第5話
クズを尾行して最悪な一日を過ごした翌日——。
最悪な気分で目を覚ました。
私はドラキュラにでもなってしまったのかと思えるほど、朝日が恨めしい。
世界を滅ぼしてもいいですか? と聞かれたら、「お好きにどうぞ」と言ってしまいそうなくらい、何もかもどうでもいいと思ってしまう。
起床時間に鳴ったスマホの目覚まし機能を止めて画面を見ると、あいつから電話が掛かってきていた。
メールも山ほど入っていた。
『黄衣、どうしたの?』
『大丈夫?』
『何かあった?』
『心配なので連絡をください』
「何が『心配』よ……もう名前も見たくない……」
あのクズ関係のものが、視界に入ると不快だ。
私のスマホにあるあいつの登録はすべて消去。
そして、登録していない番号からの着信は全て拒否にした。
「……よし! これでスマホを見ても不快にならない! アディオス、神楽坂葵! グッバイ、クズ主人公!」
今日から私は生まれ変わるのだ。
新生・鳥井田黄衣、爆誕だ!!
昨日は家に帰ってから泣き崩れたが、泣き腫らした顔になるのは嫌だったのでお風呂で泣いた。
湯船に浸かりながら泣いた。
水中なら声を出して泣いてもブクブク言うだけだし、家族に泣き声を聞かれることはない。
さっと顔を流せば目を擦ることはないし、腫れにくい。完璧だ。
あとはあんなゲスのために涙を流すは勿体ないと、ひたすら自分をマインドコントロールした。
――乙女ノ涙、トッテモ貴重、モッタイナイ、モッタイナイ。
自分に暗示、催眠だ。
宗教の教祖にでもなれそうだな、私。
そんな涙ぐましい努力で、顔はいつもの通りだ。
私……頑張った!
健気すぎる。えらい!
そして、当然ツインテールをやめた。
髪を下ろし、裾を少し巻いてゆるふわカールにする。
「ちょっとお姉さんになった感じ!」
あざとくちょこんと指を出していたカーディガンも脱いで腰に巻いてやった。
私は『妹キャラ』を脱却する!
脱・あざといキャンペーンの開始である!
そして、必ずあいつを地獄につき落としてやるのだ!
それが私の原動力!
さあ、玄関の扉を開けて、いざ出陣——!
「黄衣!」
「…………っ!?」
登校しようと玄関の扉を開けたのだが、一瞬でまた閉めた。
幻覚? と思ったが、今も扉の向こうで私の名前を呼んでいる声がする……。
(……何故いる!!)
思わず眉間に皺が入った。
地球から絶滅すればいいのに思っていた、ゲス属ゲス科の神楽坂葵の姿が扉の向こうにあったのだ。
「……あ。好感度がなくなったことが気になって、確認をしに現れたのかも?」
ゲス認定したときのことを思い出し、そう推測した。
「それに、告白の途中で逃げたんだっけ……」
ギリギリセーフで前世の記憶が蘇って、ゲスの餌食にならなかったことはよかった。
もう少し早く気づいていれば尚良かったのだが……。
「……なんて悠長に考えている時間はないか」
早く登校しないと遅刻してしまう。
いつまでも玄関で止まっているわけにはいかない。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、再び玄関の扉を開けて外に出た。
「黄衣? ……いつもと雰囲気か違うね。髪型変えたんだ?」
家を出てきた私を見て、まるで見惚れているように頬を赤らめてはにかむゲス。
もう、その芝居にも騙されない。
以前の私なら「似合ってないですか? 変ですか?」などと、流れ的に「可愛い」と言わせるような質問をしておいて、いざ可愛いと言われると「先輩にそう言われると……嬉しいですっ」と顔を真っ赤にさせていたところだか、覚醒した今となってはそんな寒いことはしない。
「今後は気安く名前を呼ばないでください」
「……え?」
あと裏で『黄衣たん』なんて、うすら寒い呼び方をしているのもやめてください。
「というか、今後一切私に話し掛けないでください。以上!」
「え? え?」
先輩は目を見開き狼狽している。
以前ならそんな先輩を見ると心配になったが、今はただただ鬱陶しい。
構うものか、と放置して歩き始めた。
「黄衣!」
暫くすると、混乱した様子のまま私の追いかけてきた。
名前を呼ぶなと言ったことが聞こえなかったのだろうか。
今は何をしても怒りしか湧かない。
あんなにときめいていたはずの整った顔も、見ていると拳を埋めたくなる。
法律で許されるなら、ボコボコにしている!
「黄衣? どうしたんだ? 何かあったのか? 俺が何かしたのか? 連絡しても繋がらないし……」
横から顔を覗き込まれ、思わず顔を顰めると、先輩は戸惑いを見せた。
顔を少し近づけたから、いつものように私が顔を赤らめるとでも思った?
……残念。そんなことはもう永久に起こりませーん!!
「あなたの登録は抹消しました。私の中のあなたの存在も抹消しました!」
「え?」
先輩の足が止まる。
強ばった顔が一瞬見えたが、私は足を止めずに進んだ。
「…………」
構わずスタスタ歩く私の背後に、ついて来る気配がある。
先輩がとぼとぼと歩いて追いかけて来ているのだろう。
構って欲しいオーラを感じる。
そんなもの、無視だ! 無視!
振り切る勢いで、私は登校したのだった。
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