第6話

 本日は週の始まり、月曜日だ。

 今日、好感度が上がる攻略キャラはドジッ子教育実習生、小馬谷こまたに赤里あかり

 赤髪ショートヘアーに茶色の瞳。

 健康的な美人で、初々しいスーツ姿が魅力的である。


 放課後、クズ先輩の姿はやはり彼女の所にあった。


「朝は私のところに来て、あんなことがあったのに……通常運転で女のところにいくなんて……」


 呆れ超えて、妙に感心してしまう。

 私のことなんて、ほとんど気にしていないのだろう。

 別に私も、もう気にしないけれど……。

 神経の図太さに腹が立つ。

 地獄に落ちろ。

 針山を歩け、血の池で溺れろ、釜茹でになれ!


 心の中で呪詛を吐きつつ、クズに目を向ける。

 二年生の教室が並ぶ二階の渡り廊下で、クズと赤里は楽しそうに談笑していた。


「あ」


 クズが赤里の頬に手をあて、何か囁いている――。

 すると、赤里は顔を赤らめ、潤んだ瞳でクズを見つめた。


「きしょすぎる……さ、寒っ」


 ああやって自分も攻略されるところだったのかと思うと震えそうだ。

 このまま見続けていると氷ってしまう。

 目を離そうとしたその時——。


「…………!」


 クズと目が合ってしまった。

 私は思わず顔を顰めてしまったが、クズはこちらを見て目を見開いたまま固まっていた。


「!」


 ハッとしたクズが、急いで赤里の頬から手を離した。

 私に見られてまずいと思ったようだが、私はもう攻略対象者ではないだから気にしなくて大丈夫だぞ。

「私だけじゃないの!? 先輩、ひどいわ!」なんて、泣きながら去ったりはしない。


 赤里に気づかれないうちに去ろうと、すぐにその場から動いた。

 私には奴に鉄槌を下すという大事なミッションがあるのだ。


「恨みは必ず晴らします」


 ――とは言っても、バットを持って強襲とか、物理的に攻撃したりはしない。

 当たり前だけれど。

 だって私、乙女だもの!

 あいつにとって、ダメージが大きいことをしようと思う。

 それは―—。


「あいつが必死にためてきた『好感度』をなくして、非モテにしてやる!」


 あらゆる手をつかって、あいつが攻略している女の子達の目を覚まさせてやるのだ。


 スマホを駆使し、上手に女心を掴んできたあいつの努力を全て無駄にしてやる。

 これが間違いなく一番ダメージになるだろう。

 ストップザハーレム!

 温暖化と同じくらい、阻止しなければなるまい!

 京都議定書に追記して欲しいくらいだ。


 まずは、今日餌食となっている赤里をクズの魔の手から救おう。

 彼女は教育実習生として、この学校にきている。

 自分の恩師のような「素敵な教師になる!」と夢を抱いてこの学校に来たのだが……。


 奴の術中に嵌まり、頭の中は奴のことでいっぱいになっている。

 折角の実習の場で身が入っていない。

 嘆かわしい……恩師が泣くぞ!


 私は誰もいない職員室に侵入し、こっそりと彼女のデスクの上に、手紙を入れた封筒を置いた。

 奴を尾行した時に取った女の子達との写真と共に『目を覚ましてください。貴方の夢を大切にしてください』という言葉を添えて――。


 それともう一つ。

 ゲームでの知識を利用しようと思う。

 赤里のデスクの中には、恩師に貰った本がある。

 その本には、恩師と撮った写真も挟んであるはずだ。


「……あった」


 一番下の大きな引き出しの底。

 こんなところにあるなんて、最近この本を読んでいないのではないか?


「いつまでもクズに現を抜かしていてはだめよ」


 彼女の覚醒を願う手紙の横に本を置く。

 そして、恩師との写真は、本の上に乗せた。


「良い笑顔……」


 写真は卒業式の時に撮ったもので、恩師と花束を持った高校生の赤里が、溢れる笑顔でピースをしていた。


「この時の気持ちに戻ってくれるといいのだけれど……」


 すぐに目が覚めるというのは無理かもしれないが、どうか彼女が覚醒するきっかけになって欲しい。

 様子を見て、効果がなければ次の手を講じよう、そう思った時だった。


 ――カッカッカッ


「!?」


 廊下に響くヒールの音——。

 女性の職員がこちらにやって来る。

 幸いドアは開いているので、すぐに逃げられるが、ひとまず柱の陰に隠れて様子を見ることにした。

 気配を消しながらこっそり覗くと、見えたのは赤い髪だった。

 どうやら、赤里がクズと別れて戻ってきたようだ。


「ああ、もう」


 赤里は、鍵置き場に鍵を戻そうとしたが、何度か落としてモタモタしていた。

 こんな誰も見ていないところででドジッ子ぶりを発揮しなくても……。

 クズが見ていたら『可愛い』と思うのだろうか。

 私は若干苛々している。

 せっかく戻ってきたのだから、早く自分の席に戻って手紙をみつけてよ!


