第108話 ローズ・リップ その4

「あの、あんまり気を使わないでくださいね。私達はここで一日中喋るために来たんですから」


「2人共貴族の娘なのに欲がないね~。どんどん好奇心を持たないと」


「でもいつきさんの負担が」


 双子は突然家に訪れた手前、自分達側から贅沢は言えないと遠慮していたところがあった。そんな雰囲気を感じとったいつきは双子達を安心させようとスマホから目を離すと、ニコニコとリラックスした自然な笑顔を見せる。


「そんなの気にしなくていいってば。それにお金を使わなくても楽しめる事は結構あるんだよ~」


「……」


 その笑顔を見て純粋な善意を感じ取った双子達は、彼女の気持ちに呼応するように笑顔を返した。このやり取りで安心したいつきは部屋の様子を改めて観察する。

 すると、そこである事に気付いて思わずくすっと笑い出した。


「あはっ」


「どうしたんですか?」


 急に笑ったのでローズがキョトンとした顔でその理由を求める。ベッドに座っている彼女は膝の上で愛しの兄をずっとなでていた。たまにその権利を妹のリップに譲りながら。妹達に愛玩動物扱いされながらもその事にヴェルノが文句ひとつ言わないのは、わざわざ魔界から会いに来た事を兄なりに気遣ってるのかも知れない。

 ただし、その光景を客観的に見ると、猫好きの双子とその双子にいいように扱われている猫にしか見えない訳で――。


 その光景が新鮮だったため、いつきは笑いのツボにハマってしまったのだ。一度面白スイッチが入ると止められなかったようで、彼女は笑いながらローズの疑問に答える。


「いや、べるのが猫扱いされてるな~って思って」


「なっ!」


 ヴェルノはいつきのこの反応に当然のように気を悪くして、抗議の意思を表情に表して睨むように彼女の顔を見つめた。兄をからかわれた双子達も、まだ笑いをこらえているいつきに対して思わず声を荒げる。


「いつきさんっ!」


「いや、ごめんごめん」


 魔界の住人達の機嫌を損ねた事ですぐに謝罪した彼女は、この雰囲気を変えようとパンと手を叩いて話題を切り替える。


「そうだ!まずはご飯食べに行こっか。こっちの世界の普通のご飯とかって、そう言うのまだ2人共食べた事ないでしょ?」


「あ、でもお金……」


「そのくらいなら奢ったげるって。あ、でも私が奢れる範囲だからね!」


 まだ資金面の心配をする2人に、いつきは慣れないウィンクもどきをしてすっくと立ち上がった。これは今から出発すると言う合図だ。ここまできたらもう遠慮は無意味だと察した双子は、彼女の好意を受け入れる。

 そうして同じように立ち上がると、ペコリとそれぞれが軽く頭を下げた。


「あ、有難うございます。この御礼はいつか必ず返します」


「か、返します!」


「だからそんな気にしなくてもいいってば」


 こうして話は決まったと言う事で、それから3人と1匹は家を出て目的の場所へと向かう。その場所はスマホで検索して目についた地元でも評判のラーメン屋さんだ。

 みんなで仲良く歩きながら、いつきは双子に話しかける。


「えっと、こっちの世界の事は結構知ってるんだっけ?」


「ええ、ある程度は」


 この質問にローズが答える。やはりこちらの世界に来る前に事前に調べていたようだ。この答えを聞いた彼女が今度は経験についての質問する。


「じゃあラーメンは食べた事ある?」


「ええっと……」


「ないです」


 いつきの想像通り、知識はあっても経験はないらしい。2人共ラーメン未経験と言う事で、彼女の話はラーメン関係の話題にシフトする。


「熱いのは平気?」


「ちょっと苦手です」


 この質問にローズは苦笑いをしながら返事を返した。いつきはその言葉に納得して口を開く。


「やっぱ猫舌なんだ」


「わ、私は平気です!」


 この流れに危機感を覚えたのか、リップが突然自分を主張するみたいに声を上げる。その必死さにいつきはなだめるように彼女に声をかけた。


「無理しなくていいよ。だって私も猫舌だもん」


「本当ですってば!」


 自分の言葉が信用されていないと実感したリップは、改めてさっきの言葉は真実だと訴える。その圧にいつきも少しびっくりしながらうなずく事で、この場は何とか収まった。

 それからも楽しく雑談しながら歩いていると、やがて目的のお店が見えてくる。


「ここだよ」


「結構きれいなお店ですね」


 いつきにお店を紹介されたローズはその感想を口にする。ラーメン屋さん自体は昔からこの場所で営業しているのだけれど、つい最近立て直したのでお店の外観はとても新しく、まるで出店して間もないみたいな雰囲気だった。


「美味しいんだよ、ここのラーメン」


 いつきはお店の評判を2人に説明すると、率先して店内に入っていく。慌てて2人もお店に入っていった。飲食店に動物が入るのはご法度なので、この時点でヴェルノは隠蔽の魔法で周りからは姿が見えなくなっている。


「いらっしゃいませー」


 明るく元気な店員さんに挨拶をされて、3人は空いているテーブルに並んで座った。リニューアルされた店内はまだ新しくピカピカと輝いている。そうして今風のニーズに合わせるようにかなりオサレな内装になっていた。

 それもあって、店内には若い女性のお客さんもチラホラと。


 そう言う事もあって、いつき達が店内に入っても雰囲気的にそんなに違和感は発生はしていない感じだった。椅子に座ったいつきは、すぐにテーブルの上に置いてあるメニューを手に取る。


「あ、そうだ、メニューは読める?」


「あ、はい。魔法で変換して読めるので」


 彼女の疑問にローズが答える。その回答に疑問を覚えたいつきは更に質問を続けた。


「でもこっちの世界にしかない文化の場合はちゃんと翻訳出来ないでしょ?」


「さっき話した通り、こちらの世界の情報もこちらで暮らす人から伝わってるんですよ」


「じゃあ、ラーメンの事も?」


 ローズの話に彼女は身を乗り出す。その瞳キラキラ攻撃に少し戸惑いながら、魔界の少女はリクエストに答えた。


「ええ、実食の経験こそないですが、知識としてはちゃんとあるんです。それに変身出来る人はこっそりこっちの世界に遊びに来て、食べ歩きツアーとかしてたりするんですよ」


「へぇぇ、そうなんだ。じゃあ好きなの選んでね。出来れば大盛りとかのオプションはなしで」


「ふふ、分かりました」


 こうして魔界の少女に余分に説明をする必要がない事が分かった彼女は、一緒に来ていた姿を消している双子の兄に声を掛ける。


「べるのはどうしよっか」


(僕はミニラーメンでいいよ)


「ま、猫サイズだもんね」


 ヴェルノの返事を聞いたいつきは、その可愛らしい言葉にくすっと笑った。兄の注文が決まったところで、双子の妹達の注文も自動的に決まる。


「わ、私達もミニラーメンで」


「え?大丈夫?それでお腹持つ?」


 双子は人間の女の子サイズに変身しているので引率の彼女は少し心配になった。

 けれど、その心配は無用だとローズがその理由を口にする。


「ええ、実際胃袋は元のサイズのままなので」


「そうなんだ。じゃあ私は普通のラーメンにするね」


 こうして全員の注文は決まり、早速いつきは店員さんを呼んだ。ミニラーメンが一人分多い注文でも店員さんは少しもおかしな態度を取らずに素直に受け付けてくれる。きっと店内教育が行き届いているのだろう。

 もしかしたらこう言う注文も珍しくないのかも知れない。

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