第三章 楓の『終』幕 桃子視点 PART5
11.
日も暮れかけ紅葉の色が一段と赤に染まっていた。桃子は緋
あけ
色から移り変わっていく山の姿をバスの中からぼんやりと眺めていた。
椿と法隆寺へ向かい、彼の関係者に写真を見せると室生寺で間違いないという確証を得た。そして今、彼女は室生寺行きのバスに乗り込んだ所だ。
しかもこのバスは最終だ、後戻りはできない。必ず自分の心に決着をつけたい。
バスは山道のカーブを何度も切り抜け終点の室生寺前に着いた。桃子はバスから降り駆け足で寺に向かった。
朱色の橋を渡り慌てて受付に行くと、鑑賞時間は十分くらいしかないとのことだった。構わず受付を越えて目の前の大きな門を潜った。
大きな門を潜ると、楓に囲まれた細い道が続いていた。どの葉もまんべんなく染まっており身頃を迎えている。このまま進んでいけば室生寺の五重塔に続く階段があるだろう。着実に目的の場所に近づいている。彼女の心は紅葉のようにゆっくりと熱を帯びていった。
階段は段差が激しくまた数が多かった。この三日間歩きっぱなしだった足にはかなり堪える。だが今は泣き言をいっている場合ではない。一刻も早く楓が関与した五重塔なのかこの眼で確かめたいのだ。
顔を上げると森の中にぽつんと小さな塔が建っているのが見えた。初めて見た建物なのにどこか懐かしい感じがする。今まで感じていた焦りが唐突に風に流され消えていく。
息を整えながらゆっくりと階段を登り終える。その時、気持ちのいい風が彼女を出迎えてくれた。
その風は楓の葉を巻き込みながら吹き抜けていた。軽やかに舞う楓の葉を見ていると心が自然と満たされていく。日が暮れて若干見にくいが、目の前に見える塔はまさしく写真に写っている塔だと確信した。
……これだ、私が探していた五重塔はこれだったんだ。
桃子は塔をまじまじと観察した。それは法隆寺で見たものよりも大分低かったが、すらっとしており華奢な感じはしなかった。楓にそっくりな塔だなとも思った。
「もうすぐここは閉まりますよ。何か忘れ物でもあったんです?」
しばらく塔を眺めていると階段から降りてくる職員から声を掛けられた。
桃子は手を振って告げた。
「すいません。もう少しだけここにいたいのですが、駄目ですか?」
「申し訳ありません。私の一存ではできない相談です。どういったご用件でしょう?」
どういっても延長して貰う理由にはならない。桃子は諦めてマフラーを締め直して帰ることにした。今日はどこかに泊まりまた明日来よう。
しかしその時、職員は桃子を凝視し立ち止まった。
「あの……、そのマフラーはどちらで買われたんです?」
桃子は疑問に思ったが隠さず話した。
「母に作って貰ったんです。大分古いんですが、どうしても手放せなくて」
「まさか……」男の目が拡大する。「もしかして……あなたは秋風桃子さんじゃありませんか?」
「え?どうして、私の名を」
職員はふっと笑い、手を差し伸ばしてきた。
「この時をずっとお待ちしていました。私はあなたに会うためにずっとこの場にいたんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます