第17話
今日は土曜日。
ゲーム的にいえば、ストーリーの攻略対象キャラクターの好感度を上げることができる『調整日』である。
以前はよく先輩に誘われて出掛けたものだ……黒歴史……。
手を繋いで歩いたとか、一緒に食べたご飯が美味しかったとか、抹消したい記憶が次々と蘇ってきた。
寒い寒い……昼間なのに、私を包む空気だけよく冷えるなあ。
「今日は何をしようかなあ」
特に予定はないから、リフレッシュしようかな?
最近は色々あって、精神的なストレスが溜まりに溜まっている。
このままでは胃潰瘍になりそうだ。
ちなみに……先輩から、昨日のことで何か報告などは来ていない。
だから、茉白とどうなったのかも分からない。
私から聞くのもどうかと思うし、何かあれば連絡があるだろう。
こちらから首を突っ込むようなことはせずに、求められたら動くというスタンスでいたいと思う。
「んー……気分転換にでかけようかな!」
お洒落をして、一人でぶらぶらしてこよう。
そうと決めたら、さっそく準備だ!
※
「ふんふ~ん」
ご機嫌な私は、鼻歌を歌いながら道を歩く。
今日は髪を纏めてアップにしてみた。
編み込みも入れていて可愛いけれど、どこか『バリバリ仕事をしている女性』な雰囲気が出ていてかっこいい! ……と勝手に思っている!
服もモノトーンで揃え、シックな装いにした。
我ながら今日の私は「大人っぽいお姉さん」だ。
ツインテールの真逆をいっていると思う。
「うん、やっぱりこういう系の方が私は好き!」
ヒールも少し高めのものにした。
これは歩き始めてから『失敗した』と思ったけど……。
いっぱい歩くかもしれないのに……既に痛いし……。
背伸びをしすぎてしまったかも、と後悔したが、それもまた楽しい。
バスに乗り、お気に入りの雑貨屋さんを目指す。
そこは住宅地でお店の数は少ないけれど、とても整備されていて一帯が綺麗だし、緑もあって落ち着く。
バスを降り、煉瓦の敷かれたお洒落な歩道を歩きだす。
「建物もみんなお洒落で、海外の町中にいるみたい……!」
ルンルン気分で進んでいたら、すぐに目当ての雑貨屋さんが見えてきた。
この先にあるロッジのような建物がそれだ。
到着して扉を開けると、カランコロンと気持ちの良い音が私を迎えてくれた。
あ~癒やされる~。
目の前に並ぶ雑貨にも胸が躍った。
ここは北欧雑貨が多いが、ポップなアクセサリーも置いてあったりする。
時間はたっぷりとあるので、私は店内をぐるりと一回りしてみることにした。
「……あ」
アクセサリーコーナーで、私は見覚えのあるものをみつけた。
シルバーのチェーンに、石が嵌められた鍵のモチーフがついているネックレスーー。
先輩が私にプレゼントしてくれた、あのネックレスだ。
「そっか……ここで買ったのね……」
……私がこの店を好きだってこと、覚えてくれていたのかな。
「はあ……」
自然と大きな溜息が出た。
先輩のことを頭から追い出して、リフレッシュするためにきたというのに……。
こんなところに来てまで私の脳に侵入してくるなんて、なんという粘着質な!
本当に最低……胸は苦しいし……わけの分からない涙は込み上げてくるし……迷惑すぎる。
「ああ!? あんた!」
「はい!!!?」
突如背後から大きな声が聞こえ、驚きで飛び上がりそうになった。
何!?
恐る恐る振り返ると、そこには緑の髪の美少女が立っていた。
「……翠先輩?」
どうしてここに?
こんなところで会ってしまうなんて――。
先輩のネックレスといい、翠といい……。
運命の神様は私に休息を与えてくれないようだ。
「ちょうどいいわ。あなた、ちょっと付き合いなさいよ」
「え? はい?」
ダンダンッと足音を響かせながら店内に入ってきた翠は、私の腕を掴んで引っ張っていく――。
何処かに連れ出されてしまう!
私まだ、買い物してないんですけどー!?
