第7話
「ん~~! よく寝たあ!」
クズの毒牙から一人救出することができた翌日。
私は爽快な気分で朝を迎えた。世界よ、おはよう!
昨日の内に甘いものを食べてリフレッシュできたし、ストレスでお肌が荒れないよう早めに就寝して、頭の中もすっきりだ。
朝からフルーツを食べ、ビタミン補給も万全。
牛乳も飲んだし、カルシウムも摂った。
「朝から美容にいいことができて幸せ……年をとったら、美魔女間違いなし……!」
窓の外を見ると良い天気で、日差しが強くなりそうだった。
日焼け止めも塗っていこう。
もちろん、今日もツインテールではなく髪を下ろしているが、裾を綺麗に撒くことができた。
今日の私、完璧すぎる。
清々しい気持ちで玄関の扉を開け、学校に向けて出発する。
今日は何かいいことがありますように!
「黄衣、おはよう」
「…………」
髪よ……何故だ……。
私の表情筋は機能を停止した。
一秒もかからず期待を裏切るこの神の仕打ち。
あんまりじゃないですか!?
今日もクリーム色のサラサラヘアーを風に揺らし、溢れる笑顔で無駄にキラキラを振りまいているゲスの登場だ。
求めてませんけど!!
あれだけ拒絶したのに、何も響いていない様子が怖い。キモい。
脳のシナプス、繋がってますか?
全身で嫌悪を放つに私に、ゲスは笑顔で何か差し出してきた。
「これ、昨日買ったんだ。黄衣に似合うと思って……。この石が君の瞳の色と同じなんだ。受け取ってくれないか?」
自信があるのか、嬉しそうな笑顔で渡してきたのはネックレスだった。
シルバーのチェーンに青い石が嵌められた鍵のモチーフがついている。
とても可愛くて、確かに私の好みに合うが……それが怖い。
「遠慮します」
「え? 黄衣!?」
「先輩にこんな素敵なものを頂けるなんて、夢のようですっ」と言って、つい飛びついてしまう私を見られるとでも思っていたのか?
以前の私ならありえるが、今の私にはありえない。
今後一切ありえませんから!
「えっと……どうして……」
ゲスはスマホを気にしている。
好感度を確認しようとしているのだろうか。
折角良い気持ちで靴を履いたのに、扉を開けただけでこんなに最悪な気分になるなんて……神様、恨みます。
このゲスのことは無視だ、無視!
「あ、黄衣! 待って、これっ」
「いりません! ……あっ」
しつこく渡そうとする手を振りほどいた勢いで、ネックレスを地面に落としてしまった。
「…………」
クズは無言でネックレスを拾い、こちらを見た。
その目は、捨てられた子犬のようで……。
「…………っ」
罪悪感で胸が痛んだ。
初めて見る先輩の悲しそうな目を見ていると、どんどん胸が苦しくなってきて……。
「……貰ってはくれないんだね」
「頂けません。でも……落としてしまってごめんなさない」
……逃げなきゃ。
なぜだか分からないけど、あの目を見続けていたら駄目な気がした。
何が駄目なのか、上手く言えないけれど……。
振り切るようにそのまま駆け出した。
あいつは、最低最悪のクズだ。
『女の子に贈り物』だなんて、特別なことじゃない。
落とすための常套手段で、なんの重みもない。
だから、振り払って落としてしまったことなんて気にすることはない。
私はもっと酷いことをされたんだから、あんなことぐらい……!
――そう思うのに、どうしてまだこんなに胸が痛いのだろう。
振り返ったが、奴の姿はなかった。
喜ばしいことなのに……少し気分が沈む。
それに、あいつの悲しそうな顔を思い出すと、胸に突き刺さったものがどんどん深くなっていく――。
「はあ……どうして私がこんな想いをしなくちゃいけないのよ……」
俯いた先に見えるアスファルトに、小さく溜息を零した。
※※※
授業の合間の休憩時間になり、廊下の窓から空を見上げた。
想像していた通り、今日は日差しが強い。
日焼けしたくないから外に出る気はしないけれど、青空が広がっていて気持ちがいい。
綺麗な空を見ていたら、朝に感じたモヤモヤも少しは晴れてきた。
今日日直の私は、担任の教師に呼ばれて職員室に行っていた。
プリントの束とみんなのノートを渡されて、今は教室に戻っているところだ。
この時間は比較的奴と遭遇する確率が低い。
教室に着くまでに、出会わなければいいのだが……。
以前はこの時間に『会えない時間が寂しい』と思っていたことにゾッとする。
正気になれて、本当に良かった。
朝にあいつから受けたダメージは多少残っているけれど、気にしないことにした。
気にしたら負けだ!
