第二章 『花』火の閃き PART16 (完結)

   18.


 海から一筋の光が登り、一瞬の間が空いて大きな円を描いた花火が上がった。光の尾は引いていない、これは牡丹という種類なのだろうとリリーは推測した。


 隣にいる桃子も感嘆の声を上げている。今日の彼女は浴衣を着ておりいつも以上に可愛らしかった。下駄が定期的にからんころんという音を鳴らしており風景に溶け込んでいる。


 今日は地元の花火大会だ。桃子と二人で椿が来るのを待っている。彼はここに来る時に屋久島で撮った写真を持ってきてくれるらしい。


 桃子に浴衣を薦められたが、結局ジーンズとシャツにした。秋桜美の話を聞いていなければ自分も下駄を鳴らしていたかもしれない。


 人混みの中に椿を発見すると、彼まで浴衣を着ていた。


「はい、桃子ちゃん、これ」


 移動しながら椿は桃子に写真を渡した。薄暗い中でも彼女は花火の光を頼りに懸命に写真を見ている。


「うわーやっぱり凄い所だったんですね。本当に綺麗だなぁ」


「冬月さんも気に入ってたから、お願いしたら行ってくれるかもよ?」


「確かに凄くいい所でしたけど、そんなに休みはとれませんよ。また行きたいのは事実ですが」


 新たな花火が打ち上がり、真っ黒なキャンパスに色彩豊かな小花が一斉に開いていく。


「凄く大きいですねー。これが縄文杉ですか」写真に入り切らない木を見ながら桃子は大きな声を上げている。目の前にある花火よりも夢中になっている。


「うん。とっても大きくて生きてるのが信じられなかったわ」


 桃子は写真をぱらりとめくり苔木に咲いた一輪の花の写真を見ている。


「うわーちっちゃい。綺麗な花ですね」桃子は目を輝かせながらいった。「私にメールで送ってくれた花ですよね? これ」


 リリーは恥じらいながらも正直に答えた。

「うん。色んなものが見れたけど、私にとってはそれが一番の宝物かな」


 桃子は写真を握り締めながら真剣に聞いている。


「そのお花ね、実は冬にしか咲かない花なんだって。でもね偶然見つけたの。花が一瞬だけ閃いたように見えたのよ」


 当初屋久島への目的は縄文杉だった。しかし心を占めているのは島で見つけた小さな一輪の花だ。

 その花は光を放っていた。か弱い線香のような光だが、心を灯してくれるような暖かい光だった。打ち上げ花火のように大きくなくとも線香花火のように小さいものにだって思いは詰まっているのだ。


 偶然の出会いが一筋の閃きを与えてくれた。それは数字で計ることができない心をときめかせる閃きだ。花火のように一瞬で消えてしまう光だが、心の中には鮮明に姿を残しておける。


 百合の写真のように―――。


「やっぱり、リリーさんに行って来て貰ってよかった」桃子はぐすりと涙を浮かべリリーの服で拭いた。


「桃子ちゃん、私の服で拭かないでよ」


「だって離れたくないんですよ、ってあららっ」


 打ち上げられた玉が途中でポカっという音を立てて割れた。その後、滝のような光が流れている。今度の花火はポカ物で柳という種類の花火なのだろう。


 光が消えた後、桃子はニヤニヤしながら椿に写真を見せ始めた。


「店長、こんな写真まで撮ってるんですかぁ?」


 椿の表情が一瞬にして固まった。


「えっ……! あっ、こ、これは……その」


「店長も男の子ですもんね、三日も同じ所に泊まるとこういう写真も撮りたくなりますよね」


「えっ? いや、違うんだよ、これはね」椿は懸命に言い訳を探している。


 リリーはあたふたしている椿から写真を奪い覗いてみた。その写真はバスの中から風景を撮っているようだったが、雨で下着が透けている自分の姿も入っていた。


 椿のことだ、本当に風景に感動してシャッターを押していたのだろう。角度は違うが何枚も同じ写真が写っている。


「別にいいですよ。このくらい。山が撮りたかったんでしょう?」


「ええ。これは、山が美しくて、いや……」椿は一時の沈黙を置いた後、満面の笑みで答えた。「そう! 雨で濡れた下着姿の冬月さんが美しくて撮ったんです。まさか下着が白だなんて少女のような一面が見れてドキドキしましたよ」


 椿を優しく睨むと、真剣な表情で答えを待っていた。どうやら彼は前回の失敗を挽回するためフォローしているつもりらしい。


「……そうですか。そこまで丁寧にお答え頂けるとは、思ってなかったです」


 腕に力が漲(みなぎ)るのがわかる。血液が勢いよく流れていく。心の底から山が噴火するような感情が燃え上がっていく。


 それと同時にいよいよ最後の名物、割物の菊が上がるカウントが始まった。観客の興奮が最高潮に達している。


 再び彼をじっとりと眺めると、彼の表情が景色に溶け込みそうなくらい青白い顔に変わっていった。


「ご、ごめんなさい。や、やっぱり、い、色っぽいの方が、よかったんですかね」


「言い訳はそれで以上ですね? 春花さん」


『花』火が天空へと打ち上がるのと同時に、彼女は怒りの鉄拳を椿の元へ発射した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る