第4話 始まりⅡ

しまった・・・・・・!ターゲットと接触してしまった。


接触しただけでなく、会話をしてしまった。殺すか・・・・・・、いや、我々はこれだけの戦力を保持してるという意思表示の為に彼女を捕縛しなくてはならないのだ。殺すわけにはいかない。


「いやぁ・・・・・・、奇遇ですね。私もあなたとはよく出会うなぁと思っていたところなんですよね。」


我ながら意味不明な事を口走ったと思う。が、こちらの目的がバレなければどうだっていい。


「それにしては何故隠れていたのでしょうか?ストーカーな何かですか?」


彼女の質問に俺はどんどん追い詰められていく。


「別に隠れていたとかそういうのではないんだ。ただね・・・・・・」


自分で言っていて恥ずかしくなってくる。というよりも言い訳にすらなっていない。


「私、警察に連絡しようかしら。」


まずい!もし警察なんかにバレたなら自分の素性がバラされる上に組織が壊滅してしまう・・・・・・。やはりここは殺すしか・・・・・・。


「うふふ・・・・・・。何を青ざめてますの?冗談ですのに。」


少女はクスクスと笑ってみせる。俺もそれにつられて安堵のつられ笑いをしてしまう。


「あなた、面白いですわね。」


少女はどうやらツボにでも入ったらしく、まだ笑っていた。


「では僕はこれで。」


俺はこの場で立ち去ろうとした。が、そうはいかなかった。


「ちょっと待ってください。」


少女は何を思いついたのか俺を引き止めたのだ。


「どう・・・・・・しました?」


俺はまた声を上ずりながらも返答する。


「まだあなたのお名前を聞いてませんでしたね?私は時貞摩耶。あなたは?」


彼女はこのような場であるにも関わらず、自己紹介をし始めたのだ。


「え・・・・・・?」


俺はかなり戸惑ってしまっていた。だがここで名乗らずに帰るのは相手に不信感を抱だかせてしまうと思えた。


「僕は・・・・・・・。」


少し焦ってしまう。何か答えなくては・・・・・・。


「僕は伊勢谷太一。」


嘘である。本名ではない。こんなところで本名を言う馬鹿はいないだろう。


「太一さん・・・・・・!いいお名前ですね!」


彼女の言葉は真剣そのものだった。偽名ではあるが少しばかり嬉しく思えた。


「ありがとうございます。名づけてくれた親にそう言っておきますよ。」


俺はそれだけ言い残してまた去ろうとして彼女に背を向けようとした時だった。


「太一さん。少しばかりお茶でもしていきませんこと?」


彼女は俺にとって信じられない言葉を口走った。


何故見ず知らずの俺をそんなものに誘う?だがこれはチャンスなのかもしれない。彼女と話しているうちに何か情報を聞き出せるかもしれないと思ったからである。


「分かりました。」


了承した。後の事を考えると了承してしまった。という言葉の方が適切かもしれなかった。


ウエイターがやってき、注文を伺う。


「私はホットコーヒー、ブラックで。あなたは?」


喫茶店なぞ初めて来たのだから何がいいのか分からない。普段コーヒーも紅茶も飲みやしない。


「同じので。」


ウエイターにそう伝え、ウエイターはそそくさと去っていき、コーヒーを作り始める。


「太一さん、あなたのお住まいはどこなの?」


お決まりの質問だった。


「僕は一人暮らしで駅のすぐのとこにアパート借りてますよ。」


俺はにこやかに答える。


「あら?一人暮らし?何か学校か何かには通ってらっしゃるの?」


「いえ、そうではありません。」


一瞬言葉が続かなくなっているのが自分自身でわかった。「お前を殺すためだ」なんてのは言えない。接触するという想定をしていないため、このような問答に対してどのように答えていいかわからなかった。