※
「葵は私のものなんだからね。分かっているわよねえ?」
連れ出されたのは、大きなマンションの谷間にある公園。
ブランコに座らされた私の前で、翠が仁王立ちしている。
「はあ……」
「…………」
気のない返事をすると、キッと睨まれた。
怖いんですけど……。
この公園も町並みに合わせて綺麗に整備されていて安全そうだし、敷地も広い。
広場もあり、バトミントンをしている親子がいる。
そんな和やかな光景の中——。
眉間に皺を寄せ、鬼のような形相の翠に私は詰められている。
どうしてこうなったの……。
「ちゃんと聞いてる? もう一度言うわ。葵は私のだから!」
「……左様でございますか」
「そうよ!」
「あんな男、やめた方がいいですよ」と言いたいが、この気迫の前では私は無力だった。
まあ、私が何を言っても、耳を貸してくれるタイプではないと思う。
だから、やはり違う側面から攻めるべきだろう。
具体的にどうするかは決まっていないけれど……。
「分かってるならいいわ」
翠はそう肯くと、私の隣のブランコに座って揺れ始めた。
あの……私はもう帰って宜しいのでしょうか。
翠という熊を刺激しないようにゆっくりと、こっそりと逃げよう。
そう思い、立ち上がろうとしたが……。
ブランコに乗りながらも、さっきまでとは違う神妙な顔つきになった翠に違和感を感じた。
「葵の中で、私は何番目なんだろうね」
「え?」
「今はあなたが上みたいね。……ううん、ずっとあなたが上だった。ほんとムカつく」
私に向けて言ったようだが、独り言のようにも聞こえた。
ブランコの揺れを止めて俯く翠は、普段とは違って弱々しく見える。
今の発言は……。
先輩が自分以外の女の子と仲良くしていることを把握しているような言動だった。
翠はゲスの悪行が耳に入っていたとしても、認めないタイプだと思っていたが……。
「あはは! こっちにおいでー!」
「待ってよ~!」
元気な声を上げながら、子供たちが無邪気に走っていた。
はしゃぎすぎて転びそうになりながら、私達の前を通り過ぎて行った。
翠を見ると、優しい目で子供達を見ていたが……どこか陰りを感じる。
今の子供達に、離れてしまった幼なじみと自分の姿を重ねたのだろうか。
それとも元気に走り回る姿を見て、走ることをやめてしまった自分の後悔が蘇ったのだろうか。
「先輩はもう、走らないんですか?」
「え?」
「あ、先輩は凄い選手だったって聞いたことがあって……。でも、見たことないから見てみたいと思って」
無意識に質問してしまい、ゲーム知識の部分をうっかり話してしまって焦った。
誤魔化しながら翠の様子を確認するとブランコの鎖を握りしめ、さっきよりも深く俯いていた。
「……私に走る資格はない。無くしてしまったわ」
なんとか聞こえたが、翠らしくない弱々しい声だった。
やはりまだ、翠は過去のことを乗り越えられていないようだ。
「それに……もう鈍っちゃったし!」
今度ははっきりと聞こえる声だった。
上げられた顔は明るいものになっていたが、悲しい笑顔だった。
強がっているようにしか見えない。
怪我をさせてしまった幼なじみへの罪悪感——。
そして、走ることへの未練——。
溢れ出てくる後悔を無理矢理押し込めているようだった。
見ている私までつらくなった。
何か力になれることはないのだろうか。
……そうだ、いいことを思いついた。
「翠先輩、私と競争しましょう!」
「は?」
勢いよく立ち上がり、翠に勝負を持ちかけた。
「私が勝ったら、先輩は私の言うことを聞いて下さい! あの鉄棒がゴールです! よーいどん!」
「え? は? ちょっと!?」
まともにやり合ったら、今は競技から離れているとはいえ、翠には絶対に勝てない。
これくらいハンデは貰わなきゃね!
戸惑っているうちに行ってしまえと、翠が立ち上がる前にスタートダッシュだ。
「いきなり何!? 待ちなさいよ!」
振り返る余裕がないので見ていないが、恐らく翠は追いかけて来ている。
本気で走らないとすぐに追いつかれそうだ。
高いヒールの靴にしたことがここでも仇になった。
走りにくい! でも、頑張る!
