第125話 秘密結社の魔女 その4

 帰宅したいつきは、すぐにあの新たな魔女への対応策について相談しようとヴェルノを探した。自室にいなかったのでリビングに行くと、ソファーで丸くなっているのを発見。そのまま抱きかかえると自室へと移動する。

 抱かれている間に目が覚めた彼は、眠い目をこすりながらいつきの顔を見上げた。


 自室に着いてヴェルノをベッドに上に置いた彼女は、早速さっき自分が体験した恐怖体験を話し始める。


「ライトヒューマンの魔女だって?」


「どうしよう?」


「それ僕に言われてもね」


 起き抜けにいきなり簡単には答えの出ない問題を投げかけられて、ヴェルノも閉口した。しばらく沈黙の時間が続いた後、じいっと魔界猫を眺めていたいつきはそこで何か閃いたらしく、突然目をキラキラと輝かせ始める。


「そうだ!あのさ、明日から帰りに迎えに来てよ」


「えぇ~。何でそこまで……」


 この案に対して速攻で嫌な顔をするヴェルノに、彼女はそうしなければいけない理由を真剣な眼差しで語り始めた。


「べるのは私が心配にならないの?あの怪しい組織だよ。いつ拉致監禁されちゃうか分からないじゃない」


「大袈裟だなぁ。そんな事しないって。別に犯罪組織じゃないんだろ?」


 いつきの心配をヴェルノは軽く一蹴する。その言葉に納得の行かない彼女は、すぐに反論した。


「自分から犯罪組織じゃないなんて言うところだよ、怪しいに決まってるじゃん!」


 そう話す彼女の目は真剣そのもの。それからしばらくは1人と1匹の真剣なにらみ合いに突入する。このにらみ合いは体感時間で数分くらい続くものの、この勝負はヴェルノの方が根負けをすると言う形で決着を迎えた。


「……分かったよ。相手があきらめるまでだからね」


「ありがと。これでいざとなったら魔法少女になって追っ払えるよ!」


「調子に乗って相手の魔女をボコボコにすんなよ」


 お礼を言ういつきにヴェルノが得意の軽口を返す。この言葉を聞いた彼女は、当然のように機嫌を悪くした。


「君は私を何だと思っとるのかね」


「そーゆー事しそうなやつだと思ってるよ?」


「そう言う生意気な口をきく猫にはこうだーっ!」


 減らず口の止まらない彼に怒りゲージをマックスにしたいつきはこの生意気な魔界猫の頭を両脇から拳でグリグリとさせる。この強烈な刺激を受けてヴェルノはすぐに悲鳴を上げた。


「ぐあああ~。ギブギブ!悪かった!僕が悪かったよ!」


「分かればよろしい」


 謝罪の言葉を受けて、すぐにいつきは攻撃を止める。こうして対策も立てられた言う事で、彼女はようやく安心する事が出来たのだった。



 次の日の昼休み、いつもの親友との雑談で、早速いつきは昨日の出来事を面白おかしく語り始める。本人は笑い話のように喋っているものの、聞かされる方としては心配にならない訳がない。


「え?またそんなトラブルに巻き込まれたの?」


「そうなんだよ。困っちゃう」


 トラブル慣れしているのか、深刻な事態かも知れないと言うこの状況に対して、いつきは普段通りのケロッとした表情を見せている。そんな態度を取る親友に、雪乃は真剣な顔で忠告した。


