第三章 楓の『終』幕 PART3
5.
蘇鉄の家に行ってから一週間後、リリーは再び桃子と晩御飯を食べていた。最近残業がないため、彼女とゆっくり過ごすことができているが、彼女の方は何かせわしなく動いている。
「リリーさん、お話があります」桃子は味噌汁を注ぎながらいった。「実は来週に京都に行ってみようと思っているんです。やっぱりこのままでは納得がいかなくて」
「……そっか」リリーは受け取った味噌汁を啜りながら頷いた。「手がかりを得たのね。どれくらい行くの?」
「二泊三日で行こうと思ってます。実はインターネットで検索して場所が特定できたんです」
「えっ、ほんとに? よかったね」
「実はお母さんの日記に国宝を扱っていたということが書いてあったんです。それで検索した所、京都には二つの国宝の塔があるんです。東寺と海住山寺というものです。お父さんが関わったのは海住山寺という五重塔だとわかりました」
「そっか、凄いね。桃子ちゃん」
「いいえ、そんなことないですよ」
そうはいうが彼女の顔には満面の笑みがある。
「それでですね、一日目に海住山寺。二日目にもう一つの五重塔、東寺。三日目に清水寺の紅葉を見に行こうと思ってます」
五重塔の写真を改めて眺める。ほとんどが真っ黒に塗り潰されているが、その中に見覚えがある花があった。四十九日の時、桃子の家でみたサツキに似た花がちらほら咲いている。
「ついでに紅葉も見てくるのね。羨ましいなあ」
……今度は嘘じゃない、本当の気持ちだ。
屋久島の時は気のない返事をしてしまったが今では本当に行ってみたいと思っている。
「この間休みをとってもらったのでこれ以上迷惑は掛けれません。リリーさんのように記念に残る写真を撮ってきますよ。なので、三日間は家事ができないんですが……大丈夫ですかね?」
「桃子ちゃんの手料理が食べられないのは残念だけど、我慢するよ。連休貰えたの?」
椿の店は桃子と二人っきりだ。桃子が休むとなれば椿一人で店を回すということになる。
「それが貰えたんですよ。何でも店長も出かける用事があるみたいなので」
「三日間も?」
「日数はわかりませんけど。……店長のことが気になるんです?」桃子の目がいやらしい形に変わる。
リリーは目を背けて肉じゃがに箸を伸ばした。
「いや、別にそういうわけじゃないけど。ただそんなに休んでお花は大丈夫かなって思っただけ」
「確かに三日間も休むんだったら、考えないといけませんね」
「そうそう、そういう時ってどうするんだろうってふと思っただけよ。別に他意はないわ」
桃子は溜息をつきながら味噌汁を啜っている。「……まったく素直じゃないなぁ」
「何が?」
「いえいえ、こっちの話です」
桃子はおいしそうに唐揚げを口に入れて箸を置いた。冷蔵庫から冷えた果物を取り出してくる。
「デザートにざぼんの砂糖漬けはいかがですか? この間実家に戻ったらざぼんの実がなっていたんです。これ、よくお母さんが作ってくれたんですよ」
「うん、頂こうかしら」
砂糖がまぶしてある果物を手に取ってみた。みかんのような柑橘系の匂いがする。
「ちょっと苦味があるんですけど、癖があって嵌
はま
りますよ」
一口サイズのものを素手で掴み口に放り込む。桃子のいう通り少し苦味があるが、ほどよい苦さでちょうどいい。その後にくる甘さがまた癖になりそうだ。
「おいしいね、これ」
「喜んでもらえてよかったです。毎年これをお母さんと一緒に食べてました」
桃子は懐かしむように何度も口に運んでいた。きっと母親の味付けを思い出しているのだろう。その光景になんともいえない哀愁を覚える。
……やはり彼女の方が芯が強い。
最近になってようやく母親の荷物を整理できるようになったのに彼女はすでに前を見ている。
……どうか桃子ちゃんの旅が上手くいきますように。
彼女はそう願いながら桃子の手料理をいつもより噛み締めて食べることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます