第120話 妖怪文化祭 その10

「これは……坊主、すごいな」


「困った時はお互い様じゃ」


 こうして水を得た小天狗達妖怪は飢饉の危機を脱し、以後、人とも適切な関係を結び、平和に暮らしましたとさ。と言う筋書きで劇は終わる。

 それからしばらくの間、観劇していた妖怪達の拍手は止まなかった。勿論いつきたちも拍手喝采を続ける。こうして最後まで夢中で楽しんだいつきは、隣で見ていたたぬ吉に話しかけた。


「人と妖怪が仲良くなる話か、いいね」


「これ、天狗山に伝わる昔話なんだべ」


「ああ、そんな気はしてた」


 妖怪ガイドからこの劇の設定を知ったいつきは、何度かうなずいて納得する。それから彼女は劇の完成度自体についての感想を口にした。


「それにしても結構見応えあったな~。みんな演技が上手だね」


「それ、後で本人達に直接言ってあげればいいだよ」


「うん、そうする」


 たぬ吉のアドバイスを受けて、いつきは舞台を終えた役者達が出てくるところを待ち伏せする。出待ちのファンもまた結構多かったものの、その列の中に彼女もちゃっかり混ざる事が出来た。しばらく待っていると、すっかり普段着の小天狗が姿を現す。

 ファンに愛想を振りまきながら歩いていたところで、待っているいつきに気付いたようだ。


「あ、いつき殿!」


「小天狗さん、劇面白かったよ!いい話だね」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 2人が仲良く話をし始めたところで、彼女はある事に気付いて周りをキョロキョロと見回した。


「あれ?鬼さんは?また姿を消したの?」


「いいえ、彼はもう帰りましたね」


「そうなんだ、残念。今日こそ話が出来るかと思ったのに」


 舞台上で立派にお坊さん役を演じきっていた鬼は今回もまた速攻で帰っていってしまったらしい。極度の恥ずかしがり屋で普段は妖力で姿を消している大人しい鬼と、いつかちゃんと話してみたいといつきは願うのだった。


「また機会はありますよ。それより文化祭はどうでしたか?」


「うん、すごく面白かった。全部回りたかったよ」


「そろそろ帰る時間ですものね」


 文化祭は夏祭りと違って、日が暮れる前にはすべてのプログラムが終わってしまう。今回は最後になってもしめのド派手な花火は打ち上がらない。

 楽しい文化祭が終わりに近付いたと言う事で、急に淋しさが彼女の心の中を覆い尽くし始める。そうして無意識の内にいつきは口を開いていた。


「ね、明日も来ていいかな?」


「でも、明日は乗り物をお出し出来ませんけど……」


「そっかぁ、残念」


「また来年もお呼びしますから」


 行き帰りが自前になると簡単には来られないため、送り迎えが出来ないと言われた時点で彼女は翌日の文化祭参加を速攻であきらめていた。そんな彼女を小天狗は笑顔で見つめている。

 色々と消化不良気味ないつきは両手を組んで頭上に上げながら、都合のいい願望を口にした。


「あ~あ、文化祭、季節毎にやってればいいのに」


「無茶言うなよ……」


 彼女の自己中発言にヴェルノがツッコミを入れる。こうして話の流れがリセットされたところで、何かに気付いた小天狗がいつきに話しかけた。


「あ、最後に餅撒きがありますけど、拾っていきます?」


「餅撒きって?」


「建物の高い場所から餅を投げるんです。みんなでそれを拾うんですよ」


 餅撒きと言われてもすぐにピンとこなかった彼女は、この小天狗の言葉にポンと手を打って納得し、そのイベントに興味を持ち始める。


「面白そう!その現場は?」


「山の麓の多目的講堂ですね」


「あ、あそこかぁ」


 山の麓の講堂と言う言葉で、いつきはさっきまで様々なイベントを見てきた例の建物を想起する。あの建物、確か二階にベランダと言うかテラスと言うかそんな感じの場所があったはず。そこからお餅を投げるのかも知れない。

 そんな想像を彼女がしていると、スマホを見ながらスケジュールを確認していたたぬ吉が申し訳なさそうに小天狗に耳打ちする。


「あ、それなんだべが……」


 このたぬ吉情報を仕入れた小天狗は、びっくりした表情になって突然いつきに謝罪した。


「すみません、餅撒きですが、もう始まってました!」


「えー、それ、間に合わない」


「すみません、来年はスケジュールを調整しますね」


 どうやら餅撒きの開始の時間と劇の終了時間が重なっていたみたいで、今から急いで飛んで現場に向かっても間に合わない事がここで判明する。小天狗は真摯な態度で謝ってくれたので、彼女もすぐにその事実を受け入れて気持ちを前に向けたのだった。


「じゃあ、来年は拾うよ。目一杯拾いまくる!」


「はは、それは頼もしい」


 彼はこのいつきの言葉に軽い笑みを浮かべる。どこまでも爽やか妖怪だ。世の中の妖怪がみんなこんな感じなら、きっとどんな子供も怖がったりはしないだろう。

 同じ言葉を聞いたヴェルノは、いつもの調子でツッコミを入れる。


「がめついなー」


「ほっといてよ!」


 2人は熟練の漫才師のようなキレのいいやり取りを見せ、その場を和ませる。そうしてこの日の文化祭のイベントは全て終了したと言う事で、小天狗はいつき達に帰宅の話を切り出した。


「では、帰りましょうか」


 もうそんな時間かと、いつきはスマホで時間を確認する。すると確かにもう午後の4時を回っている。周りの景色も夕暮れに差し掛かり、淋しい雰囲気が天狗山一帯を満たし始めていた。周りをよく見ると、大勢きていたお客さん妖怪達もぞろぞろと一斉に帰り始めている。確かに潮時と言っていいだろう。

 帰るに当たって、今回もお世話になったガイド妖怪に彼女は改めて頭を下げた。


「たぬ吉さん、今回も案内有難う」


「このくらいお安い御用だべ。それより十分楽しめたべか?」


「そりゃもう、いい思い出になったよ」


「なら良かったべ。また遊び来るだよ!」


 たぬ吉は手を振って笑顔でいつき達を見送ってくれていた。もうそれだけで彼女の心は優しい気持ちで満たされていく。帰りの牛車に乗った後も、いつきは窓から遠ざかる天狗山を名残惜しそうにずっとずうっと眺めていた。


「夕方の景色もいいね」


「新鮮だな」


 ヴェルノもまた人間界を夕暮れの時間帯に飛んだ事がなかったため、その景色を飽きる事なく新鮮な景色で見続ける。そんな景色に2人が心酔している内に牛車はいつきの家に無事到着した。それは楽しい時間が本当に終わったと言う事でもあった。

 牛車から降りた彼女は、送ってくれた小天狗に深々と頭を下げる。


「小天狗さん、今日は本当に有難うございました」


「はい、また催し物がある時はお誘いしますね」


「うん、楽しみにしてる」

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