第127話 秘密結社の魔女 その6

 吐き出されたどす黒い何かは、その場でシュウシュウとやばい音を立てながら蒸発していく。その光景を珍しそうに眺めながら、いつきは彼に一応の確認をとった。


「で、効果は?」


「ある訳ないよ!全くヒドい目に遭った……ペッペッ」


 どうやらいつきの考えたとっておきの作戦、魔界の果実でパワーアップ作戦は見事に失敗に終わったようだ。敗因は彼女が果実の賞味期限を知らなかったと言う事。

 この一部始終をしっかり見届けた魔女は、少し呆気に取られながら問いかける。


「どうしたの?それで終わり?」


「えっと、これもしかしてアスタロトよりやばい感じ?」


 とっておきの作戦が失敗した彼女は我に返ると、今自分達が置かれている状況に顔を青ざめさせた。その様子を見たテヘロは形勢が逆転したと実感して途端に余裕たっぷりな態度を見せる。


「あなたがどうやってアスタロトを退けたのか知らないけど、気になるなら同じ方法を使ってみたらどう?」


「いいの?」


「ただし、私の結界内で助けを呼べるとは思わない事ね」


 アスタロトを倒した一番の功労者は魔界の大蛇、カムラの功績だ。テヘロの魔法がその言葉通りに外界との通信を遮断してしまう効果があると言うなら、同じ手は使えないと言う事になる。現時点でのいつきの実力、つまりヴェルノ単体の実力ではこの状況を打破出来る可能性は限りなく低い。

 勝利を確信した魔女の冷徹で自信満々な眼差しを浴びて気落ちした魔界猫は、顔を絶望の色に染めながらポツリとつぶやいた。


「じゃあ無理じゃん……」


「ちょ、結論早いよ!」


 まだあきらめていなかったいつきは、この相棒の敗北宣言に声を荒げる。


「ふふ、そっちの使い魔の方が物分りが良さそうね」


「僕は使い魔じゃない!」


「そうだよ!べるのは友達!」


 ヴェルノを使い魔扱いしたテへロに1人と1匹は同時に抗議する。この時のいつきの言葉に納得がいかないのか、魔女は首を傾げた。


「さんざん便利に使っているのはあなたの方じゃないの?普通、友達にそんな扱いをするかしら?」


「す、するよっ!こんなの普通!ね、べるの?」


 その言葉に少なからず動揺した彼女は、焦って相棒に確認をとった。この突然の行為に、ヴェルノはつい今までの自分の扱いを思い出して即答出来ない。


「えっと……?」


「いやそこは素直にうなずいてよもーっ!」


 信頼していた相棒の態度にいつきは憤慨する。そんなコントを眺めていたテヘロは両手を腰に当てて小さくため息を吐き出すと、話を元に戻した。


「茶番はいいわ。どうなの?まだ抵抗する?」


「じゃあ、あなたを倒せばこの魔法結界は崩れるって事だよねっ!」


 魔法少女は攻撃対象を魔女に変更してステッキを振りかぶる。勿論人に当てる訳だから威力は気絶させる程度にまで弱めて――。


「ミラクル☆カッターッ!」


 いつきの放った魔法は、けれど対象の人物を見事にすり抜けていく。その現象を目の当たりにした彼女は驚きで目をパチクリとさせた。


「あれっ?」


「ふふふん。あなたの攻撃は効きませんでしてよ?」


「べ、べるの、何か手はない?」


 魔法が全く通じなかったこの状況に、いつきは相棒の助言を求めた。

 けれどこの時、隙あらば軽口を叩く少し頼りない魔界猫の姿が忽然と消えてしまっている事に彼女は気付く。


「あれ?べるの……?」


 よく見るといつの間にかいつきだけが見た事のない景色の中に1人取り残されている事に気付く。この特異な状況に対して、すぐに現状を確認しようと彼女は首を左右に振った。


 そこで分かったのは、どうやらここは全体的に白い大きな何もない真四角な部屋の中だと言う事。さっきまで執拗に勧誘していた魔女も自分を閉じ込めていた魔法陣も魔法の結界すらもそこにはなかった。

