第14話

 昇降口で話していると、後から来るであろう先輩と翠にみつかりそうなので、歩きながら話すことにした。

 幸い帰る方向は一緒だったので、茉白と並んで帰路を歩く。


 下校時間とあり、車の通りも多ければ人の姿も多い。

 騒々しい中を進んでいるのだが、私達を包む空気だけは無音だ。


 茉白は中々口を開かない――。

 私も重々しい空気を感じて、雑談を始める気にはなれない。

 結果的にお互い無言で、ただ歩いている。

 ……気まずい、息苦しいな。

 話があるというから一緒にいるのに、何故話さないのだろう。

 そう思っていたら……。


「あなたって策士なのね」

「え?」


 唐突に茉白が口を開いた。

 ……策士? 


「何のこと?」


 顔を向けると、茉白は攻撃的な表情で私を見ていた。


「私に散々あんなことを言っておいて、自分は一番先輩との時間を得ている。『押して駄目なら引いてやれ作戦』が成功ってところかしら。私も見習いたいわ」

「え……あ、違う! ……そうじゃないわ!」


 一瞬何のことか分からなかったが……茉白は勘違いしているようだ。

 確かに、何故か先輩を避けるようになってから、一緒にいる時間が増えているが、私の意思でそうなったのではない。


「ならどうして! 毎日一緒に登校しているじゃない! 昨日だって、猫屋敷先輩の順番を取り上げたくせに! 今日は私の番だったのよ!? あなたのせいで……あなたが余計なことをしたから、皺寄せが私にきちゃったじゃない!」


 皺寄せ、というのは、今日翠が先輩のところにきたことを言っているのだろう。

 でも、それも私のせいではないと思う……。


「私と彼の時間を返してよっ!!」


 そんなことを言われても……。

 曜日で女性を取っ替え引っ替え先輩がクズなのであって、私には非がない。

 そう正論を言いたいけれど……茉白を見ていると、言ってはいけないと察した。


 いつも落ち着いていて、知性を感じさせる振る舞いをしている茉白が、こんなにも取り乱している――。

 こんなに余裕が無さそうな彼女を見るのは初めてだ。

 余程精神的に追い詰めらているのかも……。


「ご、ごめんなさい……」


 私が悪いとは思ってはいない。

 悪いのはどう考えてもあいつだ。。

 でも、茉白のこの思い詰めた様子を見ていると、つい謝ってしまった。


「悪いと思うなら……先輩に近づかないで」


 近づいてくるのは向こうだ、とも言えない。

 そんなことを言ってしまったら更に怒らせてしまう。


 どうして茉白はここまであいつのことを想うのだろう。

 ひどいあいつのことを許せてしまうのだろう。


「本当に嘘をつかれていても嫌じゃないの? 許せないって思わないの?」

「……それはあなたが恵まれているからよ」

「え?」


 どういうこと?

 意味が分からないが、解説をお願いしてもいい雰囲気ではない。

 何もできずただ茉白を見ていると、私の視線に答えるように口を開いた。


「唯一の存在じゃなくても構わない。私を愛してくれるなら――」


 それは小さな呟きだった。

 本当は私に聞かれたくないのかもしれない。

 でも私は聞こえてしまった。


 今の言葉を聞いて、ゲーム知識の中にある茉白の境遇を思い出した。


 母子家庭に育ち、日夜忙しく働く母の帰りを一人で待つ日々——。

 夜中に帰ってくることも多く、食事はいつも孤独。

 茉白の母に愛がなかったわけではない。

 働かなければ食べていけなかった、それだけだ。


 娘と一緒にいたいけれど働かざるおえない母。

 寂しいけれど境遇を理解しているため何も言えない娘。


 そんな母娘は、お互いに遠慮したまま時が流れ、心が少しずつ離れてしまった。

 それぞれ振り向いて歩み寄ろうとする機会はあるのにタイミングが合わず、目を合わせることがないままだ。


 茉白は寂しいのだろうか。

 彼女は人との関わりが苦手なようで友人もいない。

 『出来ない』というより『作らない』という感じだが……。


 誰かと繋がっていたいのだろうか。

 だから先輩を失いたくない?

 でも、みつけた繋がりが『偽りのもの』だなんて悲しい。


「ねえ」


 声をかけると、茉白は忌々しそうな視線をこちらに向けてきた。

 嫌われてるな……そう分かったけど……言いたい。


「私、あなたと仲良くなりたい」

「は?」

「友達になりたいの!」


 こんなことを言葉にするなんて照れてしまうけど、思いのままに伝えた。

 だって、本当にそう思ったから――。

 真剣だという意思を込めて、真っ直ぐに茉白の顔を見た。

 彼女は固まっていたが、その顔は段々と曇り始め、険しくなり……。


「は? 馬鹿にしているの? 先輩の代わりでもするつもり? だから私に我慢しろと? それとも哀れんでるってわけ!?」


 声を荒げ、捲し立てた。

 どうやら怒りを買ってしまったようだ。


「違うの! 上手く説明できないけど、本当の気持ちなの!」


 これは「おごり」かもしれないけれど……私は茉白を助けたい……!

 ゲスから守りたいというだけじゃなく、力になりたい。

 けれど私にあるのはゲームでの知識の茉白だけ。

 だから知りたい、今こうやって話をしている茉白を。


 話したところで信じて貰えない。

 上手く説明出来ない私に痺れを切らしたのか、茉白は私から離れた。


「お断りだわ」


 そう言うと茉白は人の間をすり抜け、走り去ってしまった。


「そんな……」


 言いようのない悲しさを堪えながら彼女の背中を見送った。

 フラれてしまった……。


「でも、諦めない」


 やっぱり茉白を知りたい。

 私は茉白と友達になろうと思う!

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