第113話 妖怪文化祭 その3
「いや、文化祭だから夜の花火はないでしょ多分」
「ふーん、そう言うものなのかあ」
あまりにヴェルノが文化祭について何も知らない風だったので、それを不思議に思ったいつきはベッドの上でくつろいでいる彼を持ち上げて、じいっとその可愛い顔を見つめる。
「魔界にはないの?文化祭」
「似たようなのはあるけど……」
「連れてってよ!」
魔界の文化祭っぽい催しものに興味を持った彼女は、頬を高揚させながら催促する。予想通りのリアクションとは言え、ここで迂闊な事は言えないと察した魔界猫は、いつきの興味津々な視線から顔をそらすと若干小声でつぶやく。
「い、いや……今年は……」
「来年でいいから!」
「そ、その時になったら考えるよ」
テンションMAXの彼女の圧に耐えきれなかったヴェルノは苦し紛れに曖昧な返事で誤魔化した。
しかしその態度で面倒臭がっている事がバレてしまったようで、いつきはヴェルノをベッドに戻すと、すぐに別の手段を口にする。
「いーよ別に。ローズちゃんリップちゃんに頼んでもいいんだから」
「わ、分かったよ」
妹達を条件に使われると兄も譲歩せざるを得ない。彼は渋々いつきの話に乗る事を約束する。作戦がうまく行った事で彼女はニンマリと笑った。
「やった!」
「まだ確定じゃないからね!」
既に話が決まっているものとして進めようとしているいつきに対して、ヴェルノは含みをもたせた言葉だと言うのを強調する。その作戦がどこまで通じるか未知数ではあったものの、彼はどうにか魔界のイベントにいつきを参加させないようにと考えを巡らせるのだった。
折角早く起きたので彼女は素早く外出の準備を始める。歯を磨いて、顔を洗って、身だしなみを整えて――。しっかり出かける準備が完成した時点で、いつきは窓の空に視線を固定していた。いつお迎えの牛車が来てもいいように、小さな変化も何ひとつ見逃さないように。
そうして時計の針が午前9時を少し過ぎた頃、お目当ての乗り物がまた空の果てから姿を表した。
「お、来たよべるの!」
はるばる天狗山からやってきた空飛ぶ乗り物は、ちゃんといつきの希望通りの牛車だった。嬉しくなった彼女はヴェルノを持ち上げると思いっきり揺さぶる。この時、小さな魔界猫はただただ無言で彼女のなすがままになっていた。
姿を目にして数分後、また音もなく牛車は彼女の家の庭にふわっと着地する。いつきはその少し前にはもう庭に出てきていて、牛車が降りる様子をヴェルノと一緒に見守っていた。
庭に降りた牛車から出てきた小天狗は、既に2人が待っていた事に若干戸惑いながらも、すぐに営業スマイルを浮かべる。
「お待たせしました。どうぞお乗りください」
「よろしくね」
「いえいえ」
一度乗っているのでもう勝手が分かっていた2人は、慣れた感じで牛車に乗り込んだ。お客さんを収容した牛車はすぐに天狗山に向かって出発する。
快適な空の旅が始まったところで、早速いつきは牛車の窓から流れる街の景色を覗き込んだ。
「ここから見る景色、やっぱりいいね~」
「妖力って不思議だなぁ~」
ヴェルノの方はと言えば、この牛車を動かす妖力についての素直な感想を口に出している。前回と同じ反応の2人に対し、案内役の小天狗はただニコニコと笑っているだけ。きっと夢中になっている2人に何を話しても生返事で終わる事を分かっているからなのだろう。
窓の外の景色を眺めていたいつきはふと何か思いついたらしく、小天狗の方に顔を向けた。
「もう山は真っ赤に染まってるんですか?」
そう、彼女が口にしたのは紅葉の話題。11月と言えばそろそろいつきの地元でも紅葉が話題になり始めそうな時期。天狗山は深い山の奥にあるし、紅葉が始まるのは結構早い時期からなのではないかと彼女は思ったのだ。
「天狗山が染まるのは文化祭が終わってからですね」
「そうなんだ。結構真っ赤に染まっちゃう?」
「ええ、見事なものですよ」
彼の話す天狗山の様子にいつきは想像を膨らませた。豊かな自然の残る天狗山の事だから、きっとその紅葉はとても素晴らしいものなのだろう。イメージの中の紅く染まった山を思い浮かべながら、彼女はポツリとつぶやいた。
「そっかぁ、その景色も見てみたいなぁ」
「良かったら是非いらしてください」
小天狗は地元を褒められて機嫌がが良さそうだ。ただ、この彼の返事は逆にいつきの心を曇らせてしまう。
「でも、その時はお迎えはこないんでしょ?」
「まぁ、そうなりますね」
いつきはカマをかけてみたつもりだったものの、小天狗の返事からその最悪の想定が事実だと言う事が分かり落胆する。前回も今回も相手側からのおもてなしだったからこそ、こうして送り迎えの準備を用意してくれたものの、いつき側から自発的に行きたいと言う事になると、そんな融通はしてくれないらしい。
牛車を動かすにも何らかのコストがかかっているのだろうし、そんなホイホイと稼働もさせられないのだろう。
自力で行くとなると――と、言う事で、初めて天狗山に向かった時の事を彼女は思い出していた。
「電車に乗っていくのはまたお金がかかるしなぁ~」
「では、得意の魔法で飛んでくるって言うのは?」
小天狗は移動手段のひとつとして対案を提案する。いつきが魔法少女であり、その力を使って空を飛ぶ事が出来る事からの提案だった。そのアイデアを聞いた彼女はまたしても微妙な表情になる。
「街を越えて飛んだ事ってないんだよ。天狗山までとかしんどそう……」
「僕の魔力じゃあそこまで行けるかどうか」
いつきの後にヴェルノもまた補足するように言葉を続けた。2人の言葉の意味がすぐには分からなかった小天狗は思わず首を傾げる。
「え?どう言う事ですか?」
「私の力って私自身の力じゃないんだよ。みんなべるの頼りなんだ」
「ああ、そうだったんですか」
小天狗はその説明に納得してしばらく無口になった。折角提案してくれたのにそれがうまく行きそうにない言う事で、いつきは大きなため息をひとつ、わざとらしく吐き出した。
「うまく行かないねぇ……」
「悪かったね!僕が貧弱で!」
「別に責めてないよ~?」
「……」
彼女の言葉責めに気を悪くしたヴェルノもまた無口になる。場の雰囲気が険悪になってしまった事を察した小天狗は、どうにか機嫌を直して貰おうと、慌てて2人に向かって声をかけた。
「け、喧嘩はやめてください、ねっ!」
「あは、喧嘩じゃないからこれ」
「まぁ、単に事実の確認って言うか……」
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