あれは『ああいう戦術』なのだ。
絆されてはいけない! と自分に言い聞かせている。
「わっ……落ちそう……」
束ねて積み上げたノートとプリントが、腕からずり落ちてしまいそうで歩きにくい。
長い廊下はまだまだ続いている。
ノートとプリントくらいなら一人でも余裕と思ったのだが、思っていたよりおもいし、誰かに声を掛けて手伝って貰えば良かったと後悔した。
「黄衣!」
「ひいっ」
毛が逆立つこの感じ……あいつだ!
もう大丈夫かなと油断していたから、カサカサと動く黒い嫌われモノのアイツが出てきたような拒否反応を起こしてしまった。
キモさでいうと、確かに同レベルだけど……。
あ、しまった……驚いた反動で、積み上げていたプリントが崩れ始めた。
慌てて体勢を立て直したが、気を抜くとまた崩れそうだ。
「大丈夫? 貸して? 手伝うよ」
「結構です」
四苦八苦しながら整えようとしている私を見かねたのか、奴が手を伸ばしてきたが避けた。
お前に借りは作らぬ!
大体なんなの?
朝のことを気にしている様子は一切ない。
私の胸には、あの寂しそうな顔がずっと残っていた。
浮かんでは消して、また浮かんでは消して――その繰り返しだった。
「俺が持つから、教室まで一緒に行こう」
「結 構 で す!」
さっきより強く否定をしたのだが、苦笑いを浮かべるだけで、まだ手伝おうと手を伸ばしてくる。
「黄衣が重たいものを持っているのに、放っておけないよ」
放っておいて頂ける方がありがたいんです!
ああもう……ぶっ飛ばした~い!
一緒に歩きたくないのに、この荷物がある限り走って逃げることもできない。
何か策はないかと周りを見渡す。すると……。
「あ!」
近くにクラスメイトの男子を見つけた。
名前……なんだったかな。
すごく素朴な男子……真のモブといった感じだ。
短い黒い髪、特段イケメンでもなく、不細工でもなく――。
派手過ぎず、地味過ぎず……まさに『クラスメイトA』だ。
「そこのA君!」
「エー君!?」
声を掛けるとクラスメイトA君は、飛び上がりそうな勢いで驚いた。
見開いた目で私を見ている。
そういえば、話すのは初めてかもしれない?
突然話しかけて申し訳ないけれど助けてください!
「ごめん! これ、半分持ってくれない? 一緒に教室に行って!」
押しつけるようにプリントの山を渡す。
受け取ったA君はとても戸惑っている。
「これは何?」と言いたそうな顔をしているが、ボヤボヤしているとクズ先輩に捕まってしまう!
「行こう! ね? 早く!」
A君に声を掛け、足早に廊下を進み始めた。
慌ててついて来てくれている姿を確認すると、更に速度を上げた。
「黄衣、待って!」
奴の声が聞こえたが振り返らない。
無視を続け、長い廊下を突き進んだ。
私は止まらない……絶対に止まらないぞ!
角を曲がり、教室まであと少しというところで振り返ってみた。
「よし、いない」
追いかけて来る様子もなく胸を撫で下ろしていると、私に荷物を押し付けられた彼の視線を感じた。
あ、ごめん。
一瞬存在を忘れていた。
「急にごめんね。手伝ってくれてありがとう!」
「ううん。それより……鳥井田さんに、『エー君』って呼ばれて驚いたよ」
クラスメイトなのに、名前が出てこないなんて申し訳ない。
あとちょっとで思い出せそうなのだが……!