 この状況に対して、いつきは腕を組んで真剣に状況を分析する。


 きっとこれは魔女の仕組んだ魔法の影響だと言うところまではすぐに察しがついたものの、この謎の部屋を脱出する方法は何も思い浮かばない。そうして、そのまま時間だけが無意味に過ぎていった。



 その頃、急に立ち止まって動かなくなった相棒の異変に気付いたヴェルノは大声で名前を叫ぶ。


「い、いつき?いつき!」


 どれだけ大声で叫んでも彼女はピクリとも動かない。目も虚ろだし口も半開きのままだ。この異常な状況を前に、その状況を仕組んだであろう元凶に対して彼は大声で叫ぶ。


「お前!いつきに何を……!」


「あなたのパートナーは私の魔法にかかったのよ。私達の仲間にならないと解けない魔法にね」


 テヘロは得意げな顔でそう語る。この突然の相棒の異常は、やはり魔女の仕業で間違いはなさそうだ。ヴェルノはキッとにらみつけながら、ライトヒューマン側の真意を探る。


「何でお前達はいつきをそんなに欲しがるんだ」


「決まってるじゃない。あの子が特異点だからよ」


「いつきが……特異点?」


 組織がいつきを狙う理由が判明してヴェルノは言葉を失った。自分に向けられた殺気が消えたと感じた魔女は、小さな魔界猫に向かって更に言葉を続ける。


「そ。だから私達の計画に絶対必要な存在であり……敵に回れば最大の障害となる訳」


「従わなければ殺すって、そう言う意味か」


「流石にあなたは賢いようね。魔界生物だけあって」


 テヘロはそう言いうと、女王が下々の者を見下ろすような高圧的な態度でヴェルノを見下ろした。特異点――組織にとって絶対に必要な存在。それなら強引な手段を使っても欲しがる訳だ。

 いつきに本当にそれだけの力があるかどうか、ヴェルノは判断がつかなかったものの、強引に味方につけようとするその手法にふつふつと怒りがこみ上げてくる。そうしてその感情はすぐに爆発した。


「でもいつきは……いつきはお前達なんかには決して屈しない!」


「あなたは私達を少し誤解しているようね。私達を悪の秘密結社か何かだと思ってない?」


「今している行為そのものが悪党のそれじゃないか!」


 話が平行線を辿る中、自分達の組織の事を悪く言うヴェルノに対して、少しでもその誤解を解こうと魔女はライトヒューマンの目的を口にする。


「私達は特殊な力を持っている人達が安心して暮らせる世界を作ろうとしているだけ。ライトヒューマンはそのための組織よ」


「こんな強引な手段をとっておいて?」


「見解の相違ね」


 結局その説明も深くなった溝を埋める事は出来ず、魔界猫と秘密結社の魔女はにらみ合いを続ける事になった。



 その頃、テヘロの魔法にかかったいつきは精神世界の箱庭の中でぐるぐると歩き回っていた。現在の自分の状況を自分の中で納得させようとしていたのだ。


「うーん、べるのが突然いなくなったって事は……」


 彼女は顎に手を当てて考える。自分が実際の世界ではない場所に閉じ込められている事に気付いてはおらず、思考はループし続け、やがて完全に行き詰まった。どれだけ考えても答えが見つからないと言う事で、彼女は顔を上げて考えを切り替える。


「とにかく、探すしかない!」


 考えても答えが出ない以上、行動あるのみといつきは真っ白な部屋を歩き始める。歩きながらどこかにヒントが転がっていないか探すために。部屋は歩けば歩くほどに広がり、この場所がリアルな世界じゃない事を証明させる。

 けれど、魔女によってこの世界にあっさりと取り込まれてしまった彼女は、その異常性にも全く気が付かないのだった。

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