第四章 睡蓮の『灯』り PART10

  19.


 次の日、リリーは頭痛で目が覚めた。どうやら酔っ払ったまま寝ていたらしい。慌てて鏡を見ると目が腫れている。


 ……そうだった。


 小さく溜息をつき、昨日の夜を思い出す。あれから桃子の自棄酒に付き合い、椿がすぐに潰れたため自分が付き合うはめになったのだ。その彼女は自分の布団を半分以上占めながらぐっすりと眠っている。


 桃子を起こし朝食に行く準備をする。彼女も大分飲んだみたいでアルコールの匂いを漂わせている。


 二人で念入りに歯磨きをした後、ロビーに向かうと薄暗い中、椿が待っていた。待合室の水槽の光が弱いように感じる。


「春花さん、体調よさそうですね」


「ええ。そういう冬月さんは大分悪そうですね。大丈夫ですか?」


 あなたが早く潰れたから身代わりになったのよ、そういいたかったが、頭に響きそうだったので止めておいた。


 朝はバイキング形式になっており、和食、洋食のどちらも好きなものを選ぶことができた。トレーに紅茶とヨーグルトだけを載せテーブルに着く。


「昨日のリリーさん、店長がいないことに腹を立てて大変だったんですよ」


「桃子ちゃん何をいってるの?」腫れた目で牽制する。「いつもと変わらない状態で飲んでいたので退屈だっただけですよ」


「私も危うく潰れる所でした……」桃子はこめかみを抑えながら低く唸っている。


「どんな飲み方してたんです? 桃子ちゃんが潰れるって……」椿は目を丸くしている。


「瓶ごと……」


「普通ですよ、普通」リリーは笑いながら桃子の口元を抑えた。


「……瓶ごと飲むのが普通なんですね、冬月さん実は強いんじゃ」


「いえいえ、そうではなく……」慌てて弁解しようとした所に女将が突然口を挟んだ。


「すいません、ちょっとよろしいですか?」

 その視線はリリーに対して向けられていた。


「……何でしょう?」

「もしよかったら今夜、鶴の間にお泊りになりませんか? 都合が合えばですが」


「それは……」今夜は泊まることはできない。明日からは通常の業務に戻るのだ。椿達にしても同じだ。


「他のお客様が急遽キャンセルされたんです。それでどうかと思いまして」


 キャンセルしたというのはおそらくストックだろう。彼もリリー達と同じ部屋で朝食を食べていた。その雰囲気は昨日の殺伐とした雰囲気とは程遠く和やかなムードだった。女将の旦那もにこやかだった。やはり椿の案が成功したのだろう。


「せめてお風呂だけでもどうでしょう。貸切ですので、ゆっくりできると思います。よかったら、ですが」


 女将は慎ましくいった。桃子がいる手前、大きくはでられないようだ。どうやら彼女は昨日の恩返しに鶴の間を使って欲しいらしい。


「そうですね、せっかくですし。皆で朝風呂を頂きませんか?」椿は女将の好意に甘えるようだ。


「やったぁ、私も一度いってみたかったんですよ。貸切風呂」桃子も嬉しそうにはしゃいでいる。


「じゃあお風呂だけお願いします」


 彼らが賛成するのであれば自分も乗らないわけにはいかない。それに第三の風呂がどうなったのかは気になる。


 ストックを再び見る。彼の顔には邪気がなく純粋に食事を楽しんでいるように見えた。


 一体、彼を変えるほどの風呂とはどんなものなのだろう。

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