距離はそんなにない。
五十メートル走の時と同じくらいだと思う。
ヒールのせいで足がグキッとなったけど、気合いで進み……!
「ぐええっ……わ、私の勝ちです!」
か、勝った!
勢いで鉄棒がお腹に食い込んだけど!
鉄棒というゴールテープに突進してしまい、変な声が出て恥ずかしかったけど!
「ふ……ははっ、あはは! あなた今、カエルみたいな声出てたわよ!」
「…………!?」
振り返ると、翠がお腹を抱えて笑っていた。
ほぼ同時に到着していたようで真後ろにいたことにも驚いたが、笑われていることの方が気になる。
そんなに笑わなくても!
必死だったんだもの!
そんなことより……私の勝ちだ。
約束を守ってもらおう。
急に押し付けた約束だけど、追いかけてきたということは了承したということだ。
「翠先輩。私が勝ったので、『走る資格』を取ってきてください」
「え?」
「なくしてしまったら、また取ればいいんです」
そんな資格なんて本当はない。
だから翠の気持ち一つで、どうにでもなる。
「…………」
私のカエル声で笑っていた翠だったが、お願いを聞くと一気に表情を曇らせた。
「意味分かんないし。……なんでそんなことしなきゃいけないのよ」
「でも、後悔してるんですよね」
「…………」
返事がない、ということは異論はないのだろう。
それは曇ったままの表情からも読み取れる。
「一気に全て解決しなくてもいいんです。一歩でも、できることからでも踏み出してみたらどうでしょうか」
翠も今まで、前向きに考えたことはあったと思う。
やらなければいけない、と分かっていたけれど、踏み出せなかったんじゃないだろうか。
大事なことと分かっていても、目を背けてしまう気持ちはよく分かる。
「私も……向き合わなければいけないことがあります」
この数日、私の中に迷いがあった。
迷いは日を追うごとに濃くなるばかりで……昨日奴と二人で過ごし、それは更に濃くなった。
「葵のこと?」
「……そう、ですね」
本当の神楽坂葵を垣間見て、私の中で何か燻り出したものがある。
まだ救いようがある奴なんじゃないかと、僅かに希望を抱いてしまっている。
「葵のことは好き?」
「……いいえ」
「……あなたにも『迷い』があるのね」
何も言えない、苦笑いで誤魔化すしかできなかった。
「私、葵をあなたに譲る気はないわ。でも……そうね。私がずっと踏み出せなかったこと、少しだけ頑張ってみようかな」
そう言うと翠は鉄棒をつかみ、無駄のない動きでくるりと綺麗な逆上がりを見せた。
すごい、と思わず拍手を送る。
さすが、運動神経のいい人は何でもできるんだな。
私は逆上がりができない……。
小学生の頃は出来たけど、今は無理だ。
一瞬挑戦してみようかと思ったが……。
多分、無様にぶらんぶらんと垂れ下がるだけなのでやめておこう。
「ねえ。私のせいで、あなたと葵が階段から落ちたときのことだけど……」
鉄棒に乗り上げたまま、思い出したように話し始めた翠を見た。
「私、葵が捻挫したことに気がつかなかった。……あなたは気づけたのね。それがちょっと悔しかった」
言い終わるとくるりと前転し、鉄棒を降りた。
体操選手のように滑らかな動きをただ見守った。
先輩が捻挫したこと、翠は後から知ったのか。
翠が気づけなかったのは、奴が翠にはバレないように気をつけたからだと思うが……。
「じゃあね! さっきの不細工な声、面白かったわ! 葵に聞かせてやりたかったくらい」
「それは忘れてください!」
言いたいことはすべて言い終わったのか、私がさよならを言うより前に、翠は元気に走り去っていた。
「やっぱり早いなあ。走り方が綺麗だし……」
翠の後ろ姿は何気なく走っているだけなのに輝いて見えた。
これをグラウンド見ることができる日は、もしかしたら近いかもしれない。
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