 悪戦苦闘の末に鍵を片付けた赤里は、今度は何もないところで躓きながら自分のデスクに戻った。


「ん?」


 私が仕掛けた手紙が、すぐに彼女の目に止まったようだ。

 恩師の写真と本にも気づいたようで、『どうしてこんなところに?』と首を傾げている。

 不思議に思いつつも、赤里はまず封筒に手を伸ばした。

 封を開き、まず目にしたのは……写真だ。


「嘘……葵君?」


 赤里は目を見開きながら、ゲスの名前を口にした。

 誰もいないとはいえ、職員室で奴の名前を出すなんて迂闊では?

 そう心配になったが、状況を忘れるほど動揺してしまったようで……。


「…………っ」


 赤里は無言の悲鳴をあげながら、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。

 額に手を当て、今にも泣き出しそうな声で『嘘……嘘……』と繰り返し呟いている。

 その表情を見ると、真実をしってしまったときの自分と重なって胸が苦しくなった。


『ゲスめ、ざまあ!』とは思えなかった。

 つい最近まで同じ状況だった彼女の心に共鳴するように、私の中にもずしんと重いものが落ちた。

 こんなこと、やるべきではなかったのだろうか。

 一瞬、そんな迷いが生まれた。

 でも、奴の本性を知らないままでいるなんて……。


「……あ、まだ何かある……手紙?」


 私が葛藤している間に、赤里は手紙に気づいたようだ。

 白い紙を広げ、そこにある文字を読む。


『目を覚ましてください。貴方の夢を大切にしてください』

「…………」


 赤里の目が、大きく開いた。

 そして、ゆっくりとその目は、恩師との写真の方に向いて……。


「……先生」


 浮気写真を捨てるように机に置き、恩師との写真を手に取る赤里。

 ジーッと写真を見る赤里の目には、じわじわと涙が……。


「私、何をしていたんだろう……ここに何をしに来たんだろう……ううっ……」


 静かな職員室に、明かりの鳴き声が響く――。


「先生……まだ、間に合いますよね……私……心を入れ替えます……馬鹿な教え子でごめんなさい……」


 ……戻ろう。

 私のミッションは終わった。

 赤里先生……これからは夢に向かってがんばってください。

 同じ男に引っかかってしまった仲間として、あなたが幸せになり、夢を掴むことを願っています。




「ひとつ復讐できたのに、あまりすっきりしないな」


 まだ全員は救えていないが、クズ先輩のハーレム計画を阻止できたのだから、喜びたいところだが……。

 裏切られていた気持ちが分かるから、嬉しいより共感が勝ってしまう。


 家に帰ったら、甘いものでも食べて癒されよう。

 そんなことを考えながら、校門を出ようとしたら――。


「黄衣!」


 突然腕を掴まれた。

 何ごとかと驚いて見てみれば……犯人はお前か!


「先輩。触らないで、と言ったはずですが?」

「黄衣、さっきのは小馬谷先生の顔に髪がついていたんだ。だから……」

「興味ありません」

「……え」

「だから、私には何の関係もないことなので、そのような報告は一切いりません」


 目を見てはっきりとそう告げると、クズは困惑したような表情を浮かべていた。

 私の真意が分からない、と言った様子だ。

 言葉のままなのだが、日本語が分からないのだろうか。


 赤里先生本人には『赤里』と名前で呼んでいるのに、こうやって説明するときに『小馬谷先生』と言っているのも癇に障る。

 相手にせず腕を振りほどいて帰ろうとしていると、クズが手に力を入れ微笑みかけて来た。


「黄衣。一緒に帰ろう」

「未来永劫拒否します」


 空気読めないの? さっきまでの流れでよく誘えるなあと呆れる。

 もう私は「先輩と一緒に帰れるなんて、嬉しいですっ」なんて、もじもじしながら言うことは二度とない。


「一生誘わないでください! フォーエバー!」


 反応を確認することもせず、強引に腕を振りほどいて家に向かう。

 ついて来ないでよね! 永遠にグッバイ!

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