第三章 楓の『終』幕 桃子視点 PART4

  10.


「店長、どうしてここにいるんですか?」


「近くまで墓参りに来てたんだよ。それでせっかくだから紅葉を見にきたんだ」


 そういって椿は再び微笑んだ。その笑顔を見て桃子は何だか心強く感じた。やはり遠く離れた所で知り合いに会えるとほっとする。


「私のことに気づいていたんです?」


「ああ。結構前からね」椿は頷いた。「あれだけ舞台の先頭に立っていたら誰でも気づくよ」


「じゃあなんで声を掛けてくれなかったんですか?」桃子は口を尖らしていった。


「感動している桃子ちゃんに話かけるのは気が引けてね。きちんと意識がある時に声を掛けようと思って」


 そんなに呆然と見ていたのだろうか。確かに楓の建物が見つからず意気消沈していたのは事実だが。


 桃子の表情を察してか、椿は優しい声で続けた。

「冬月さんから聞いたよ、お父さんが関わった五重塔を探しに来ているんでしょ?」


「実はそうなんです。店長に話しそびれたんですけど」


 父親が塔の建築に関わっていることを話し、一枚の写真を見せた。


 すると彼は建物の名前を即答した。


「桃子ちゃん、この写真の建物は奈良にあると思うよ。室生寺(むろうじ)という五重塔だと思う」


「えっ? どうして?」桃子は驚愕し彼を見た。「室生寺? どこですか、なんで?」


 いくら何でもお寺の名前まで正確にわかるとは思えない。写真を見ただけでは五重塔かどうかさえわからないのだ。


「まあまあ、ちょっと落ち着いて。ここじゃ話にくいしちょっと場所を変えようか」


 周りの観光客を見渡す。騒然とした中で話すことはできないだろう。彼の言葉に頷き彼の跡を追うことにした。



 最寄の喫茶店に入り、桃子は興奮を抑えきれず気持ちばかりが焦る。


「実をいうと僕もそんなに詳しくないんだ。ただ写真を見てわかることがある。この花の名前とかね」


「花、ですか?」写真の隅にくすんだ花が無数についていた。


「これは石楠花(しゃくなげ)っていう花なんだ。室生寺でお祭りにするくらいたくさん植えてあるものなんだよ」


「なるほど。建物ではなく背景の植物を見ていたんですね。じゃあ早速今から行ってみて確かめることにします」


 桃子は高ぶる気持ちを抑えることができずに席を立とうとしたが、椿がそれを制した。


「桃子ちゃん、ちょっと待って。室生寺に行く前に確認しよう。法隆寺に詳しい人がいるんだ。室生寺に行くにしても遠回りにはならないし、そっちの方がいい」


「でも……」


「大丈夫。僕に任せてよ」


 椿の笑顔を見て、桃子はようやく肩の力を抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る