世界の
「裏の裏の表の裏というのは…一体」
「あなたが存在していた世界を表として、その世界の裏の世界の裏、そこの表の裏側ですね」
「待ってください。裏の裏は表ではないのですか?つまりここは単に表の表の裏で、表の表側は表でしょうから、ここは単に裏ってことにはなりませんか?」
「なりません。そもそも裏の裏が表になるのはあなたが存在していた表世界だけの現象でして、裏の世界はさらに裏へ続いています。また裏世界から表世界への移動は大変不安定でどこかまた別の裏世界の表面に出ることが多いのです。そしてあなたはさらにそこから裏側へまわってきました」
「つまり正確に言えばぼくはどこかわからない裏世界にいるということですか?あなたの言う裏の裏の表の裏というのはあくまでぼくの道順を示しているのみで、結局どこにいるかわからない」
「いえ、あなたは裏の裏世界から正規の表世界へ行きました。確率としては低いですが不可能ではありません。しかし裏の裏の表世界には182通りの裏世界が広がっていたようで、あなたが今現在存在しているここはそのうちの一つになります」
「182?」
「182です」
「それで、ぼくは何も覚えてないのですが、この後どうなるのでしょう?」
「それもそのはずです。あなたはご自分で記憶を消去してしまったのですから」
「消去、なぜです?」
「なんでも裏の裏世界で出会った人の記憶を消すためだとおっしゃっていました」
「そんな、たった一人の人間を忘れるためにすべての記憶を消すだなんて…… なんて愚かなことを。ぼくは自分の年齢はもちろん、名前すらわからないのです」
「そう自分を責めないでください。はっきり言って記憶を消す前のあなたは生気もなく、虚空をにらんで何かを必死で思い詰めていて、今にもビルから身を投げそうでした。だから元気になって良かったです。この後も世界の横断を続けるのですか?」
「いや多分横断はしないでしょうね。横断する理由もなくなったでしょうし、ところでぼくの名前は何というのか教えていただけますか?」
「お名前はご自分で好きなように名乗るようにと消去前におっしゃっておりました」
「そうですか、でもぼくはまるで赤ん坊のように無防備です。記憶がないってのはとんでもなく不安ですね」
「お任せください。ここはヤミで施術を行っていますが、アフターサービスは万全です。なんせこの世界は記憶の取り扱いに関してはプロが多いですからね。とりあえずこちらへ降りてください」
そういうと男は床にはめ込まれた引き戸をぐいと持ち上げて、左手で合図した。
「階段が少し窮屈なので、足元に気を付けてください」
ぼくはポカンとあいた穴に右足から入っていった。
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