとなフラフラの状態で、茉白に縋りついて懇願した。

 このまま倒れて土下座をしてもいい、だから勘弁してください!

 地面が波打っているように見えるし、人の話し声や楽しそうな音楽もどこか遠くに聞こえる。

 あ、これ本当に死ぬかも……。


「分かったわよ。次はあなたが選ぶといいわ」

「本当! ありがとう!」


 恐怖で情緒不安定になっているのか、お許しを頂けて思わず号泣しそうになった。

 本っ当にありがとう!

『生き別れの母と再会』くらいの勢いで茉白に飛びつきたくなった。

 本当にやってしまうと折角打ち解けてきたのに帰られてしまいそうだから我慢した。

 ああ……良かった……。

 絶叫に乗らなくていいと思うと気力も回復した。

 よし、復活!


「何に乗ろうかな」


 意気揚々とパンフレットを広げた。

 目星はつけている……気になっていたものがあるのだ。

 それはすぐに見つかった。

 ちょうど良いことに少し進んだ先にあった。

 茉白に『あっちだ』と指差し、歩き始めた。

 さっきまで鉛のように重かった足が今は羽のように軽い。


「あれだよー! きゃー凄い楽しそう!!」

「え」


 テンションが上がり、飛び跳ねている私の隣で茉白は顔を引き攣らせていた。


「もしかして、こういうの苦手?」


 目の前に広がるのは真っ黒な『箱』のような建物。

 上部には『腐敗病棟』と血の滴ったおどろおどろしい文字で書かれた看板——。

 病院をテーマにした、迷宮のようなお化け屋敷だ。


『きゃああああ!!』


 建物の中から悲鳴が響いてきた。

 私は更に興奮し、茉白の顔は暗くなった――。


「怖いんだったらやめておくけど……。無理はしないでね?」

「平気よ!」


 意外に負けず嫌いなのか、茉白は勇ましく列に進んでいった。

 このアトラクションは雑誌で紹介されているのを見たこともあるし、人気があるようで待ち時間があった。


「…………」

「羊野さん、大丈夫?」

「…………」


 順番が来るまで二十分程だったのだが、その間茉白は一言も発しなかった。


「お待たせ致しました。どうぞお気をつけて~」

「はーい」


 私は見送ってくれた係のお姉さんとハイタッチしたいくらいだったが、渋々隣を歩いている人は生気がない。

 実はお化け屋敷のスタッフですと言われてもおかしくはない雰囲気を醸し出している。


「え? わ、わああああああ!?」

「わあい、ゾンビがいっぱーい!」


 腐敗病棟の『腐敗』はゾンビのことを指している。

 謎のウィルスが蔓延し、病院内にいた人がゾンビになってしまった――。


 封鎖されてしまった病棟から抜け出す、というのが設定ストーリーだ。

 ワクワクする!


 入ってからは、患者とナースが混じったゾンビに終始追いかけられた。

 ゆらゆらと体を揺らしながら、ゆっくりとこちらに向かってくるゾンビは恐ろしい。

 暗くてはっきりとは見えないが、メイクや衣装もばっちりで中々のクオリティだ。

 写真を撮りたい!

 一緒に記念撮影してくれないかな!

 頭を齧られているところを撮って欲しいなあ。


「何をしているの! 早く行くわよ!」

「ええー……もうちょっと堪能しようよ」

「先に行くわよ!」

「一人でいいの? 大丈夫?」

「……早く行くわよ」


 茉白がとても可愛い。

 あいつの気持ちが分かるというか……きゅんとしてしまった。

 手を握りたくなる気持ちが分かる。


 茉白に急かされ、ゾンビに追いかけられ、忙しなく暗い通路を進む。


「もう嫌、早く出たい早く出たい出たい出たい……」


 早く出たいの呪文を繰り返すほど茉白は余裕がないようだ。

 他のお客さんと遭遇することもあるし、そんなに怖くないと思うのだけれど……。


――ドゴォオオオン


 通り過ぎた背後の扉から、何かがぶつかったような大きな音がした。

 茉白の肩がビクッと跳ねたのが見えた。可愛い……。

 私も音には吃驚した。

 扉は一人でに開き始めると、中からシューっと大量の煙が吐き出された。


「何!?」


 茉白の『もうやめて!』と言っているような声が聞こえた後、扉の中から大きな何かが出てきた。

 靄に紛れているが、それは段々こちらに近づいてくる。


「な、何か来たわよ!」

「来たね! 何だろう、よく見えないなあ。迎えに行こうか?」

「あなた馬鹿でしょ! 逃げなきゃ……逃げましょう! 逃げよ!?」

「ええー……」


 立ち止まって見ていると、ぼんやりとその姿が見え始めた。

 迫り来る黒い巨体——。

 二メートルはありそうだ。

 あ、これあれだ!

 ゲームだと絶対に倒せないやつ!


「出た! 進化型ゾンビ! 格好いい-!」

「いやああああ!!!!」


 患者だったのか何かの被験者だったのか、黒の検査衣を着ている。

 顔には内臓らしきものが張り付いていて、グロテスクな見た目だった。

 最新の特殊メイクは凄すぎるっ!

 右に左にぶつかり、暴れながら私達を追いかけてくる。

 やばい、怖い!

 怖くてなんて楽しいの!


「もう嫌だよぉ、早く出たいよおおお!」


 クールな茉白が泣きべそをかいて走っている。

 きっとレアな姿だ、あいつもまだ見たことはないのでは……?


 茉白を見ながら走っていると、いつの間にか出口に辿り着いていた。

 あ、進化型ゾンビをあまり見ていない、しまった!


「無事生還おめでとうございます! お疲れさまでした」


 出口で『ワクチン』と称した飴を貰った。

 こういう細かいところが良い。

 でも、進化型ゾンビをあまり見ることができなかったという後悔が残ってしまった。


「羊野さん、休憩しようか」

「……そうね」


 肩を落とした私と、疲れ切った茉白の意見は一致した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る