第121話 妖怪文化祭 その11
こうしてささやかなやり取りを最後に小天狗はまた牛車に乗り込み、そうして天狗山へと帰っていった。この頃には空は見事なほど真っ赤に染まり、その染まった景色の中を空飛ぶ牛車がどんどん小さくなっていく姿は幻想的で、それでいてどこかおとぎ話じみていていた。
そんな現実界のない風景を十分堪能した後、何かを思い付いたいつきはすぐにスマホを取り出して電源を入れると、その画面を凝視する。
「あー、やっぱりだ」
「どうした?」
「たぬ吉さんに貰った文化祭のパンフ的なデータが消えてる……」
妖怪は人と関わった痕跡を残さない。それは昔話の頃からそうだった。あの文化祭の最中にたぬ吉から貰ったデータも、まさにそう言う仕様だったのだ。
それと、幾らか記念に撮ったはずの写真もまた綺麗さっぱりデータは残っていなかった。
ここで彼女のスマホを覗き込んだヴェルノがポツリと感想を漏らす。
「デジタルデータまで妖怪製は一味違うんだな」
「あ~もう!化かされた気分だよ~」
こうしてデータ的なものは何も残せなかったと言う落ちがついて、いつきはがっくりと肩を落として家の中に入った。
その後、待ち構えていた母親にガッツリ感想を聞かれ、最初の出発から最後の落ちまでを彼女は詳細に、誇張も交えながら熱弁を振るい続ける。娘の話を母親は何ひとつ疑う事なく受け入れ、突っ込みどころではヴェルノがしっかり仕事をして、その日は笑い声がしばらくの間絶えなかったのだった。
その頃、ライトヒューマンの本拠地では、特異点とされるいつきの獲得に向けて、構成員達が今後の予定について話を詰めていた。ある程度話が進んだところで、魔女っぽい服装をした女性が深くかぶったフードから顔を覗かせ、ニヤリと笑う。
「そろそろ私の出番かしら?」
「あの子、結構ガード硬いよ~」
組織の中でも唯一彼女と接触したマルクがここで口を滑らした。この情報を聞いた魔女は全く意に返さずに鼻息荒く反論する。
「ふん、そんなもの、私の力でどうにでもなるわ」
「おお、怖っ!」
「見ていなさい特異点、私が虜にしてあげる……」
魔女はいつきをターゲットに据え、怪しく笑う。かなりの自信がありそうなその口ぶりに、マルクは自分で自分を抱きしめ、怯えるようなジェスチャーを返した。
次は話し合いだけで終わるようなぬるい展開は期待出来そうにない。組織が本格的に動き始めたと言う事で、事態はまたしても風雲急を告げていく。
この事を当の本人であるいつきはまだ知る由もないのだった。
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