「どうしましたの?太一さん。」


おそらく言葉が続かなかったので疑われたのだろう。早く言い訳を考えなくてはいけない。


「少し親元を離れて、一人で暮らしてみようと思いまして。一念発起というやつですかね。」


かなりテキトーな言葉を並べたと思う。が、ディテールなんてのはどうでもいいのだ。今を誤魔化せたら。


「一念発起・・・・・・。なるほど。」


どうやら納得してくれたようだ。案外簡単なのかもしれない。


今度はこちらから聞き出してみよう。


「摩耶さんはどこにお住まいなんですか?」


少しばかりこちらからも聞き出してみる。


「私ですか?私はここからそんなに遠くない場所でして。」


「へえ、もしかしたらお近くに?」


「まぁ。」


自宅こそまだ知らなかったが、ここからそう遠くない場所なら検討は付けやすくなった。


「あなた、不思議ですね。」


彼女の口調がいきなり変わった。


「どうかしましたか?」


俺の回答と共にコーヒーが届いた。ウエイターから運ばれたそれは芳醇な香りを漂わせ、会話を弾ませるはずであった。


「あなたと話していてもあなたの本心が見えませんもの。」


この彼女の言葉にはいくつものトゲが感じられた。彼女のつまらなそうな顔が覗かせる。


「どういう意味ですか?」


俺は毅然を装って返す。


「優しそうな顔、優しそうな声をしているのに瞳の奥には濁った泥のようなものがあなたからは感じられるの。」


「俺から・・・・・・?」


何を言っているのかわからなかった。


「ええ。まるでマシーンのような冷徹であろうとするけどなりきれないその瞳、感覚。」


コーヒーを持つ俺の手が震える。口に液体を含むも、味はしなかった。


「何が言いたいのか俺にはわかりませんね。」


強がりであった。正直もうかなり感情その他が揺さぶられていた。初めてであった。そのような事を言われたこと。そして自分の正体を見破られそうになることが。


「あなたは悲しそうな目をしている。過去の自分のしたことに怯えている。自分というものをこれまでに作って来れなかった・・・・・・。」


彼女の言う言葉がまるで自分を締め付ける呪いに思えてくる。


「やめろ!やめろよ!」


俺は大声を上げてしまう。頭がこんがらがり、人目も気にせずに叫んでいたのだ。ウエイターがこちらを見る。不意に振った手がコーヒーカップにぶつかり、中に入っていた黒い液体がぶちまけられる。


「何がわかったつもりだ!黙れよ!」


俺は混乱していた。まるで何かのNGワードを言われ、戸惑っているようであった。何が起こっているのかは俺にもわからなかった。知りもしなかった。ただただ目の前の女が自分の全てを見透かしているようで怖かったのだ。


気がついたら俺は外を出ていた。喫茶店を飛び出て、頭を抱えながら商店街の道へと早歩きしていた。


「待って!」


後ろから耳障りな女の声が聞こえる。


「あんたに何が分かる!」


俺は振り返り、女に応答してしまう。


「わからないわ。でもあなたは最初からさいごまで虚ろだった。まるで私と話すのに別の感情を持ち合わせていたわ。」


女の言葉にも感情が乗っていた。それは哀れみではなく、まるで目の前の青年に寄り添うようなそんな感情。


「俺だって!好きでやるもんかよ!あんたみたいにぬくぬくとしてきた人間にわかるものかよ!」


俺は胸ポケットにしまっていたディクテイターを取り出し、女に構える。


「アンタを殺せば終わる・・・・・・!」


俺は呼吸を荒くしながら引き金に指を伸ばしていく。


「本当に終わりますの?」


女は銃口を向けられているにも関わらず、こちらにゆっくりと迫ってくる。


「私を殺してもまた誰かが私の仇討ちの為に銃を手に取りあなたの心臓を打ち抜くことでしょう。」


「黙れ!」


女はこちらへと近づいてくる。


「ごめんなさいね。私は知ってましたの。あなたのこと。」


「なんだと!?」


俺は引き金にかける指の力を緩めてしまう。


「父が政治家ですのよ。嫌でも見てしまいます。あなた方の組織のことを。」


彼女の独白は続く。


「1枚の写真がありましたの。そこにはあなたの所属しているテロ組織のメンバーの写真。そこにあなたの写真がありました。」


「あなたは優しい目をしていましたわ。まるで世界の事を知らないような純粋無垢な瞳。」


「名前こそわからないものの、私は直感的に悪い人ではない。と思えたのです。」


「父はこの組織の連中は人ではない。分かり合えない。私設武装組織を動かし、殲滅する。それは日本国民を守る事につながる。とおっしゃっていましたわ。」


「ですけど私はそうは思えなかった。あなたの目を見てそう思いましたの。私はこの組織の人間の人たちを説得してみせる。そう決心したのです。」


彼女の独白が終わる頃には俺は涙で溢れていた。彼女の言葉は嘘とは思えなかった。


「本当は辛かったのでしょう?本当は子供の頃から銃よりも筆を持ちたかったのでしょう?」


俺はその場に泣き崩れてしまう。


「私と共にこの国をよくしていきません?」


泣き崩れた俺に彼女はそっと手を差し伸べてきた。


「うぅ・・・・・・うぅ・・・・・・・!」


俺は涙で前が見えなかったが、しっかりとその手を握ったのは憶えている。


「改めまして私は時貞摩耶。あなたは?」


彼女にもう嘘はつけなかった。


「・・・・・・悠也。俺は三日月悠也。」


そう言うと彼女はにこっと笑い、こう言った。


「いいお名前です。太一さんよりもあなたに似合った名前に感じましたわ。」




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