第112話 妖怪文化祭 その2

 不機嫌な彼に対して、いつきはフラットな態度で小天狗に接する。以前に現れた時と状況が似ているのですぐに確認を取ると、小天狗は優しい笑みを湛えたまま、涼やかな声で彼女の質問に答えた。


「はい、今度は妖怪文化祭です」


「ええっ!文化祭もするんだ!」


「ええ、楽しいですよ」


 どうやら今回のお誘いは妖怪文化祭への招待らしい。真意を知った彼女の目がパアアと輝き始める。


「また楽しませてくれるんだよね?」


「ええ。勿論です」


「行こっ!べるの!」


 いつきは興奮した声を弾ませる。その勢いを感じたヴェルノもこの雰囲気の中で拒否すると言う選択肢を選べるはずがなかった。


「まぁ、いつきがそう言うなら……」


「では、当日にまた迎えにあがりますね」


 了承を得た小天狗はニッコリ笑うと、また以前と同じように来た窓から帰ろうとする。さっきの言葉が引っかかったいつきは彼の背中越しに質問を飛ばす。


「あっ、当日って?」


「今週の週末です」


「早っ!」


 日程を聞いた彼女は速攻でコントのツッコミレベルの反応をした。帰りかけた小天狗もこの返事に不安を感じたのか、ピタッと動きを止める。そうして若干不安そうな表情を見せながら振り返った。


「予定、空いていませんか?」


「いや、大丈夫だけど」


「ではまた週末に」


 結局予定は空いていると言う事で彼の表情もすぐに戻る。その顔を見たいつきは更に具体的な日を確定させようと言葉を続けた。


「えっと、土曜?」


「はい」


 その後、彼女からの質問は出なかった。これで質問も出し尽くしたと言う事で、今度こそ安心して小天狗は天狗山に戻っていく。彼の妖力の残り香だろうか、やがて開けっ放しだった窓は自然に閉まり、また同時に鍵もかかる。一連の出来事が終わった後、落ち着いたいつきは独り言のようにつぶやいた。


「もっとゆっくりしてけばいいのに」


「向こうも忙しいんだろ。準備とかもあるんだろーし」


「だね」



 次の日の昼休み、いい話のネタが出来たと彼女は早速雪乃に昨日の出来事を報告する。


「へぇ、今度は文化祭なんだ」


「面白いよね、どんな事するのか楽しみだよ」


「楽しんで来てね」


 ニコニコ話すいつきの顔を楽しそうに雪乃は見つめる。いつきは同じように雪乃を見つめ返して言葉を続けた。


「私としてはゆきのんも誘いたいところなんだけど……」


「や、いいよ私は」


「そう言うと思った」


 答えを予想していた彼女はここでくすっと軽く笑う。いつきの吹き出した顔を見て雪乃もまた同じように笑い合った。窓の外では元気に外で遊ぶ生徒達の姿が見える。彼らが遊ぶ様子をぼうっと眺めながら雪乃は話を続けた。


「私、怖いの苦手だから」


「怖くないよー」


「そうかも知れないけどさ」


 2人はお約束のようなやり取りを続ける。雪乃の視線は窓の外を向いたままだ。きっと彼女はあまりこの話に興味がないのだろう。その雰囲気を察したいつきは、どうにか自分の気持ちに共感してもらおうと言葉を続ける。


「今回は向こうに聞いてないから誘わないだけ。許可が取れたら一緒に遊びに行こ。きっと楽しいから」


「じゃあ、その時にね」


「じゃあ、約束だよ。絶対後悔はさせないからね」


「分かった」


 最後に雪乃は窓の外を見ていた視線を隣りにいる親友の方に戻した。ただそれだけでいつきは嬉しくなるのだった。



 それから時間はあっと言う間に過ぎて、金曜の夜。明日は妖怪文化祭の当日と言う事で、いつきはヴェルノとこの時のための話し合いを続けていた。


「ねぇ、何かお土産とか用意しといた方がいいかな?」


「誰に渡すんだよ」


「……それもそうだね」


 冷静なツッコミに彼女は無口になる。それからは妖怪文化祭がどう言うものなのかの妄想を、魔界猫相手に一方的に喋り続けた。

 ヴェルノは一応付き合いで黙って聞いていたものの、その内飽きてきたのか、この独演会に冷水を浴びせかけるようにまたツッコミを入れる。


「それよか、ちゃんと両親に許可は取ってんの?」


「失礼な。あの日の内にOK貰ってるよっ」


「早っ」


 その行動の速さに彼は舌を巻いた。目を丸くするヴェルノを見たいつきは得意げな顔を見せる。


「ふふふん。参ったか」


 ツッコミ魔の彼を上手くやり込めたと言う事で彼女のテンションは上がりまくり、もうそれは留まるところを知らなかった。ヴェルノももうこの話題を止めるのをあきらめて、仕方なく流れに合わせて相槌を打ったり、その流れに沿って話しかけたりもした。


「またあの忍者も来るのかなぁ?」


「そりゃ呼ばれてるでしょ。あの人のコネみたいなものだし」


「でも前の時、いつき、無視しただろ?」


「う……」


 彼のツッコミにさっきまで調子よく喋っていたいつきの言葉は止まる。以前の祭りの事を思い出してバツが悪そうにしている彼女を見たヴェルノは、今がチャンスだとばかりに更に畳み掛けた。


「その事、根に持たれてたりして」


「こ、怖い事言わないでよ。きっと大丈夫だって!」


 いつきは苦笑いしながら彼の言葉を否定する。その言葉は若干震えていて、自分の吐き出した言葉に自信がないようだった。

 その心の揺れを察したヴェルノは、目を半月にしてニヤリといやらしく笑うとまた軽口を口にする。


「じゃあ今度は仲良く廻る?」


「それは……その時になってみないと……」


 彼の言葉でその姿を妄想したのか、いつきははっきりしない返事を返した。口ごもる彼女の様子を見たヴェルノは雰囲気を察し、こりゃ駄目だと言わんばかりに大きなため息をひとつ吐き出す。


「……また前の時と同じになりそうだな」


「何か変なプレッシャーかけないでよっ!」


 いつきは頬を赤く染めながら声を上げる。これ以上話を広げても墓穴を掘るだけだと、それから彼女は文化祭の話をしなかった。いつきが話をしないからヴェルノもまたこの話をほじくり返す事もしない。そのくらいの礼儀はわきまえているのだ。

 こうして秋の夜長の雑談はお互いが飽きるまで続いた。



 そうして文化祭当日の土曜日。迎えの小天狗がいつ来るのか聞き忘れていた彼女は、休日だと言うのに普段の起床時間をきっちり守っていた。普段は寝坊気味でもイベント事があると興奮して早めに起きるタイプなので、既にいつきの目はしっかりと覚醒している。


「いよいよだねぇ」


「また牛車かな」


「そりゃそうでしょ。私、またアレに乗るの楽しみにしてるんだから」


 以前のお祭りの時の移動手段に使われた牛車。彼女はあの乗り物を気に入っていた。その事を小天狗もしっかり覚えているはずだ。だから今回も牛車できてくれるだろう。いつきはそう信じ込んで朝からテンションがMAXだった。

 目をキラキラと輝かせている彼女を冷静なテンションで眺めるヴェルノは、お祭りの時の事を思い出して話しかける。


「今度も夜中までいるつもり?」

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