第126話 秘密結社の魔女 その5

 発動した瞬間に、いつきの足元に半径2メートルの光の魔法陣が浮かび上がった。その危険性を察知したヴェルノは、すぐに彼女に声をかける。


「ヤバイ、魔法陣だ!」


「え、どゆ事?」


「もう逃げられないわよ?」


 今度こそ魔法が役に立ったと言う事で、魔女は勝利宣言をする。この状況にいつきも一旦は困惑したものの、すぐに気持ちを切り替えて現時点で取りうる最善の行動を実行した。


「そっちがその気なら……変身っ!」


「まあっ!それがあなたの魔法衣装なのねっ!」


 魔法少女姿になったいつきを見たテヘロは目を輝かせる。変身した彼女はすぐにこの状況の打開策を実行した。


「地上の魔法陣なら飛んで逃げればいいんだから」


「ふふ……それはどうかなぁ?」


 飛んで逃げようとしたいつきに対して、魔女はその行動も想定内とばかりに余裕の態度を崩さない。そんなテヘロの態度を少し疑問に思いつつ、飛び上がった彼女は速攻で魔法陣の外に出ようとした。

 と、そこで謎の壁に阻まれて、いつきは魔法陣からの強い攻撃を受ける。


「きゃあああ~!」


「だから、逃さないって言ったでしょお……」


 どうやら魔法陣の発生した空間は、円筒状に見えない壁を発生させているらしい。しかも接触すると大ダメージのおまけ付きだ。この壁に触れて傷を負った彼女とヴェルノはまるで蚊取り線香にやられた蚊のようにそのまま地面に自然落下する。

 高さ的には2メートル程度だったのでいつきへのダメージは大した事はなかったものの、一瞬気を失ってしまった魔界猫の方は受け身も取れずに地面に落ちてしまっていた。


「べ、べるの、大丈夫?」


「僕はこのくらい……いつきこそ」


「私だって平気だよっ!」


 ダメージが大きいはずのヴェルノに心配されて、いつきは胸を張って平気っぷりをアピールする。魔法をしかけた側の魔女はそんな1人と1匹の様子を顎に手を当てて興味深そうに眺めていた。


「ふーん。流石ね」


「あなた!私はともかくべるのまで傷つけるって、それでも魔女なの?」


「私は別に魔法生物崇拝者じゃないもの。関係ないわね」


「え、そうなの?」


 いつきは清音の時の事を参考に対策を立てていたので、ヴェルノがいれば悪い風にならないと想定していた。それがあてにならないと知って愕然としてしまう。

 肩を落として呆然としている魔法少女を見た魔女は、ここが勝負どころだと読んで更に言葉を続けた。


「もしかして魔法生物と一緒にいたら私が手を出せないと思った?残念でした。とっておきの作戦が失敗したわねぇ」


「くっ……」


「さあ、話を聞いてもらうよ!私達の仲間におなりなさい!」


 テヘロは強い口調でいつきに迫る。その高圧的な態度は、けれど魔法少女の拒否反応を更に強める結果となってしまった。


「嫌なものは嫌!」


「じゃあ、排除するけど?」


「こ、殺すつもり?」


 テヘロの口から突然出てきた物騒な言葉にいつきは戦慄を覚える。その目が冗談を言っている風には見えなかったのも、彼女の恐怖心を高める結果となっていた。ペタリと座り込んだまま動けずに青ざめている魔法少女を見下ろしながら、魔女はまるで殺人鬼のような冷たい笑みを浮かべる。


「そうよ?……って言ったらどうする?」


「べるの、この人ヤバイよ!」


「そんなの見たら分かるって!」


 1人と1匹はこのイカれている魔女に対してただただ怯えるばかり。一刻も早くこの魔方陣の檻から脱出しなければと、いつきは必死の形相でヴェルノに懇願する。


「この結界、壊せない?」


「壊せたらもうやってる!」


「分かった、任せて!」


 魔法生物の力でこの状況を打破出来ないと分かると、いつきはステッキを構えて力を溜め始める。そう、周囲に張り巡らせたこの魔法の壁を自分の攻撃魔法で物理的に破壊しようと言うのだ。