「その、ごめん……」
「い、いいよ。全然! むしろ嬉しいっていうか……。オレも『きいちゃん』って呼んでいい?」
「え?」
何故そうなる、と思った瞬間思い出した。
そうだこの子、
『A君』と言ったのが『英君』と捉えられてしまったのか!
ミラクルだな……ちょうど良かったのか、悪かったのか。
「だ、だめ?」
「いいよ。英君」
笑顔で返すと、英君の顔も花が咲いたようにパアッと明るくなった。
「ありがとう! き、きいちゃん!」
照れているのか、はにかんでいる様子が可愛く見える。
それに、クラスメイトと仲良くなれて嬉しい。
私の失礼から始まったけど、上手く収まってよかった。
「あっちはいいの?」
「何が?」
「えっと……神楽坂先輩、用事があったみたいだけれど……」
「いいの。私にはないから」
「そ、そうなんだ……」
言い切った私の態度に戸惑ったのか、少し気まずそうに愛想笑いを浮かべてい英君君。
しまった。ついぶっきらぼうに言ってしまったが、最近まで仲良くしていたことを知っているだろうし、妙な気を遣わせてしまっただろうか。
「喧嘩でもしたの? ここ最近、仲良くしてないね?」
遠慮がちに投げられた質問にドキリとした。
周りは私達の変化に気づいている……。
あまり注目されたくないなあ。
顔を顰めた私を見て、英君は慌てた。
「ご、ごめん! 詮索するようなこと言って。でもなんか、噂になっていて……」
「噂?」
噂とか勘弁して欲しい。
面白半分で好き勝手言われるのは不愉快だ。
私の眉間のシワは深くなる一方だ。
「きいちゃんと神楽坂先輩が仲良くなくなった、って。実は……野郎連中は喜んでいるんだ」
「?」
「あ、きいちゃんって人気あるからさ! なんかさ、この学校の人気ある女子は皆、神楽坂先輩のことが好きだから。他の野郎連中にしたらつまんないっていうか……」
私が人気があるというのは初耳だ。
へえ……ちょっと……いや、結構嬉しいかも!
てへへ、とにやにや笑ってしまいそう!
自分のことだからピンとこないけれど、これでも一応ストーリーのある攻略対象者なのだから、多少人気があっても不思議じゃないのかも?
それにしても……男子生徒達が、あいつのことを羨ましがっているのも初めて知った。
そういえば、私はあいつ以外に親しい男友達はいない。
だから耳に入らないのかもしれない。
男子とは普通に話はするが、休みの日に会う間柄は奴だけだった。
……なんか嫌だなあ!
今は『彼氏』なんていらないけど、普通に話せる友達なら欲しい。
「それにきいちゃん、雰囲気変わって綺麗になったって評判良いよ」
「そ、そうなの!?」
それは嬉しい、凄く嬉しい。
妹あざといキャラから脱却出来つつあるということだよね!?
ツインテール以外でも、認めて貰えたと思っていいのだろうか!
「うん! オ、オレも……そう思う」
「本当? ……嬉しいなっ」
「…………っ!」
嬉しくて我慢出来ず、顔が綻ぶのを我慢できなかった。
えへへ、照れるなあ!
このまま「私とあいつは仲がよかった」という記憶も消えてくれたら言うことなしなのだけれど……ん?
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
気づけば、何故か英君の顔が真っ赤だった。
もしかして、あまり女子と話をしないのだろうか。
異性の友達が少ないだなんて私と一緒だ。
もちろんあいつは『異性』とはカウントしない。
ゲスという生物だ。
私の仲の良い男子はゼロだ。
英君とは是非ともよい友達になりたい。
「ん?」
窓の向こうに見える、別塔との渡り廊下。
中腹で停止しているクリーム色の髪に目が止まった。
「!」
あいつだ……。
「か、神楽坂先輩だよね?」
「……そう、ね」
奴は眉間に皺を寄せて、こちらを睨んでいた。
なんなの……! こわいー!
英君は圧倒されているのか、たじろいでいる。
「行こっ!」
立ち止まってしまっている英君に呼びかけ、先に進む。
何見てるのよ……やっぱりこわーい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます