第114話 妖怪文化祭 その4

 小天狗にたしなめられた2人は簡単にさっきのやり取りの説明をする。つまりあのやり取りは2人にとって日常的なものなのだと。取り敢えず、いさかいではないと言う確認が取れたので小天狗もほっと胸をなでおろした。


「……喧嘩じゃないなら、良かったです」


「おお、上空からの景色が綺麗だなあー」


「わあ、本当だー」


 まだ若干信用されていないと感じた2人は仲良く窓の外の景色の感想を言い合った。それはかなりわざとらしいやり取りだったものの、即興でそう言う事が出来ると言う事は少なくとも仲違いはしていないと判断して小天狗は2人を信用する事にする。


「喧嘩じゃないなら、いいですが……」


 牛車はやがて天狗山に辿り着き、ゆっくりと着陸する。しっかり落ち着いたのを確認したいつき達は名残惜しそうにこの珍しい乗り物から降りた。


「おお、久しぶりの天狗山ー!」


 久しぶりに見る天狗山は季節の風景として若干山の色が色付き始めていたものの、それ以外は以前来た時と変わっていないように見えて、いつきは気持ちよく両手を頭上に上げて深呼吸をする。

 そうして落ち着いたところでキョロキョロと首を動かし始めた。


 この広間は他の移動用の乗り物も多数降りてきていて、他の地域からこの文化祭目当てにやってくる妖怪も多かった。それはつまり天狗山が他の妖怪にとってもかなり有名な場所であると言う証拠でもある。いつきが探していたのは勿論そんなVIP妖怪などではない。

 ただ、軽く見渡したくらいでは該当人物を探し出せなかったので、仕方なく彼女は小天狗に質問する。


「あいつは?」


「あいつ?」


 あいつ、で通じなかったので、仕方なくいつきは具体的な名前を口にした。


「ほら、忍者の……」


「ああ、ヨウさん。彼は明日ですね」


「へ?」


 小天狗の発したその意外な一言に彼女の目は丸くなる。この文化祭、今日だけの開催ではないようだ。この事についてすぐに小天狗から追加の説明がなされる。


「文化祭は今日と明日の2日開催するんです。ヨウさんも明日の方が都合がいいらしくて」


「そうなんだ」


「一緒の日の方が良かったですか?」


 突然忍者の事を聞いてしまったので、いつきは小天狗に変な誤解を与えてしまう。ニコニコと笑いながらも日程を合わせなかった事を少し後悔している、そんな雰囲気も感じられた。

 これはすぐに誤解を解かねばならないと、彼女は手を大袈裟に振って慌てて言葉を続ける。


「そ、そんな事ないよ!全然!」


「では、楽しんでくださいね」


 こうして何とか誤解は解けて、小天狗はいつき達のもとから離れようとする。その様子を見てピンときた彼女はすぐに彼に声をかけた。


「小天狗さんもこの文化祭で何かやってるんですか?」


「私は劇に出ます」


「あ、確かお祭りの時もやってたっけ」


「あの時は神楽ですね。今回はもっと演劇に近いものですよ」


 自分の出演する劇の話を楽しそうに話す小天狗を見て、いつきも当然のようにその催し物に興味を持つ。


「へぇ、面白そう」


「良かったら見に来てくださいね。午後3時からの予定です」


「うん、きっと行くよ」


 小天狗からのお誘いを受けたいつきはスマホを取り出して時間を確認する。今が午前10時ちょっと前だから、まだまだ時間にはたっぷりの余裕があった。

 それまでの時間に十分文化祭を堪能出来るだろう。こうして彼女がうんうんとうなずいていると、劇の話に興味があったのかここでヴェルノが口を開いた。


「またあの鬼も一緒なのか?」


「はい、いますよ。じゃあ私も準備がありますので」


「またね!」


 こうして小天狗はいつき達の元から去っていった。いつきは飛び去った彼の後姿に向かってしばらくの間手を振って見送る。取り残された2人は他に誰も知り合いのいない状態になってしまった。

 何度か訪れた天狗山ではあるのだけれど、この乗り物置き場には知らない妖怪しかいない。


「でもどうする、誰か案内がいた方が」


「いやあ、文化祭だよ?適当に回ってればいいでしょ。お祭りの時と一緒だよ」


 不安がるヴェルノに対して、いつきはどこまでも楽観的だ。今日は妖怪文化祭を楽しむために来た訳だし、何も危険な事は起こらないだろうからと言うのが、彼女がそう振る舞える理由らしい。

 ヴェルノは小さくため息を吐き出しながら、この楽観少女について行く事にした。


「やっぱり妖怪がたくさんいるね、賑やかだよ」


「この山、多分妖怪達の観光スポットなんだろうよ」


「だねぇ」


「ねえあなた!人間に化けるのうまいね」


 いつきたちが天狗山に賑わいに対して雑感を述べあっていると、突然背後からハイテンションな声が聞こえてきた。この突然の出来事に驚いた2人は、その声の主を確認しようとほぼ同時に振り返る。


「わあっ!誰?」


 そこにいたのは2本足で立つ虎の姿。どこからどう見ても虎そのものにしか見えないものの、2本足で立っているし流暢に言葉を話すしで、ああ見えて一応は虎の妖怪なのだろう。突然大型の虎が現れたとあって、いつきは驚いて大声を上げた。

 対する虎の方はと言うと、このリアクションをとても気に入って元気に自己紹介を始める。


「私の名前はとらお。あなたは?」


「わ、私はいつき」


「へぇ、いつきちゃんって言うんだ。私ね、天狗山に来たの今日が初めてなんだ。見てて!私も化けるから!」


「う、うん……」


 いつきはとらおのテンションにすっかり翻弄されてしまう。とらおと言う名前のこの虎は、けれどもその名前に反して雌だった。彼女が気合を込めて念じるとぼわんと言う軽い爆発と共に可愛いメイド服姿の女の子の姿が現れる。勿論これはとらおが化けたものだ。


 虎の時の姿は立ち上がった姿で2m程はあったのに、化けて女の子になると身長は大体160cm程度と、結構それっぽい女子の体型になっている。メイド服も似合うし、体型の方も出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで、とてもさっきまでリアルな虎の姿だったとは思えない。

 メイド少女に見事に化けた彼女は、ニコニコ目を輝かせながらいつきを顔を覗き込む。


「どう?どうかな?」


「う、うん、か、可愛いよ」


「本当?やったあ!」


 いつきに褒められたとらおはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて可愛らしく喜ぶ。その度に揺れる胸元をいつきは直視する事が出来なかった。

 飛び終わった彼女がいつきの両手を握ってブンブンと振り回していると、その様子を冷静なテンションで眺めていたヴェルノが禁断の一言を口にしてしまう。


「しっぽがそのままじゃん……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る