 彼女はステッキを振りかぶると、すぐに自慢の魔法を発動させる。


「ミラクル☆カッター!」


 ステッキを振り下ろしたと同時に、その先から生成された無数の魔法の刃が魔法の壁に向かって降り注ぐ。

 しかし、その魔法の刃は壁に接触すると同時にシャボン玉のようにあっさりと弾けて消えていった。


「ムダムダん。ちゃんと私も調べてやってきてるんだから。あなたの攻撃程度で壊せるようなやわな魔法じゃないわよん」


 いつきの魔法が無効化されたと同時に、テヘロの得意げな声が響く。さすがライトヒューマン、どうやら何もかも計算済みと言う事らしい。万事休すと言うこの状態の中、いつきは以前から考えていたピンチになった時の作戦を実行する事にした。


「こうなったら……」


「ちょ、まさか……」


 ヴェルノはこの時、直感で自分の身に降りかかる未来を予想して冷や汗を垂らす。その未来が現実化されない事を祈りながら目の前の魔法少女の動きに注目していると、スカートのポケットを弄り始めた彼女が何かを取り出した。それはヴェルノにとっては忌まわしい記憶の再現だった。


「じゃーん!さ、食べて食べて!」


 ドヤ顔のいつきがこれみよがしに取り出したもの、それはトマトくらいの大きさの魔界の赤い果実――以前いつきが調査に赴いた神域に生えていた、カムラが大事に育てていたアレだ。これはあの時にもぎ取ったもののひとつ。カムラ事件から既に数ヶ月が経過していたために、鮮やかだった果実の色はすっかりどす黒く変色している。

 どこからどう見ても腐っている果実を見たヴェルノは、いつきがこれからしようとしている事を必死に止めた。


「待って、それ古くない?」


「え?賞味期限とかあるの?」


 魔界の果実について全く無知な彼女に、ヴェルノは身振り手振りを加えて必死に説明する。


「古いと全然効果ないよ、味もまずくなるし、お腹も壊すかも……」


「魔界の果実なのに?」


 彼の説明を全く信用しようとする気のないいつきは、真剣な相棒とは対象的にどこか的を射ていないような顔をする。彼女は魔界の植物の実だから不思議な力が宿っていて、どれだけ放置していても効果はあるのだと思い込んでいたのだ。

 このまま優しく話したところで一向に事態は進展しないと察したヴェルノは、気合を入れて大声を張り上げた。


「果実なんだから腐って当然だろ!」


「まぁまぁ取り敢えず試してみてよ」


「何をむぐぅ……っ!」


 結局カムラ戦の時の時と同じように、いつきは抗議する魔界猫にお構いなしにその小さな口に果実を押し込んだ。流石のライトヒューマンも魔界の果実の事については何も知らなかったらしく、データのない目の前の不思議なやり取りに少なからず動揺する。


「あなた達、一体何を……」


「こっちにはとっておきがあるって話だよ!」


「何ですって……」


 ドヤ顔で自信満々な魔法少女の態度にテヘロはたじろいだ。何が起こっても対処出来るようにと、魔女は杖を構えて臨戦態勢を取る。魔法少女と魔女がにらみ合う中、この問題のキーパーソンのヴェルノの顔がみるみる青くなっていく。


「ぶへぇーっ!」


 彼は無理やり口の中に突っ込まれた魔法果実を思いっきり吐き出した。ベチャッと言う音と共に、消化途中の黒い何かが地面で淡く光る魔法陣を汚す。この突然の汚物攻撃にいつきは思いっきり悲鳴を上げた。


「何やってんのーっ!」


「ダメだよこれ、クソマズイ!」


 ヴェルノは青ざめた顔で、腐りきっていた魔法果実の味を大声で叫ぶ。

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