「それ絶対警察に相談した方がいいよ。清音さんの時も警察は動いてくれたじゃない」


「でも相手はライトヒューマンだから、もしかしたら警察とも繋がっているのかも……」


 今回の相手は謎の組織の構成員と言う事で、いつきも変に妄想を膨らませすぎていた。実際にそうなのか全く確証は得ていないのに。

 国家権力に頼ろうとしない親友の態度に呆れた雪乃は、ここで一旦ため息を吐き出すと、冷静に正論を口にする。


「そんな胡散臭い組織の言葉なんて真に受けない方がいいよ」


「うーん、そうなのかなぁ」


 すぐには納得しないいつきに、雪乃はマジ顔になると強く見つめながら強い口調で更に念押しした。


「未成年はむっちゃ守られてるんだから!危ない時は頼らなくちゃ損だよ!」


「う、うん……。そうだね」


 流石にその強い目力で迫られてしまうと、いつきも彼女の意見を受け入れざるを得ない。雪乃はそこでようやく表情を通常モードに戻して、ニッコリと笑う。

 それからはまた普段の雑談に戻り、昼休みが終わるまで会話を楽しんだのだった。



 放課後、またしてもいつきが1人で帰っていると、校門前で見慣れた猫の姿を発見する。


(よお!)


「お、来てくれた」


(何だよ。信じてなかったの?)


「や、そんな事はないけどさ」


 校門前でいつも室内で行っているような軽いじゃれ合いを行った後、猫に向かって独り言を喋っている状態の彼女を心配したヴェルノは、合図を送るようにパートナーの顔をじっと見つめた。


(じゃ、とっとと帰ろう)


 その言葉を合図に、1人と1匹は帰路につく。いつきはヴェルノの歩行スピードに合わせ、ヴェルノもまたいつきの歩く早さに合わせた。こうして傍から見たら微笑ましい光景を見せつつ、少し辺りを警戒しながらゆっくりと帰り道を歩いていく。

 そのまま今まで魔女と出会ってきたエリアまで来たものの、今回は目的の人物を発見する事は出来なかった。


「おろ?今日はいないなぁ……」


(昨日逃げたんであきらめたとか?)


「うーん、そう言う感じじゃなかったんだけどなぁ……」


 昨日の魔女の雰囲気を思い出した彼女は、ヴェルノの脳天気な意見を即否定する。この場所にいなかったって事は今日は現れないのかもと判断したいつきは、いつもの帰宅ルートから外れ、丘に向かって歩き始めた。この突然の進路変更にヴェルノは戸惑うものの、見失わないように必死についていく。

 やがて辿り着いたその場所は、街を一望出来る中々の絶景スポットだった。


「いやぁ、夕日が綺麗だねぇ」


(寄り道していいの?確かテストがすぐだって……)


 彼はすぐにいつきにこの場所に来た理由を質問する。テストが近いこの時期、少しでも時間は勉強に費やした方がいいはずだ。それなのにこんな一見無駄な事をする彼女の行動を、ヴェルノは理解出来なかった。

 この当然の疑問に、いつきはニコッと笑うと、夕日に染まった顔を不思議顔の魔界猫に向ける。


「いや、折角だからさ、この夕日をべるのにも見て欲しくて」


 そう、いつきはいつも家の中にいて外の景色を余り知らないパートナーにこの景色を見せたかったのだ。ようやく意図を理解したヴェルノは、改めて丘からの景色を堪能する。

 初めて見る丘からの夕景に、彼は素直な感想をテレパシーでつぶやいた。


(あ、うん。確かに綺麗な景色だね)


「でしょ。ここは私の……」


 ここまでいつきが喋ったところで、背後から足音が聞こえてきたと思うと、突然誰かがこの会話に割り込んできた。


「お気に入りなのよね。知ってた」


「うわああ~!出たぁ~!」


 全く気配を感じさせなかった部外者の登場に、彼女は驚いて大声で叫ぶ。この反応に声の主は強い不快感を示した。


「ちょ、おばけみたいな反応しないで!」


 よく見ると、そこにいたのはライトヒューマン所属の魔女、テヘロだった。彼女の存在をしっかり確認したいつきはきっとにらむと、この迷惑魔女に自分の意志をハッキリと明言する。


「しつこいです!私はライトヒューマンに入るつもりはありません!」


「それはあなたの都合。そしてここからが私達の都合!呪文省略、束縛陣!」


 テヘロは昨日の教訓を活かし、呪文を省略して一気に魔法を発動させた。

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