第119話 妖怪文化祭 その9
たぬ吉の質問にいつきは首をかしげる。聞かれたところでどこで何をしているか知らない以上答えようがなかったからだ。いつき達が何も知らずにこの文化祭に来ていた事をこの言葉で実感した妖怪ガイドは、早速その不満を解消するために動き出した。
「スマホは持ってるだか?」
「一応あるけど……」
「じゃあ、データを送るべ」
この言葉にいつきは驚く。まさか目の前のたぬきの妖怪がスマホを持っていただなんて想像すらしていなかったからだ。
「たぬ吉、スマホ持ってたの?」
「当たり前だべ。ただ、妖怪のスマホだどもな」
彼はそう言うと体を弄ってスマホを取り出した。妖怪製のスマホは人間の世界のスマホとほとんど変わらない。パッと見は違いなんて分からない程だ。
薄い板状の形状に大きな液晶画面。そこにはシンプルにボタンがひとつ。それを見た彼女はへえと軽く感心する。
「見た目は一緒だね」
「でもこれ、妖力で動くんだべ」
「へぇぇ」
妖怪スマホはさすが妖怪製らしく妖力で動くらしい。使用する妖怪の妖力に余分があればずっと使い続けられると言う便利なスマホだ。ガンガン使えば数時間しか持たない人間のスマホとはそこが大きく違っていた。充電しなくていいから充電待ちもないらしい。
ただし、妖怪にとって妖力イコール体力なので、使いすぎると下手したら死に直結しかねないのだとか。やっぱりメリット・デメリットはあるようだ。
たぬ吉曰く、安全装置があるので実際に死ぬ事はないらしいんだけど。
彼は慣れた手付きで妖怪文化祭のパンフレットデータを呼び出していつきのスマホに転送する。
「転送、ちゃんと行ったべか?」
「うん、来てる来てる。すごいね、機種違うのに」
「妖怪スマホは人間の持つ全携帯と互換性があるんだべ」
ここで妖怪スマホの能力がまたひとつ明かされた。どう言う仕組みか分からないものの、人のスマホともデータの互換性があるらしい。この超便利能力にいつき達は驚くしかなかった。
「ちょ、すごいねそれ」
「流石妖怪スマホ……」
妖怪スマホの技術に驚くのもほんの一瞬で済ませ、いつきは早速貰ったデータを展開させ、妖怪文化祭で行われている各種イベントの詳細を確認する。
そこで気になるものを発見した彼女はすぐに妖怪ガイドに声をかけた。
「ねぇ、このパフォーマンスって何?大道芸?」
「みたいなものだべ」
「そこ行ってみよっ!」
妖怪達のパフォーマンスに興味を抱いたいつきはそこに行く事を希望した。たぬ吉は喜んで会場に案内する。一行が着いた時、既にパフォーマンスは始まっていて、腕自慢の妖怪達が自慢の芸を披露していた。
「おお、これは……」
「元々妖怪だからレベルが違うな……」
腕が幾つもある妖怪の色んなものを放り投げるパフォーマンスやら、大きな氷の塊を口から吐き出す炎で加工して芸術作品を作っていたりやらの、妖怪ならではの奇抜で派手な出し物は、いつき達以外にも見物する多くの妖怪達にも大いに受けていた。
芸が成功する度に拍手喝采が鳴り響く中で、たぬ吉がドヤ顔でふんぞり返る。
「どうだべ、最高だべさ」
「ねぇ、たぬ吉はああ言うの出来ないの?たぬきも化けられるんでしょ?」
「いや、オラは苦手なんだべ……」
「あ、ごめん」
いつきがナチュラルにたぬ吉のトラウマを引き出しつつ、妖怪達の見事なパフォーマンスに見入っていると何かに気付いたヴェルノが話しかけてきた。
「なぁ、小天狗の劇ってまた前の建物でやってんじゃないのか?」
「あ、そっか、今何時?」
「午後2時半だべ……」
「ヤバッ、ここはもう飛んで駆けつけるしかないね!変身!」
またしても時間配分を失敗した彼女は、その遅れを取り戻すために変身する。そうして前と同じようにたぬ吉に手を差し出した。
「ほらっ、手を握って」
「分かっただ!」
流石にもう経験済みなので彼も躊躇せずに遠慮なくすぐにその手を握る。そうして一行は空を飛んで一気にショートカットして小天狗が劇を行う山の上の舞台に到着した。案の定観覧席は見物客で賑わっていたものの、まだ幕は上がっていないようだ。
空から着地した一行はほぼ満員のこの席の中で空いている場所を探して歩き回る。そのお陰で何とか悪くない場所に空きを見つける事が出来て3人はその席に座った。
「ふう、間に合ったかな」
「今からだべ!」
いつき達が席に座ったと同時に幕が上がり始める。どうやらタイミング良く劇が始まったらしい。いつき達は周りに合わせて盛大な拍手をしてこの劇を盛り上げる。
劇の内容は昔話のようで、いきなり枯れた作物を持った小天狗がうなだれて暗く沈んだ状態から始まった。
「何てこった……今年は不作だ……」
「お前さん方、どうなさった?」
そこに現れたのはお坊さんのコスプレ……じゃない、衣装を着た鬼。やたら大男ではあるけれど、結構似合っている。役柄に入ると違和感を感じさせないと言うのは、鬼の役者魂がそうさせているのかも知れない。いつきたちも鬼の坊主姿を違和感なく楽しんでいた。
で、不作に嘆く天狗は突然現れたこの坊主に食ってかかる。
「お前は坊主か!俺達を退治しに来たのか!」
「そうではない、連日の悪天候で人の世も乱れておる。妖怪もまた大変なのではないかと思ってな」
「世迷言を!人が妖怪の心配などと!」
お坊さんは妖怪の心配をして住処まで様子を見に来ていた。それが信じられないと言う小天狗。その迫真の演技にいつき達は無言で舞台に見入っていた。
「確かに儂等も人に仇なす妖怪は祓って参った。だがな、全ての妖怪を嫌っておる訳ではない。人と妖は仲良く出来るとも思っておるよ」
「ならば、どう救う!人が我らを救えるか!」
激高する小天狗。人が妖怪を救うなんて出来るのか。この難題に対して、お坊さんはその不思議な力の一端を口にする。
「まずは儂が水を掘り当てよう。その後には作物じゃな。水があれば作物も育とうぞ」
「種の事なら我らの方が詳しいわ!」
「では水はどうかのう?」
「ならば水を出してみよ!」
この小天狗の無茶振りにお坊さんはニッコリ笑うとぐるぐると舞台上を歩き回り、ある一点に来たところで足を止めると、おもむろに持っていた杖を地面に突き当てた。
するとどうだろう、そこから水が湧き出てきたのだ。妖怪の行う劇なだけにその水は幻術めいたものなんだろうけど、観客席からは本当に舞台から水が湧き出ているように見えていた。
水を出したお坊さんは優しく小天狗に笑いかける。
「ほうら、水じゃよ」
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