第四章 睡蓮の『灯』り PART13
22.
「……屋久島で母が亡くなってからです。父は苦しみから逃れるように仕事に打ち込みました。やがて暖かい家庭は崩れ母が好きだった庭の花は全て枯れました」
辛い過去だ。だけど自然と言葉は出てくる。今までプライドの塊だった自分がこんな泣き言がいえるようなっているのは椿だからだ。
「花のように弱いままでは生きていけない、そう思いました。信じられるものは目に見える数字だけ。私はそれから感情を抑え結果だけを追い求めました」
父の教え。自分にそう言い訳をして数字に逃げてきた。
だけど、もう逃げない。逃げたくない。
「数字を追い求めた結果、私はいつの間にか花を遠ざけるようになっていました。数字にできない感情を持っても何の特にもならない。春花さんと出会う前は本気でそう思っていました」
だけど、あなたが――。
「この一年で、たくさんのことを教えて貰いました。春には花に一瞬の輝きがあること、夏には心を奮わせる花があること、秋には……冷えた紅茶がまずいこと」
「えっ?」
「と、ともかくですね。色々なことを教えて貰ったんです」
「は、はい」
リリーは空咳をし続けた。
「花にはたくさんの魅力があるのに私は目を伏せていました。でもこれからはもっと色んな花を知りたいと思ってます」
……あなたと、一緒に。
リリーが微笑みかけると椿もにっこりと笑ってくれた。
「僕はただのきっかけです。冬月さんが自ら選んだことですよ。そういえば……冬の花の魅力は伝えていませんでしたね?」
「冬の花、ですか?」
椿の口元がにやっと緩んだ。
「ええ。僕が左の扉を開けるので右の扉をリリーさんが開けてください」
この奥に花などないはず。あるのは露天風呂だけだ。
しかし椿はリリーの手を握り扉の方へと促した。
「さあ、一緒に」
二人は同時に扉を掴み同じタイミングで開放した。
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